三章 別ゲーこれくしょん ⑤

「かの柏木教諭はなかなかに古い考え方の持ち主でな。電子機器には全く詳しくないが、男が女に機械の扱いで負けるのは気に入らん、というのが彼の認識だ。よって斉藤教諭のような若い女性がさっさと修理してしまうと彼のプライドに関わる」

「年下の女の子がやってくれるならむしろ嬉しいんじゃないのか?」

「ルシアンの変態的な性癖はおいておくとして、彼はそういった考えを持っている」

「そんな性癖ねーよ!」


 俺がおかしいの!?

 いやマジで機械の扱いなんて負けててもいいんじゃね、とは思うけど、そういうおっさんは多そうではあるかな。


「その為、斉藤教諭が修理を済ませると今後二人の関係に悪影響を及ぼす。それはよろしくない。彼のようなタイプを相手にする場合にはわかりやすい逃げ場を用意してやるに限る」


 逃げ場、ね。言い訳とか納得できる理由ってとこか。


「んでそれが……」

「オタクっぽい学生の集まった現代通信電子遊戯部、というわけだ。あいつらはそれが特技だから何ができてもおかしくない。自分も若い頃はその辺の大人よりも機械物に詳しかった──などと解釈してくれる。それにこうしたタイプは一度認めればその後は後ろ盾になってくれる。我々にとっても利益はある」

「はー、なるほどねえ」


 ネトゲ部に頼みごとはできても生徒一人に頼むってのは変だもんな。

 そういう変な贔屓みたいなことはよく問題になるし、使うならグループ単位じゃないと困るのか。


「斉藤教諭もまだ新任だ。パソコン関連の雑務を請け負う物理的余裕は余りない。ゲームだのパソコンだのと若者嗜好があると思われるのも良くない。そこは我々が請け負うことで彼女への利益にもなる。持ちつ持たれつというやつだ」

「色々考えてやってるんだな」


 先生に雑用頼まれた時にその裏なんて考えたことねーわ。LAの中でも大手ギルドは『外交』とかやってるらしいし、ギルマスってのはそういうの考えて動いてるのかな。


「何だっけ、帝王学とかそういうやつ、教えられてるとか?」

「人心掌握術と言った方が正しいな。普通に話している裏で相手の心理状況を予測し、自分にとって最善の結果になるよう誘導する。気分の良いことではないが、時に便利ではある。例えばこのように──」

「おうっ!?」


 と、いきなり俺の肩を抱くマスター。

 ほっそりとした体に背後から包まれて、肩の後ろでふにゃりと柔らかい何かが潰れる。お、これ、ちょ凄……いや待て、違う違う、駄目だこういうの!

 良くない感情に呑まれそうになった頭を振り払い、すぐにマスターから身を離した。


「び、びっくりした。どうしたんだよ、いきなり」

「ちょっとしたご褒美、と思ったんだが。アコ君が同じようなことをしてもそんな反応はしなかったのだがな、ルシアン?」

「そりゃ、あいつは嫁だし」


 LAの、と心の中で付け加える。しかしちょっと本当に驚いた、心臓が凄い勢いで鳴ってる。だってほら、あれがほら、あれしてあれで。

 目の前の胸に吸い寄せられそうになる視線を必死に誤魔化す俺に、彼女は言う。


「今のことから君と私の距離感を測定し、またルシアンがアコ君へ誠実であろうとしていることを自覚させる。するとルシアンはアコ君への態度が多少軟化し、彼女のガス抜きになる。そしてここまで嫌がることはないんじゃないか、と私はちょっと寂しい思いをする。というような効果がある訳だ」

「振り払ったのは悪かったって」


 嫌だったわけじゃないよ、びっくりしただけだから。

 しかしアコのガス抜きねえ。そんな感じで昼休みはアコの為に生徒会室を開けてやってるって訳か。今日のことも俺をこういう雑用に混ぜることで部活への帰属意識を持たせるとか? アコが昼休みは生徒会室に居るぞって教えるだけでも意味はあるか、たまに顔だそうかと思うし。

