三章 別ゲーこれくしょん ⑦

 瀬川はノリノリで剣を持ち上げると、大きく上に構えた。ビシっとポーズを決めると同時に、大剣と天井がバキっと鈍い音を立てた。


「あっ」

「おっ」


 ぽきりと半ばから剣が折れる。天井は割れてないみたいで、良い意味で丈夫には作られていなかったようだ。危ない危ない。


「あ、あたしの怪刀華活御がーっ!」


 なんだその妙に美味そうな名前は。香りが良さそうだなおい。


「というわけで、本日はこれだ」


 パソコンの陰にいたマスターが出てくる。ふわふわの白いのがついたスカートで両手に剣を携えている。これって言われても。当たり前みたいにコスプレしてるけど何なんだ一体。


「昨日の蜂蜜物語のせいで皆に狩りのトラウマを植え付けてしまったのではないかと思ってな。今日は楽しい狩りをしようとこういう趣向を用意したのだ」

「なんでそんな余計な所で余計な気遣いを……誰が得するんだよ誰が」

「あのアコを見たルシアンが得をするだろう」

「うっ」

「……?」


 弓モドキをいじっていたアコが俺の視線に気付いてぶんぶんと弓を振る。胸と腰と脇とへそと──いやもう全部見えてるから駄目だってそんな風に大きく動くと!


「何やらしー目で見てんのよ」

「俺は悪くねえよ!」


 断固言うぞ! それは俺のせいじゃねえ!


「ほら、ルシアンの分もあるぞ」


 言ってマスターは猫耳のついた衣装セットを取り出した。


「絶対着ない」

「えー、ルシアンも着ましょうよ! ルシアンなら猫耳つけてても愛せる自信があります!」


 流石に猫耳のついた俺まで愛してくれなくていいから。


「まあ良い。では本日の部活を始めよう。──一狩り行こうぜ!」

「おー!」

「おーじゃねえって……」


 なんか今日は狩りをするらしい。



「このドラゴンハンターフロンティアオンラインはジャンルとしてはMOACTに入る。マルチプレイ少人数型アクションゲームだ。楽しいドラゴン狩りがパソコンでできることから人気のゲームだ」

「上手に焼けましたーっ!」


 アコがぐっと腕を突き上げる。


「それな。名前は知ってるけど、やったことはないやつ」


 肌色過剰気味のアコから目を逸らす。いやもう、そんな格好で隣に座るの本当にやめて欲しいんだけど。


「とりあえず各員武器を選ぶか。箱に武器が入っているから適当に好きなものを握れ」


 がさごそと装備ボックスを漁る。初期装備が色々入ってるみたいだ。


「俺はやっぱでかい盾が欲しいなあ。槍かね」

「私は遠くからちょこちょこ攻撃できるのがいいです」

「あたしは大きな剣があればそれでいいんだけど……あ、何この大太刀! 渋い!」


 それぞれ武器を選んだ。

 俺は大きなランス。アコは弓を握って、瀬川はでっかい大太刀を、マスターは大きな楽器みたいなのを。

 ──何だろうこの感じ。凄く嫌な予感がする。


「では依頼を受けて出発だ!」

「おー!」


 皆で船に乗って狩り場へ出航する。ゆっさゆっさと揺れながら船が海原へと進んでいく。

 大丈夫かねえ、この面子で。


「最初から大きなドラゴンなど出ないから安心しろ。最初はお手頃サイズだ」

「ならいいんだけど……」


 到着した密林は綺麗なグラフィックで描かれ、歩いてるだけでも感心するような光景があちこちにあった。しかしそこかしこに動物が歩いていて、恐る恐る歩く。


「綺麗ですねー」

「実際行ったら虫だらけよ」


 目を輝かせるアコにシュヴァインが肩をすくめた。


「そんな夢のないことを」

「実際、というか、このゲームでも虫だらけだぞ」


 マスターが当たり前の様に言う。


「ええ、ゲームなのに虫とかいるの? ──ひああっ!?」

「シューがでかい蜂に刺されたー!」

「しび、しびれてるー!」


 どでかい蜂がぶんぶんと辺りを飛び回り、俺達を狙っている。あいつにさされると痺れて動けなくなるらしい。


「アコ、あの蜂、蜂を落とせ!」

「当たりませんー!」


 スナイパーとしては優秀だったアコも弓の扱いはわからないようだ。ひゅんひゅんと矢が蜂の周りを通過する。そして俺に当たる、当たる当たる。動けない、動けない!


