三章 別ゲーこれくしょん ②

 と言っても手榴弾を味方にぶつけるよりはマシだけど。


「私にライフルなんて使えますか……?」

「そこで良い方法がある。いいかアコ、敵を全員リア充だと思うのだ」

「リア充……敵は全部リア充……」


 ぶつぶつ言ってる。なんかちょっと怖い。


「ほら、行くわよ。要するに突っ込んで二人殺して死ねば黒字よ!」

「あ、ああ」


 あらためて走り出す──が、俺達の足はすぐに止まった。

 前線と思われる辺り一帯に断続的な爆発が起こっていた。とても進めそうにない。

 うっわ、何だよ。この手榴弾の雨は。

 あっちからコンボラッ、こっちからファイアーインザホール、そっちからはグレネード投擲っ、と手榴弾を投げる声しかしない。


「ぎゃーっ、手榴弾から逃げた所に手榴弾おちてきたー!」

「シュー……惜しい奴を亡くした」


 俺はあいつの分まで進まなくては。手榴弾の段幕を縫って前に進む。

 爆発を避け、わざとらしく置かれたコンテナの陰に隠れた。手榴弾は山ほど降ってくるけど敵はいないな。

 そう気を抜いた直後、眼前に黒いフェイスガードの敵兵が飛び出してきた。


「あ、やべっ」


 油断してた。とっさに指が動かない。敵の反応は良い、既に照準が合ってる。撃たれる。

 その瞬間、敵は頭から血を噴き出して倒れ伏した。

 ……あれ?


「やりましたよルシアン。このリア充め、思い知ればいいんです」

「今のアコか? 助かったよ」


 まさかアコがあんなに鮮やかなヘッドショットを見せるとは、意外だ。


「任せて下さい。ルシアンに手は出させません」

「あ、ああ」


 アコが頼れる。何この違和感。嬉しいような、むしろちょっと残念なような。


「ふふふ、そのきれいな頭をふっとばしてやりますよ」

「ちょっと怖いぞ、お前」

「あああもう、また手榴弾!」


 シューはまた突っ込んで死んでる。イノシシかお前は。


「ちなみにマスターは何やってんの?」

「マップを確認し、敵が絶対に通る場所にクレイモアを設置して待ち伏せている」

「趣味悪っ!」

「へっどしょーっと! やりましたよルシアン!」


 初見のゲームだが意外と盛り上がった。

 負けず嫌いのシューはK/Dが1を超えるまでやめようとしないし、アコは意外と活躍するし、マスターは陰険な罠をしかけて誰かがハマるたびに嬉しそうにしていた。

 皆でゲームすると、やっぱ楽しいもんだな。

 あ、俺? 俺は一番スコア悪かったよ。放っといてくれ。

 だってFPSとか得意じゃないんだよ。やっててもレベル上がってキャラ強くならないだろ。プレイヤースキルが上がるのはいいけど、やっぱ長いことやってる特典が欲しいの。じゃないとやる気になんないの。そういうやつ居るだろ?

