三章 別ゲーこれくしょん ③

 と、教室のスピーカーからぴんぽんぱんぽーん、という呼び出し音が鳴った。


『会長の御聖院です。一年二組の西村君、至急生徒会室に来てください。──繰り返します。一年二組のルシ……に、西村君。すぐに生徒会室に来い。以上』


 ぴんぽんぱんぽーん。と放送が終わる。

 名乗った通りマスターの声だった。しかし後半ルシアンって言いかけて素が出てたぞあの人。生徒会室に来いってなんだよ、来いって。


「今呼ばれたのって西村だよな? でも生徒会とかやってないだろ? 会長直々の呼び出しって何やったんだ?」

「つか会長ってアレだろ、うちの高校の偉い人の娘で、成績もトップの」

「でも他の生徒からは距離取ってる、女王みたいな人」

「その人からすぐに来いって言われたのかお前」

「みたいだなー」


 昼休みに呼ばれるのは珍しいけど、まあ大した用じゃないだろ、相手はマスターだし。そう気楽に考える俺とは正反対に、皆はどこか遠い目をして俺から距離を取った。


「さようなら西村、元気でな……」

「戻ってきたら続きを話そうな」

「なんで死亡フラグ立てられてんのよ俺は」


 ぽん、と肩を叩かれる。見ると高崎が良い笑顔で俺に親指を立てていた。


「亜子ちゃんのことは俺に任せとけ!」

「高崎、お前はマジで生理的に無理だってアコが言ってた」

「げっふぉぁぁああ!」

「高崎ー!」

「高崎! 高崎ー!」


 派手に撃沈した高崎は置いておいて席を立つ。昼飯のパンもついでに持っていこう。

 教室を出る前に、机を固めて騒いでいる女子に目を向けた。当然放送は聞いてたんだろう、瀬川がこちらに顔を向けてるのでちょっと視線で尋ねてみる。


『なあ、何か聞いてるか?』

『なんにも。珍しいわね、こんな時間に』

『だよなあ……何の用なんだか』


 俺が首を傾げると瀬川は小さく肩をすくめて見せた。


『マスターが何を企んでるかなんてわかんないわよ』

『そりゃそうだ』


 ごもっともだ。

 悪意がないことだけは間違いないのでその点は信用してるけどさ。


『ま、適当に行ってくるよ』

『はいはい、頑張ってね』


 なんだよ他人事みたいに──いや実際そう言ってるのかはわからないけど、八割方はあってる自信がある。表情と視線、ちょっとした仕草で伝わってくるんだよな。

 しかし瀬川とはこんなにも目と目で通じ合えるのに、どうして嫁であるアコとはあんなにもズレがあるんだろ。むしろあいつわかってて知らない振りしてるんじゃないか。


「茜、本当に仲良いよねー、西村君と」

「へっ?」


 秋山さんがニヤニヤと俺達を見ていた。

 瀬川のツインテールの一本をくいくいと引っ張って言う。


「だってさっきから西村君と見つめ合って何かコミュニケーション取ってたじゃない? 目と目で通じ合うって感じ?」

「な、何言って……」


 おお、瀬川がテンパってる。落ち着け落ち着け、動揺すると余計に駄目だから。


「秋山さん、その辺でやめてくれって。割食って嫌味言われるのは俺なんだからさ」


 な、と言って苦笑いしてみる。普段ならごめんごめんと笑って話が終わる所だ。

 だが秋山さんはどこか納得げに頷いた。


「ただの自虐ネタかと思ってたけどー、こうしてみると西村君が茜のフォローしてるんだねー。やっぱ面倒見良いよね、西村君」

「は……?」

「なんであたしがあんなのにフォローされないといけないのよ。やめてよそういうの、真剣に気分悪いから」

「その嫌がってる顔がもうねー?」


 まだ何か話してるけど、瀬川が目線で『さっさと行け!』と言ってるので素直に教室を出る。後のことは自分で何とかするだろ、きっと。

 しかし最近の秋山さん妙に俺と瀬川に絡むよな。皆にオタバレする前にやめてあげてくれると良いんだけど──なんて考えながら生徒会室へ。一度来たことのある部屋だ。

 一応、コンコンとノックする。


