三章 別ゲーこれくしょん ⑥
なんだマスター、そのニヤついた顔。やめろよ、やめろって。アコが俺の味方で居てくれてるんだから俺だって当然アコの味方だよ。
それにさ、わかるよ。同じクラスに親しい友達が居なくても、他のクラスに友達がいて昼休みは遊びに行くとか、下校は一緒にできるとか。そういうのって凄く気が楽になるよな。
「ま、さっさと戻って嫁の機嫌でも取るよ」
「それが良いな」
そうして戻った生徒会室で、アコは静かに窓の外を見つめていた。
「ただいまアコ。どした、外なんて見て」
「いえ……あれを」
アコは窓の外、中庭で並んで座っている男女をさして、
「ここからなら簡単に頭が撃ち抜けるなーって思って……」
「だーめー!」
「という訳なので、FPSは中止」
その日の部活で、俺はシューティング禁止令を出した。
「横暴です! 私も役に立てるゲームだったんですよ!」
「むう、せっかく課金したアイテムが使えるところだったのだが」
「でも仕方ないじゃない」
アコとマスターは不満げだが、瀬川は前日のイノシシプレイで燃え尽きたらしい。
「アコの病気が悪化するんじゃ部活の意味がないもん」
「だろ。シューはよくわかってる」
「むう……仕方あるまい。ならばもう少しファンシーなものを選ぶか」
カチカチとマウスを操作すると、マスターは別のゲームの公式サイトを表示した。
「一つオススメがあるぞ。タイトルは『蜂蜜物語』で、見た通りの平和なゲームだ」
「いいな。人の心を和ませるゲームが一番だ」
「私のリア充抹殺計画が……」
やめろと言うに。
蜂蜜物語はその名の通りなんともファンシーで温かい画面の、横スクロール型ゲームだった。
キャラクターを方向キーで左右に動かし、序盤に必要なボタンは攻撃とジャンプ。操作にはすぐ慣れてしまった。
「へえ、平面なのね」
「うむ。横にしか移動はできない。後はジャンプだけだ」
「私でもあんまり難しくないです」
初心者にも操作がわかりやすいゲーム性は素晴らしい。最初は不機嫌だったアコだが、自分でも簡単に動かせる可愛らしいキャラクターに頬を緩めた。
現れるモンスターもどこか憎めない外見のキノコやスライムばかり。遊んでいて気持ちが荒まない。そうだよ、俺達はこういうゲームを通じてアコの心をほぐしていくべきなんだ。
「とりあえず事前知識を集めておいた。街の隣にある蜂蜜公園に行くぞ。そこが初心者に最適な狩り場だ」
マスターの案内でマップを移動すると、そこには沢山のキノコ、スライム、そしてプレイヤーが俺達を待っていた。
「えっと、マスター? なんか人が一杯居るんだけど?」
「敵も一杯居るから問題ない。ここで狩るぞ」
「はーい」
言われるがままにキノコを狩る。スライムを狩る。キノコを狩る。キノコを狩る。たまにプレイヤーと睨み合いながらキノコを狩る。ちょっとキノコがゲシュタルト崩壊するぐらいにキノコを狩る。狩る狩る狩る狩る。
えっと、あの、このゲームってやることはこれだけ?
「マスター。いつまでここに居るんです?」
若干を通り越して飽きが来た頃、アコが最初に音を上げた。
「うん、ちょっと飽きてきたな」
「レベルも5は上がったわよ。そろそろ他にいけるんじゃないの?」
俺とシューも追従する。しかしマスターは不思議そうに俺達を見ると、
「何を言う。レベル15までここだぞ」
「はあっ!?」
いつまでかかるんだそれ!?
マジで飽きたぞ、キノコ地獄はもう良いだろ?
