三章 別ゲーこれくしょん ④
「んで結局何の用なんですか、会長?」
「敬語は要らないと言っているだろう。ルシアンにはちょっとした雑用を頼みたくてな」
「そういうのって普通に生徒会の知り合いに頼めば良かったんじゃ」
「ルシアン、私がそういった気軽に声をかけられる知り合いが居るかどうかをよく考えてからもう一度言ってくれるか?」
にっこりと笑いかけられた。次に同じこと言ったらその場で退学にさせるぞ、的な恐るべき圧力を感じる。すいません、すいませんでした。
「……いえ、なんでもないです」
「よろしい。では行くぞ」
立ち上がった俺達に、アコがあわてて手を上げる。
「何処に行くんですか? 私も一緒に──」
「行き先は職員室だ」
「行ってらっしゃい!」
そしてその手が即座に下ろされた。
変わり身がはやいな、ったく。
「心配しなくとも大した用ではないさ。ついてこい」
「頑張ってくださーい」
アコはひらひらと手を振って俺達を見送った。
くそう、俺もアコとだらだら昼休み過ごしたい。
「ごめんね、わざわざ来てもらって」
職員室で待っていたのはぽんと両手を合わせる猫姫さん──斉藤先生だった。
「いいえ、問題ありません。我ら現代通信電子遊戯部にお任せ下さい」
マスターは胸を張って請け負ったけどまだ何も聞いてないんだよ。俺達が何で呼ばれたの?
「ええと……俺は何をすれば?」
「それがね、このパソコンを見て欲しいのよ。柏木先生のなんだけどね」
先生はデスクトップの筐体をつんつんとつついた。
「パソコンのセキュリティが危ない! 迫るOSサポート終了! みたいなニュースを見た柏木先生が無理矢理OSのアップグレードをしようとして、途中で嫌な予感がして中断したら動作がおかしくなったって言うのよ」
「そりゃおかしくなるでしょうよ」
アップデートを中断するとか危険なことの代表みたいなもんだよ。おかしくならない方がもっとおかしい。
「基幹部分がいじられる前に中断したから大半は元に戻ってるみたい。でも一部の挙動が不安定で、特にエクセルがちゃんと動いてくれないから……」
「それを直すんですか」
「そういうこと」
要するに教室で聞かれたのと似たようなことか。俺らへの頼みごとなんてどうせこういうことだよなー。でもまあ、パソコンの作り方を教えてくれとかパソコンを作ってくれとか言われるより幾らもマシだ。
「それでね、確認したら復元ポイントは自動設定で三日前ぐらいに作ってあったわ。これがエクセルのインストール用CD。最悪の場合はOSのディスクもあるけど、これは本当に最悪の場合でお願い。バックアップから復帰してたら休み時間が終わっちゃうから」
「…………はあ」
いま依頼主から修復方法が提示されたんだけど、俺がやる必要あるの?
ネトゲなんてやってると勝手にパソコンには詳しくなるもんだし、そりゃ猫姫さんが自力でできるよな、こんなの。
「あの、猫──斉藤先生、自分で直せますよね?」
「無理無理。私パソコンなんて詳しくないもの」
にこにこと裏のない笑顔で言われた。
「なんでまた瀬川みたいなことを……やりますけどね、大した問題じゃなさそうだし」
「ありがとう。一応学校のパソコンだから、変な所を見ないように私が監督してるわね」
変なことなんて何もする余地がないっての。とりあえず復元ポイントからPC内部を元に戻して、それで動かなければソフトを再インストール。最悪の場合はバックアップを取ってクリーンインストール、と。猫姫さんがそう言ったんだからさ。
最初の復元作業はものの数分だ。パソコンがうぃんうぃんと唸っているのを眺める。
「どうだ西村、直りそうか?」
「んー、まだわかんないですね」
「そりゃそうか」
四十代後半ぐらいの日本史教師、柏木先生が苦笑いをしながら声をかけてきた。俺もこの人の授業を受けてるけど手の込んだ手作りのプリントとか一度も見たことないな。パソコン使うのとか苦手なんだろう、きっと。
「とりあえず今から動かしてみるんで、これで起動すればラクなんですけど……お」
画面にエクセルの起動画面が表示された。
「動いたか。はー、簡単に直るもんだな。先生が半日いじっても動いてくれなかったんだが」
「こんなの知ってるか知らないかだけの話ですから」
ネットの世界は広大で、自分と同じミスをやらかした人間が必ず居る。その経験を参考にすれば大抵の問題は解決できるもんだ。
「危うくテストの準備が間に合わないところだった。すまんな西村」
柏木先生は心底嬉しそうに言った。
俺は心底から後悔した。
「……直さなきゃよかった」
「結果はかわらんぞ、勉強しろ」
先生はそう言ってはっはっはと笑った。くそ、自分の問題だけ解決したからって気楽に言って。
「しかし通信電子なんとか部、意外と頑張ってるようだな、御聖院」
「技能と意欲を持った人間にはそれを活かし、伸ばす場が必要だというだけです。我々はいつでもお役に立ちますよ」
「ははは、この手のことはお前達に任せるか」
「ええ、お待ちしています」
マスターは胸を張った。そうは言っても、なんだかなあ。うちはネトゲ部であって電脳便利部ではないんだけども。
「ありがとうね、二人とも。私じゃちょっとどうにもならなくて」
「はあ……」
いや、なるでしょうよ、という突っ込みを堪えていると、斉藤先生は誤魔化すように笑ってウインクをした。い、いいけどさ、別に大したことはしてないし。いや、ちょっとドキっとしたからって訳じゃなくてな?
「んじゃ失礼しまーす」
「失礼しました」
職員室に長居をするのも居心地が悪いのでさっさと脱出することにした。まだ人通りの多い職員室前の廊下で、満足げな様子のマスターに尋ねてみる。
「んで今のはどういう仕事なんだよマスター。俺達がやる必要なんてないだろ」
「そんなことはないぞ」
マスターはふふんと笑った。
「西村君、この学校にはパソコン部がない、というのは知っているか?」
「部活紹介になかったからないとは思ってたけど」
あったらもしかしたら入ったかもしれない。ちょっと興味あるし。
ただそういう部に入っても絶対ネトゲ部みたいな可愛い子は居なかったんだろうけどなあ。
「その理由なのだが、我が校には現在電子工学に詳しい教師が一人もいないのだよ」
「一人もって、誰も?」
「うむ。最低限なら、という教師が数人は居るが、それだけだ。するとこういった電子機器のトラブルに対応できる人間が居なくなる」
それ困るだろうよ。こんなちょっとしたトラブルで修理屋を呼んでたらきりがない。
「そこで我々の出番だ。本来は金を払わなければならないことを生徒が無料でやってくれるというのは教師にとってかなりの快感だという。課金アイテムを使う快感は非常に素晴らしいが、同じことを無課金でできればそれもまた大きな快感だからな」
「その例えはどうよ」
ってか勝手に教師を代表して生徒を酷い扱いにしたけど大丈夫か? ここ職員室の目の前なんだけど、怒られない?
「ともあれ、こうして利用価値と存在価値を示すことで我々の部活を存続に近づけるわけだ。結局重要なのは日々の地道な活動だ。これも大切な仕事だぞ」
そう言われたらなるほどって気はするな。ネトゲ部役に立つじゃん、ってなればすぐに潰そうとはしないだろうし。
「でも今回は猫姫さんがやればそれで良かったんじゃないか?」
「それもまた問題があるのだ」
マスターは扉の開いた職員室に視線を向けた。猫姫さんがプリントに書き物をしている。