「あのー、西村ですけど」

「よく来た。入ってくれ」


 中から聞こえた尊大な声はマスターのものだった。この物言いが似合ってるっていうんだから凄い。


「んじゃ失礼しま……す……」


 遠慮なく扉を開けて中を覗き込む。そこには、


「お帰りなさい、ルシアン」


 満面の笑みを浮かべたアコが新婚さんみたいな顔で待っていた。

 ばん! と反射的に扉を閉める。


「えーと、い、今のは……」


 ぎぎぎぎぎぎぎ。軋んだ音を立てて扉が開く。


「るーしーあーんー?」

「ひいっ!?」


 ぎぎぎと扉が開き、そこから恨めしげにのぞくアコの顔。うっわこええ、呪われそう。むしろ既に呪われてそう。


「どうして閉めたんですかぁぁぁ」

「悪い、なんか反射的に」

「その条件反射はおかしいですよ! 私はそこにルシアンが居るのなら男子更衣室でも思わず飛び込んじゃうぐらいなのに!」

「今後の学校生活の為に今すぐ治せその病気」


 実際やったら大変なことになるから。


「まあ立ち話も何だ、入れ」


 中からマスターがそう言う。まだ恨めしそうなアコの背を押して生徒会室にお邪魔した。

 会議用に円形に並べられた机の一角、マスターの正面に腰を下ろす。


「それで、二人揃ってるってことはまたアコ絡みの用ですか?」

「期待させて悪いが、アコ君は関係ないさ」


 あれ、そうなの? どうせアコが何かやらかしたんだろうと思ってたんだけど。


「私は真面目に頑張ってます。授業中も休み時間も大人しくしてますし、購買に集まってる人達にコンボラしたくなりましたけど我慢しました」

「考えちゃった時点で真面目じゃないけども」


 あと休み時間は多少騒ぐぐらいで大丈夫だからな。大人しくしてなくていいからな。


「で、そうすると二人で何やってるんだ?」

「決まっているだろう!」


 マスターはえへんと胸を張り、


「私は『学校生活に不安を抱える下級生の相談に乗る生徒会長』をやっている」

「私は『学校生活への不安を生徒会長に相談する一年生』をやってます!」


 アコもどやあ、と言い切った。


「それを言い訳に生徒会室を占領してるわけか……」

「言い訳とは心外だな。それも一面を切り取った事実ではあるのだぞ」

「残念なことにな」


 ちゃんと相談に乗ってるんだったら事実ではあるけども。アコは学校生活に不安を抱えてるんだから相談したいことはあるだろうし。そうアコに目を向けると、彼女はにっこりと笑みを浮かべて、


「びっくりですよ、こんなに頼りにならないマスターは初めてです」

「学校生活の相談など、何を聞かれてもわからないからな」


 はっはっはっはっは、と二人仲良く笑った。


「なんだそりゃ……」


 溜め息を吐いて俺もパンを口に運ぶ。冷めたコロッケサンドの味はそんなに嫌いじゃない。

 ちなみにだけど、俺の昼飯は八割が購買のパンで残り二割がアコの弁当だ。元々俺は家から弁当を持ってきてたんだけど、アコがたまに作ってきてくれるので今はパンになってる。

 いや、アコ本人は毎日作ると言ってるんだけど、眠かったとか寝坊したとかちょっと調子が出なかったとかいう理由であんまり作って来ないんだよ。偉そうに文句を言う気もないから作りたい時だけお願いしますって言ってある。


「本当は授業もここから一人で画面越しに受けたいぐらいなんですよね。──あ! 家から画面越しに授業を受ければ一歩も部屋から出なくていいですよね!? 完璧じゃないですか!?」

「体育どうするんだ?」

「LAの中で運動します」

「それは単にモブ狩りをするっていうんだよ」


 狩りを体育って呼ぶなら俺はいつだって満点だよ。

 パンなんて食べるのに大して時間もかからない。適当に腹に収めた時にはマスターも弁当を片付けていた。

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