「こっち来る、来ますー!」

「ちょ、まて、弓の連射止めろ! 俺のルシアンが、おうっ、おうっ、おうっ、って言いながらビクビクしてるから!」

「ほら頑張れ頑張れ」

「演奏してないで手伝えよマスター!」

「しびれがとれないー!」


 右往左往しながら密林を進む俺達四人。浜辺に出た所で画面が切り替わり、ムービーが入った。大きなニワトリが甲高い声で吼えながら現れる。


「うわ、でっかいな」

「これが今回の獲物だ。初心者の練習用モンスター、通称コッコ先生」

「見てるとお腹が減ってきますね」

「唐揚げにして食ってやるか」

「よーし、捌くのはあたしに任せなさいっ!」


 シュヴァインが突っ込んでいく。後から俺も盾を持ってえっさほいさと追いかけた。


「せいっせいっ! ほっはっ! 何コイツ鈍いじゃない、斬り放題よ」

「よし、俺も──」


 槍で突こうとした瞬間、シュヴァインの太刀がルシアンの──俺の背をざっくりと切り裂いた。フレンドリーファイアはないのでダメージは入らないが、ぐらりと体勢が崩れる。シュヴァインはそのまま流れるように俺ごとコッコ先生をざっくざっくと切り裂く。


「待てシュヴァイン、俺も斬ってるから! 動けねえから!」

「あたしが倒してやるから任せときなさい」

「ちょっ、危ねっ! ってなんで俺は敵の攻撃じゃなくて味方の攻撃を必死にガードしてんだよ!」

「えいっ、えいっ」


 アコは遠くからぺちぺち矢を連打してるけどダメージ入ってるのかそれ。

 しかしそんな攻撃でも鬱陶しいのか、コッコ先生はぐるりと尻尾を振り回して俺達をはじき飛ばすと、勢いよくアコの方へ駆けだした。


「アコ、避けろ!」

「よ、避け……避けた方に走ってきますー!」


 ずどーんと勢いよく吹き飛ばされたアコが地面に落ちる。その体を猫の集団がにゃんごにゃんごと運んでいった。


「惜しい子を亡くしたわね……アコの分まで戦うわよ!」

「よし、私に任せろ。人数が少なくなった分、楽器の音色でバフをかける!」


 ぶおんぶおんと勢いよく笛を吹きながら楽器をコッコ先生にぶつけるマスター。


「何あの人、吹きながら戦ってる!」

「楽器ってそういう武器なのか……」

「笛に不可能はない! ……む、コッコ先生が怒ったぞ」


 苛烈になる攻撃に苛立ちが高まったのか、コッコ先生のトサカが燃えるような赤に変わった。

 そしてぎゃおーん! と吼えると、コッコ先生は口から炎を吹きながら突進してくる。


「やばっ、避けないと!」


 さっと太刀で斬り下がって避けるシュー。その斬り下がりが俺へ見事にヒットした。


「な、おいっ!」


 ビクンと体勢を崩す俺にコッコ先生が正面から向かってくる。盾を構える間もなく、画面が巨大なニワトリの顔でおおわれて──。

 にゃーにゃーにゃーという猫の鳴き声が俺を包んだのだった。


 それから数戦、俺達は未だコッコ先生への打開策を見いだせずにいた。

 周囲にまとわりつくと回転攻撃で吹き飛ばされ、距離を離すと突進や炎で吹き飛ばされ、慎重に戦うと体力を削れずに逃げられて回復される。どうやって倒せば良いんだコイツ。


「これ本当に勝てないぞ」

「コッコ先生強すぎでしょ」

「私はもう慣れてきました!」


 一戦二乙は慣れたって言わねえよ、アコ。

 むむむ、と悩む俺達にマスターは大きく頷いた。


「初心者には難しかったか……。よし、ならば私がメインキャラを出そう」

「マスターこのゲームやったことあんの?」

刊行シリーズ

ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.24 DLC1の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.23の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.22の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.21の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.20の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.19の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.18の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.17の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.16の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.15の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.14の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.13の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.12の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.11の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.10の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.9の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.8の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.7の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.6の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.5の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.4の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.3の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.2の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?の書影