三章 別ゲーこれくしょん ⑨

「待っ……違う、違うの、ちょっと興味っていうか、これも勉強っていうか、生徒の気持ちを理解しようと」

「いいんです、わかってます、誰にも言いません。俺は猫姫さんの味方ですから」


 俯いて目をそらす。それが俺の精一杯だった。


「そんな察したような……あ、待って、話を──ルシアン、違うのにゃあああああっ」


 放課後の校舎に悲しい声が響いた。


「あれ、ルシアン? 鞄はなかったんですか?」

「良いんだ、もう良いんだよ」

「……?」


 悲しい事件だった。



「という訳で狩りも終了」

「賛成!」

「あたしも賛成」


 翌日の部活、三人がドラハンを拒否することで一致した。


「私の課金アイテムをどうするのだ!?」


 むしろその課金が強過ぎるんだよ。


「課金の圧倒的強さに俺達の精神がダメージを受けているので中止の決定は揺るがないぞ。これは多数決という最も有名で最も間違った手段による決定だ」

「数の暴力め……仕方あるまい。もっと気楽な、戦いなどないゲームを選ぶか」


 そう言うと、マスターは画面にまた違うゲームを映し出した。


「ぼくらのゴルフ、ソイヤ?」

「うむ。ゴルフがテーマのスポーツゲームだ。アバターの可愛さに定評がある。タイミングよくボールを打つと『ソイヤ!』と景気の良いかけ声がでるぞ」

「まあ、なんでもいいけど」


 特にゲーム内容にこだわりのないらしい瀬川は素直にインストールを始める。

 俺もスポーツゲームはあんまり馴染みがないけど、とりあえずやってみるか。


「すいません」


 と、アコが大きく手を上げた。


「これはそろそろアウトじゃないですか?」

「うるさい黙れ」


 何のことかさっぱりわからない。

 まあこういうゲームなら問題は起きないだろ。スポーツだからアウトドアな趣味がうまれてアコの矯正にも一役買ってくれそうだ。


「四人ならチーム戦も個人戦もできるぞ、どうする?」

「折角ならチーム戦じゃない?」

「よし、では私とアコ、シュヴァインとルシアンのチームだ」


 珍しいチーム分けだな。いいけど。


「よし、やる以上は勝つわよ」

「初見のゲームだが、相手にアコが居る以上負ける気はしないな」


 それぞれがアカウントを作って部屋に集まる。やって来たのはシャツに短パンという無課金全開の格好をした俺、シュー、アコ、そして──すっごいお洒落なマスター。

 悪い意味で予想通りな光景にシューが吼えた。


「だから! なんで! あんたは! 最初から課金をしてんのよっ!? いい加減無駄なアバターに金払うのはやめなさいっ!」

「何を言うか! このゲームのアバターは装備と同義! 金さえ払えば最初からフルスペックに近いキャラクターを使える、優良なゲームなのだぞ!」

「うわ、本当だ。ランク同じなのにステータスが全然違う」


 言われて見るとマスターだけ明らかに強い。

 課金で強くなる、マスター向きなゲームだ。


「それだけではない! カードガチャを課金するともっと強く、レアガチャで課金するとさらに強く、お助けキャラに課金するとなお強く、消費アイテムに課金するとパーフェクトに強くなるのだ!」

「このゲームもそういうタイプか!」


 課金の要素が重すぎるだろこのゲームも! 卑怯だぞそんなの!


「くっ、なんでわざわざアコを取ったのかと思ったら、そこで戦力の均衡をはかったのね」

「マスター、私の子が裸足なのでせめて靴ぐらいは履きたいです」

「む、そうだな。待っていろ、買ってやろう」

「そこのクレクレ厨もいい加減にしなさい!」


 これ以上戦力のバランスを崩されてたまるか!