「他の狩り場もあるが効率は落ちる。そもそも単純なゲームだけに、元になる装備やレベルがないことには何処にも行けん。さあお前達、泣き言を言っていないでキノコを狩れ。狩れ。狩るのだ!」
「キノコはもう嫌でずぅー!」
マジか……キノコからは逃げられないのか……。
俺達のキノコ地獄はまだ始まったばかりだった。
「太陽がキノコに見える……あれ?」
終わらぬキノコ狩りに苦しんだ翌日。
移動教室で廊下を歩いていた俺は、すみっこで震えている見慣れた女の子を見かけた。もう言うまでもなくアコだ。
「……何やってんの?」
「る、るしあん」
廊下を行き交う生徒を怯えた表情で見つめるアコ。
何だよ、まさかいじめにでもあってるのか。流石にそれは放っておけないぞ。
「どうかしたのか? 困りごとなら手伝うし、俺じゃ悪いなら瀬川を呼んでくるから」
「い、いえ、そういうんじゃなくてですね」
震える手で廊下を示すと、
「人がうろうろしてるのがなんだか横スクロールを敵が流れて行くみたいで」
「…………あ、そう」
なんだよ、心配して損した。
「そんながっかりした顔しないで下さい。だって怖いじゃないですか、全部倒さないと教室に帰れないって思いません!?」
思わねえよ。仮に思ったとして倒せねえよ。
「落ち着けアコ。仮に敵だとして、こいつらはノンアクティブだ。自分からは襲ってこない大人しいモンスターだ。すみっこを歩いて行けば何も起きない」
「ノンアクティブ……そう、そうですね」
俺の言葉に納得したのか、勇気を出して足を踏み出そうとしたアコに、横から声が飛んだ。
「あ、玉置さん、おはよー」
「いいいっ!? お、おは、おは──」
クラスメートらしい、アコに声をかけた女子は、返事を聞く前に通りすぎていった。
「おは……よ……う……」
「もう居ないぞ」
アコはぱくぱくと口を開閉した後、ぐるりと顔を回して俺に迫った。
「あ、アクティブじゃないですかーっ!」
「落ち着けアコ、今のは攻撃じゃない、挨拶だ」
「何が違うって言うんですか!? 何が!?」
むしろ何処が同じなのか教えて欲しい。
名前を覚えられてただけ良かったじゃないかよ。
「うう、キノコ怖い、キノコ怖い」
「相当追い詰められてるな……」
アコはそのまま予鈴が鳴る寸前まで廊下で怯えていた。
「しかし話しかけられるだけでテンパってて大丈夫なのかあいつ」
アコの日頃の生活を心配しつつ、適当に過ごした放課後。
掃除当番を終わらせて、さてここからが本番だ、とアコみたいなことを考えつつ部室のドアを開く。
「うーっす」
「待ってましたよ、ルシアン!」
打って変わって元気なアコの声。部屋の中で彼女が待っていた。
「……何その格好」
なんか、凄い格好で。
上半身を軽く隠しただけのへそまで見えた上着に、ちょっとマズイだろってぐらい短いスカートにニーソックス。ファーみたいな毛玉があちこちについてるけど露出が洒落になってない。なんだこれ、水着か何かか。
「どうですか、ルシアンっ?」
アコが嬉しそうにポーズを決めて、何だか全く機能性を考えていない弓らしきものを掲げた。ふわふわの尻尾が揺れる。
じゃじゃじゃじゃーんじゃじゃじゃーん、と謎の効果音が聞こえた。
「えっと……何、やってんの、お前。そんなエロい格好して」
「やっぱりドキドキしますかっ?」
むしろ同級生が水着(?)を着て出てきてドキドキしない男を連れてきてみろよ。
「ちょっと、遅いじゃないの」
「おい瀬川、お前もアコに言ってやれ──」
視線を向けると瀬川がいた。なんか鱗みたいなのがたっぷり付いた鎧をつけて、でっかい剣を横に構えて、ドヤ顔で立ってた。超良い顔してた。凄く頭が痛くなった。
「お前まで何やってんの……?」
「どうこれ、格好良いでしょ?」
「いや格好は良いけどよ」
「でっしょー!」
アコと比べれば露出は少ない。可愛いより格好良い方向だ。わかるっちゃわかるけどさ。



