三章 別ゲーこれくしょん ⑧
「一人で少しだけな。フレンドができなくてやめたが、多少はマシな武器がある」
やめた理由はともかく、そりゃ頼れる。
一度消えて再び現れたマスターはやたらごつい装備と綺麗な銃を抱えていた。こっちがマスターのメインキャラか。
「さあ、行くぞ。本当の狩りを見せてやる」
「おー!」
俺達は再びコッコ先生のクエストに挑んだ。
船に揺られて再び密林にやってくる。補給物資を拾って、準備をしていると──何故か居ない筈の五人目のハンターがいた。しかも凄くごっつい装備の。
「あれ、これ誰だ?」
「気にするな、私のアシスタントだ」
「あ、アシスタント……?」
なにそれ、と首を捻るシュー。
「このゲームはとても素晴らしいゲームなのだ。課金をすればレジェンドアシスタントという超強いハンターがついてきてくれる」
「どれぐらい強いんですか?」
「さっきのコッコ先生ぐらいなら十匹まとめて一人で狩る」
どういうことだそれ。俺達の頑張りが一言で否定されたぞ。
「四人で超苦労した敵を一人でなぎ払うNPCが居るの……?」
「そんなの絶対おかしいですよっ」
「話は後だ、コッコ先生が来たぞ」
ばっさばっさと羽ばたく音が聞こえると共にコッコ先生が空から舞い降りてくる。ニワトリのくせに飛べるのかという疑問を吹き飛ばす華麗な飛びっぷりだ。
「よし、今度こそコイツを焼き鳥にするぞ!」
「はいっ!」
「では……攻撃開始!」
マスターがそう言った直後、彼女の武器から閃光と轟音が走った。猛烈な数の弾丸がずどどどどとコッコ先生に襲いかかる。余りの衝撃にコッコ先生はよろけて倒れ込んだ。コケー、と悲しい鳴き声が響く。
「射撃射撃射撃ー!」
「え、えっと……え?」
射撃に絶え間がないので俺もシュヴァインもいつ近づいて良いのかわからない。
困惑している間もマスターの攻撃が止まらない。止まらないったら止まらない。マスターのターン、次もマスターのターン、ずっとマスターのターン。
なんとか立ち上がったコッコ先生は立ち上がった直後にまたコケーと倒れ込んだ。
ずどどどど、コケー! ずどどどど、コケー! ずどどどど、コケー! ずどどどど、コケー! ずどどどど、コ、コケェ……。
じゃじゃじゃじゃーん、じゃじゃじゃーん、とファンファーレが鳴り響き、コッコ先生はゆっくりと地面に倒れ伏した。トサカは折れ、翼はボロボロ。そこに俺達が苦戦した密林の王者の面影はなかった。
「討伐完了だ」
「おいちょっと待て」
おかしい、何かがおかしい。こんなことはあってはならない。
「これあたしの知ってる狩りじゃない……」
「私もその武器欲しいですー!」
待て待て、これは納得がいかない。これでコッコ先生に勝ったとは思えない。
何か超自然的な力が働いて、その時不思議なことが起こって結果としてコッコ先生が死んでしまったような、そんな風にしか見えなかった。
「マスターその武器禁止な」
「むう……致し方ない」
流石にマズイとは思ったのか、マスターは素直に頷いた。
そして再び密林に向かう俺達。今回はNPCもなしのガチンコ勝負だ。
さっき戦った場所で待っていると再び空から羽ばたく音が聞こえる。
「では私が最初の一撃を入れる。その後に続いて攻撃してくれ」
さっきとは違う大きな剣を構えたマスターが言った。
「OK、私の華麗な太刀さばきを見せてやるわ」
「俺を斬るなよ?」
「頑張って遠くから撃ちます!」
アコはもうちょっと近くに来いって。遠くから溜め一連射するのやめろって。
そして意気込む俺達の前にゆっくりと舞い降りてくるコッコ先生。ごくりと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「行くぞ」