「とりあえず簡単にルールを説明する。このゲームは音ゲー感覚でタイミング良くボタンを押すことでクラブを振ってゴルフをする、普通のスポーツゲームだ。ゴルフゲームなので基準はゴルフの公式ルールになる。ボールをクラブで打ち、最終的に少ない打数でカップに放り込めば勝ち、ということだな」

「それは何となく知ってるわ」

「要するにボールを穴に入れれば良いんだよな」


 うむ、と頷き、マスターは続ける。


「クラブには色々な種類があるし、コース上にも設定として、芝が短く刈り取られてボールを打ちやすいフェアウェイ、草むらになっていて打ちにくいラフ、砂場になっていて非常に打ちにくいバンカー、カップの周りにあるグリーン、など色々あるが────全部気にしなくて良い。グリーン以外は大抵の場所で好きなクラブが使える。極論を言えばこのソイヤ、一番ウッドと六番アイアン、パター以外のクラブは必要ない。砂に埋まって全く見えなくなったボールを野球のバットで打ちぬくゲームだ」


 どういうゲームだそれは。少なくとも俺の知ってるゴルフってそういうものじゃない。なんかこう、綺麗な山の中で紳士が頑張ってるイメージのはずだ。


「ああ、火山と戦艦の主砲には気をつけるのだぞ。消滅したボールは打てないからな」

「えっと、これってスポーツなんですよね?」

「だと思うが」


 言ってるマスターも若干自信がなさそうだった。

 とにかく試合開始である。

 俺&シューVSマスター&アコの『ぼくらのゴルフ ソイヤ』対決が始まった。


「さて一ホール目、私からね!」

「頑張れシュー、あっちの重課金戦士に目に物見せてやるんだ」

「任せなさい! とりあえず、えっと…………なにこれ、やなコースね」


 渋い顔で言うシュー。うん、確かに嫌なコースだ。

 初期装備のクラブを使って全力で打つと、完璧に成功すれば打ちやすい所に落ちるが、ちょっとでもズレると砂地か草むら行きだ。わざと弱く打てば危険は減るが、すると次が不利になってしまう。


「どうするかはお前に任せる。やりたいようにやれ」


 俺が言うと、シューは力強く頷いた。


「要するにタイミングさえ合えばいいのよ。LAのアイテム生産ミニゲームで鍛えた音ゲーセンスを見せてやるわ! そいやあああああっ!」


 ショットの力強さを決定するパワーゲージが、ぴこーん、ぴこーん、と動く。ゲージはかなりのスピードで動いていたが、シューは見事なタイミングでインパクトを決めた。シューのキャラクターは完璧なフォームでボールを打ちぬく。


「よっし!」

『ソイヤー!』


 ゲームから可愛らしいソイヤコールが上がった。


「ナイスソイヤ、シュー!」

「ナイスソイヤ!」

「ナイスソイヤです!」

「……なんだか怪しい儀式みたいね」


 溢れるソイヤコールにシューはちょっと引いたようだった。

 そしてボールは狙った場所に綺麗に落下。次を見据えた絶好のスポットだった。


「どうしよう、ちょっとこのゲーム楽しいかも」

「意外とシューに向いてるのかもな」

「次は私の番だな」


 盛り上がる俺達を尻目に、マスターは至極冷静にクラブを構えた。

 ちょっと待って、クラブがなんか明らかに俺達と違う、人を殺せそうな形してるんだけど。クラブっていうかあれ、武器だよな? でっかい剣だよな? あれで打てるの? 切るんじゃなくて打つの?


「では行くか。何処に飛ばして欲しい、アコ?」

「とりあえずゴールに近いところが良いです」

「承知した。ではここだ」


 そう言ってマスターは俺達と同じ方向を狙う。画面に表示された打球落下予想地点は俺達の遥か先を示していた。


「まあ、失敗してもバンカーには入るまい。飛び越すからな」

「なにそれずるい」

「不公平よっ!」

「当たり前だ、課金をした結果が公平な訳がなかろう?」


 それは道理だけど、やっぱり納得がいかない!

 このゲームやってる奴は全員こんな環境で戦い抜いてるのか?


「ソイヤならず。しかし、シュヴァインのボールは越えてグリーン脇だな」

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