 ふんふんと頷いていると、マスターは少し自嘲的に笑った。


「ルシアンも性悪女だと思うか? 正直な所を言うと、我ながらこの性格で友達ができないのには納得している」

「いや別に。むしろ──わりとどうでもいい!」


 荒ぶる鷹のポーズをイメージして言う。


「ネットゲーマーなんて基本脳が筋肉なんだから細かい所はマスターに頼むよ。俺達が使えそうなら適当に使ってくれりゃいいから」


 ゲーム内でもそんな感じだ。このクエストを悪用すれば経験値が美味いぞ! とか言い出すマスターにずるずる引っ張られるのが日常だし。


「……そんなものか?」

「むしろみんなマスターが思ってるほどあれこれ考えてないんじゃないかな。猫姫さんだって今後の雑用を俺達に押しつけるためにやらせただけじゃねえの」

「斉藤教諭も君が思うほど適当ではないぞ。社会人というのは誰しもその職場での立場を最優先に──」

「斉藤せんせー」


 職員室の前で話していた俺達の眼前で一人の生徒が猫姫さんを呼んだ。

 何となく会話をやめてみていると、職員室から出てきた猫姫さんは生徒を見て苦笑いを浮かべる。


「遅かったわね。はい、預かってた携帯」

「帰ってきたー。俺の携帯ー!」


 軽く返された携帯にほおずりする生徒。


「せんせー、携帯没収とかないって、やめようぜこういうの」

「あのねえ、休み時間ぐらいなら携帯いじってても見なかったことにしてあげるけど、流石に授業中に携帯でゲームなんてしてたら私も取り上げないといけないのよ」


 お説教をする猫姫さんに、どうだと言わんばかりに言うマスター。


「見ろ、斉藤教諭もしっかり義務を果たしているだろう」

「だなあ」


 へー、猫姫さんが先生らしいことやってるよ。意外としっかり先生やってるのはわかってるんだけど、やっぱり『にゃ☆』のイメージが強いから違和感がさあ。

 でもこうやって見ると確かに色々考えて俺達の指導とか仕事とかやってんのかな。


「だってせんせー、ゲリライベントがさあ。授業中でもやらないと勿体ないじゃん」

「何言ってるの、どうせ無課金なんだから何回か行ったら充分でしょう。休み時間に済ませなさい」


 ……?

 あれ、なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?


「違うんだって先生、俺のパーティー弱いから休み時間じゃ足りないんだよ」

「イベントダンジョンに強い弱いなんて関係ないでしょう。ちょっと見せてみなさい……ああもう、何この編成。それじゃあ時間がかかるに決まってるじゃない。ほら、ボックス開いて」

「はぁい」


 え、なんであの人は国語の問題を間違った生徒を叱るテンションで携帯ゲームのパーティー編成ミスった生徒を叱ってんの?

 おかしくないか? あれ? 俺がおかしいの?


「ほら、とりあえずこれで大分早くなるわよ。慣れれば休み時間で充分終わるから」

「へー! 先生詳しいんだ? ランク幾つ? 俺は130なんだけどー」

「380よ」

「……え?」

「私のランクは380よ」

「…………そ、そうなんだ」


 明らかに引いた様子の生徒に、猫姫さんはドヤ顔で繰り返していた。


「おいマスター、あそこにゲームをやり込みすぎて生徒からドン引きされてる先生が居るけど、本当に学校での立場とか考えてるのか」

「……すまない、私が悪かった」


 ネットゲーマーは何処まで行ってもネットゲーマーだったか……。


「まあ、斉藤教諭のことはともかく。君やアコ君の為にも私自身の為にも、できる範囲で我が部の利益となるよう動きたい。ルシアンにも協力を頼む」

「俺にできることならいいけどさ」

「できるさ。それこそアコ君の味方になってくれればそれでいい」

「んなの最初から味方だろ」

「……そうだな。そうだったよ」

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