 それはともかく、翌日。

 珍しく朝の通学路でアコを見かけた。

 何故か怯えた様子でキョロキョロと歩く不審人物だったのですぐに気付いたのだ。

 後ろまで近づいてアコの肩を叩く。


「おうアコ、おはよう」

「ひいうっ!?」


 アコは思いっきり身を固めた後、俺を認めてふにゃりと力を抜いた。


「ああ、ルシアン。敵かと思いました」

「敵とかどこにいるんだこの世界の」

「だって、曲がり角のたびにそこから敵兵が出てくる気がしてしょうがないんですよ」

「ちょっとわかるのが嫌だ」


 しばらくFPSをやった後の、ただ歩いてるだけなのにちょっとクリアリングをしてしまう感覚は確かにあるけども。


「というわけで怖いので、手を繋いで学校に行くというのはどうでしょう?」

「それは駄目」

「うう、ルシアンのいけず」


 恥ずかしいし目立つし、良いことないだろ。まあちょっと憧れがあるのは否定できないけど。

 こう、指を絡ませてる感覚とか、想像しちゃうけど。


「まあ鞄は持ってやるよ。ほら」

「あ、この感じはリア充っぽい!」

「そうだろうそうだろう」


 青春って感じがして嬉しい。

 いや、アコはそういうんじゃないけど、これは直結行為とかじゃないし。セーフセーフ。

 それにちょっと前を歩く、あの手を繋いでる奴らなんかと比べたら本当に普通だし。


「でもやっぱり手を繋いで登校は……羨ましい……」

「こっち見んな。ああいうのは周りに見せつけてる所もあるんだから、関わっちゃいけません」

「そうは言いますけどルシアン、殺意を持てあますんですよ」


 最初から殺意なんて持つな。


「あ、ルシアン、私やっぱりFPS向いてるかもしれません」

「どうしたいきなり」

「もし手元にライフルがあれば、確実にあいつらの頭を撃ち抜いてました!」

「やめい!」

「ふふふふふ、びゅーてぃふぉー」


 いかん、これはいかんですよ。

 脳内でリア充へのヘッドショットを夢想するアコに、俺は戦々恐々とした。



「大分良くなってきたと思ったんだけどなぁ」


 暴走アコを止めるのに疲れ切って、気がついたら昼休み。

 アコのゲームと現実を区別しない癖はマシになってきたと思ったんだけど、そうでもなかったのかも。

 まいいや。さっさと飯食おう。

 よっこいせと机を動かし、その辺の男子と適当に合体させる。わざわざ学校が終わってからクラスメートと遊んだりしない俺にとっては昼休みが大事なコミュニケーションの時間だ。オープンオタクの役割を果たすとしよう。話題を振られなかったら大人しくしていよう。


「ところで西村よ、ちょっと相談があるんだけども」

「なんだいよ」


 クラスメートの一人に無駄に真剣な表情で言われた。


「お前パソコンとか詳しいんだよな?」

「本当に詳しいとは口が裂けても言えないけど多分お前よりは詳しい」


 ガチで詳しいヤツの足下にも及ばないけど、その辺りの高校生よりは詳しいと思う。大体そんなもんだ。

 ちょっと曖昧な俺の答えに、そいつは頷くと、


「それで充分だ。知ってたらでいい、教えてくれ」

「何が聞きたいんだよ」

「パソコンの中に収めた画像や動画を、他人に見つからないようにする方法」


 …………えっと。


「おまえんちのパソコン、家族共用?」

「……ああ」

「それは……」


 せ、切実な問題だ!

 自分のパソコンを手に入れるのに散々苦労した俺にもこいつの気持ちはよくわかる。

 だからあえてどんな画像なのかは聞くまい。武士の情けだ。


「そうだな、とりあえずぱっと思いついた方法が五通りぐらいある」

「マジか! 流石西村、頼れる!」

「え、あんの!?」


 聞いていたクラスメートも乗ってきた。やっぱりこれは共用パソコンを使う男子にとっての切実な問題だよな。


「方法としては、設定を変えて隠しファイルを表示しなくして隠しファイルにする、フォルダ自体を暗号化する、専用のソフトを使って隠す、USBメモリに全て保存してパソコン側に痕跡を残さない、とかがあるな。可能なら最後の別媒体に保存して自分で保管するってのが一番安定感がある」

「ふんふん」


 頷いて真剣に聞いている。


「ただ媒体が手元にないと駄目だし、毎回変な物を挿してるなってのが怪しまれる場合もある。そこで素直にパソコン内部に隠すとするなら、俺のオススメは『隠蔽波状攻撃』だ」

「なんだその格好良い戦法!」


 格好良くねえよ。やることは簡単で単純だ。


「簡単に言うと、適当なアルファベットのフォルダを作って、内部にも同じようなアルファベットのフォルダを無数に作る。構成を超多重構造にして一つだけ当たりフォルダを用意するんだ。どれを開いてもよくわからないファルダだらけで、奥深くまで正解ルートを進まないと目的のファイルにたどり着けない。それが波状攻撃。さらにブツは全てjpgやaviから拡張子を別のものに変更して検索対策をほどこし──」

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