冷静に言い、マスターが大剣を大きく抱え上げる。きーん、きーん、と剣に力がたまっていくのがわかった。そしてついに地面に降り立ったコッコ先生が俺達に気付いた──瞬間、マスターの大剣が振り下ろされる。直後に俺達も攻撃を──。
ぐしゃっ、と鈍い音が響く。
コ、コケェ……。
じゃじゃじゃじゃーん、じゃじゃじゃーん、とファンファーレが鳴り響き、コッコ先生はゆっくりと地面に倒れ伏した。トサカは折れ、翼はボロボロ。そこに俺達が苦戦した密林の王者の面影はなかった。
「討伐完了だ」
「待てや」
「戦闘開始0秒で決着ってどういうことよ」
俺達の抗議にマスターはふっふっふと笑った。
「このゲームは素晴らしい。課金でできることが沢山あるのだ。課金でレジェンドアシスタントがついてくる、課金で火力が上がる、課金で防御力が上がる、課金で即死しなくなる、課金でスキルが増える、課金で報酬が増える、課金ではぎ取る回数が増える、課金でレアが出やすくなる!」
「クソゲーじゃないのよ!」
「どう見ても神ゲーだろう! この武器を使えばコッコ先生程度なら三匹まとめて一撃で倒せるのだぞ!」
「その武器も欲しいですー!」
「何でも欲しがるんじゃないっ!」
「はうっ。ごめんなさい……」
アコの頭をぽんと叩く。バランスを崩したアコが俺にもたれかかって、少し潤んだ瞳で見上げてくる。露出した滑らかな肌があちこちに当たって──いや、見てちゃ駄目だ、見てちゃ。
「こら、あんた達なにベタベタしてんの。その格好じゃ流石に不健全でしょ」
「そういうつもりじゃ──」
と、何の脈絡もなく、ガラリと部室のドアが開いた。
「ちょっと、何騒いでるの? 外まで聞こえた、わ……よ?」
「あ、先生」
一応顧問で、ちょこちょこと部室に様子を見に来る斉藤先生が部屋を覗き込んでいた。先生は部屋の中を見回し、危険なコスプレ衣装を身につけた面々をゆっくりと見回す。
あ──忘れてた。そうだよ。この衣装先生に見られたら絶対ヤバいじゃん。
青ざめる俺を冷めた目で見た後、先生はすーっと大きく息を吸い、ゆっくりと吐き、ドアを閉めてから言う。
「あなた達、学校で何て格好をしてるのっ!」
「す、すいませんーっ!」
「すぐ着替えなさい、すぐに!」
「ええーっ?」
「ええーじゃありません! ほら! 西村君はとっとと出る!」
「は、はいっ!」
叩き出されるようにして部室を飛び出し、廊下にへたりこんで思う。
もう二度と狩りなんてしねえ。
「うう、可愛かったのに……」
猫姫さんのお説教が終わった頃には良い時間になっていたので、そのまま部活も終了した。
昇降口で靴を履き替えるアコの脚にさっきまでの衣装を思い出し、顔に熱が集まる。思い出すな思い出すな。ゲームとリアルは別──なのに、なんでリアルであんな格好するんだよマジで。
「可愛いと言うかいっそ素直にエロいだろあれ」
「エロいと可愛いは紙一重じゃないですか」
「その一重を踏み越えてるんだよ」
俺以外の前で着ないよう、あの衣装は厳重に保管してもらいたい。勿体ないので決して捨てないように。
と、そこでやけに軽い自分の右腕に気がついた。
「……あ、やべ。そうだ、部室に鞄置いてきた」
「別に良いじゃないですか、明日で」
「そういうわけにもいかないって。すぐそこだから取ってくる。ちょっと待っててくれ」
「はーい」
軽く手を振るアコに見送られ、部室に走る。待ち合わせして一緒に帰るみたいで、なんかこういうのも良いな、なんて思いつつドアを開ける。
そこには猫耳が揺れていた。
「…………は?」
「に、西村君!?」
誰も居ない部室に一人、斉藤先生が──猫姫さんが居た。
マスターが持ってきていた、猫耳とフリルたっぷりのドレスを着て、両手を前にだした猫っぽいポーズをとって、そこに居た。
「…………すいません猫姫さん、お邪魔しました」



