三章 別ゲーこれくしょん ①
「……どうしようか」
微妙な表情でパソコンの前に座る面々を見回し、俺はぼんやりと言った。
「どうした、じゃないわよ。あんたLAやんないの?」
「やるけどな」
だって俺以外の誰もLAを起動しようとしないし。
セッテさんが顔を出すようになってまだ数日だが、ギルドの雰囲気は結構酷いことになっていた。
結局溜まり場探しも散歩しただけで終わったし、打開策がない。
「なに、ちやほやされないと気分悪いっての?」
「どしたよ、なんで喧嘩腰なのお前」
「んなことないけど」
アコじゃないんだから、構ってやらないからって機嫌悪くなるなよ。
そのアコはとりあえず俺と一緒に動いているが、四人揃わないのがストレスなのか最近見ていて明らかに不安定だ。
マスターは普段通りだけど──だからって俺に迎合する訳でもない。良くも悪くも自然体だ。
「ログインしたらまた、居るのかね」
ぽつりと言うと、瀬川もぽつりと返す。
「じゃないの、あんたが餌付けしたんだから」
わざと悪い言葉選ぶなって。
「……皆でゲームしたいですね」
「まーな」
アコの素直な意見がそのまま全員の気持ちだった。
割と長いことこの四人でゲームを続けてて、外部の人を混ぜて遊ぶことってあんまりなかった。時々人を集めることがあってもレベルや装備の近い人だけで、初心者入れてとかそういうことは基本やらない。
やっぱプレイスタイルとかレベル帯、装備なんかが合わないと一緒にやってても微妙なんだよな。俺達が廃人に混ざれないように、始めたばかりのプレイヤーも俺達に混ざるとあまり楽しめない。でも始まったばかりのゲームならともかく、今のLAに本物の初心者なんてほとんど居ないし、放っておくのも……。
「んー……」
「うー」
びみょーな空気で画面を見つめる。どーしよ。
「あー……、なあ」
ふと思いついたことがあった。
少し明るく言った俺に、皆がぼんやりした視線を向ける。
「前も言ったんだけど、ここって別にLA部ってわけじゃないだろ。ネトゲ部な訳だ。じゃあ他のネトゲやっても問題ないんだよな」
「……それは確かにそうだ。オンラインゲームであれば何でもいい」
「他のゲームをするんですか?」
俺の言葉に反応して、だらけていたギルドメンバー達が少し姿勢を戻した。
「なるほど、他のゲームね」
「ああ。たまにはいいんじゃないか?」
以前は却下された意見だ。しかし今回は俺の言葉に皆が目を輝かせる。
「良いと思いますっ」
「そうね、たまには」
「よし、ではそのゲームを選ぶとするか」
お、おお。一発で通ってしまった。というわけで今日の活動にLAはなしだ。
別にセッテさんと何かするのが嫌ってわけじゃないんだけど……まあ、いいよな。別ゲーするだけで、LA内で避けるとかそういうんじゃないし。
アコにリアルとゲームの違いをわかってもらうって意味でも、別のゲームをやるのは意味がある。ゲームが変われば立ち位置も変わり、『ルシアン』と結びついた俺のイメージが変わるかもしれないし。
──そんなのはただの言い訳だと自覚しつつ、嫌なことから逃げられると思うとテンションが上がっていく。
「何のゲームするんだ?」
「そうだな、ネットゲームにも種類は多い。COOP機能のあるコンシューマーゲームも含めればそれこそ星の数ほどあるぞ」
「その辺はネトゲって感じじゃないでしょ」
「俺はとりあえず有名なゲームは一通りを触っておくべきだと思う。ネトゲ部の基礎教養として採用したい」
「何よ、その義務みたいなの」
義務だよ、義務。
「私、この牧場経営シミュレーションってやりたいです!」
「大人数で箱庭ゲーをやってどうすんのよ!」
マジ、急に元気になったな俺達。我ながら都合が良いよホント。
「なら……はい!」
アコが俺の袖を引いて言う。
「銃で人を撃ち殺すゲームがしたいです!」
「アコ、イエローカードね」
「ええっ!?」
危険な発言で、瀬川からアコにイエローが出た。
うん、俺も妥当だと思うよ。今のは多くのゲーマーに対する宣戦布告だ。
「ちなみにレッドになるとどうなるんだ?」
「学校には来なきゃいけないのに部活にでるのは禁止」
「重いですよっ」
しっかり言葉に気をつけるように。
「ではFPSなりTPSなり、シューティング系のゲームをするか。こんなこともあろうかと下調べはしている。とりあえず基本無料の中で評判が良いものを選べば損はすまい」
「ういー」
マスターが選んだのはFPSゲーム、ウルトラフォース。アコの言葉じゃないが、とりあえず銃で人を撃つゲームだと思っていれば間違いはない。口に出すのは厳禁だ。
少し懐かしい雰囲気のある公式サイトからインストールを始める。
「ルシアンルシアン、登録ってどこからするんですか?」
「そこに新規登録って書いてあるだろ。ほら、ここ押して、名前と住所入れて」
「ルシアン、タッチです!」
「自分で入れろよ……ったく、住所は?」
クライアントは大して重くなく、インストールはすぐに終わった。
「さてやるか。適当に初心者部屋に入って戦うか?」
「そーねー。操作もよくわかんないし」
「む、ランクが足りなくて課金した武器が使えんぞ」
「なんで最初から課金してんのマスター」
いぶかしむ俺の視線に、むしろ不思議そうに言う。
「おかしいだろうか。いわゆるお布施というやつだ。オープンベータを楽しんだゲームが課金を開始した時や、期待しているゲームを始める時など、とりあえず多少は金を入れるだろう?」
「しないって」
する奴が居るとは聞くけど、まさか身内にいるとは。やはりネットゲーマーは業が深い。
この調子では良い運営に対してはユーザー側から課金システムを提案して搾り取って下さいとお願いするようなゲームも出てきそうだ。
「とりあえずやるぞー。全員部屋にはいったかー?」
おー、ということで試合を始める。
ルールはチームデスマッチ、ようするにチーム対チームの撃ち合いだ。
「てぃーむですむぁっち!」
「アコ、試合開始コールを真似せんでいい」
微妙に発音が良いのが腹立つ。
「お前達、最低限の操作はわかるな? この部屋はフレンドリーファイアがある、気をつけろ」
フレンドリーファイア、すなわち味方に対する攻撃のことだ。この部屋では仲間を撃ち殺す可能性があるのだ。余りやりすぎるとキックされる場合もある。もちろん、わざとでもなければそうそうないが。
「じゃあとりあえず突っ込んで撃つわよ」
「お前らしいな。ま、行くか」
がちゃがちゃと武器を切り替えて確認するシュー。そしてアコが一人ぶつぶつと
「えっと、このボタンが……」
とか言っていた。
その直後、「ファイアーインザホール!」と四つのスピーカーから同時に聞こえた。
どごん、という轟音と共に視界が白に包まれる。
「……え?」
「お?」
光と煙が晴れたときには俺の体力は見事になくなり、倒れ伏した兵士の姿が映っていた。
「……アコ、凄いな、いきなりトリプルキルだぞ」
「全員味方だけどね」
「ご、ごめんなさいー!」
「なるほど、足下に手榴弾を転がしたのだな」
初デッドはまさかのアコによる自爆だった。
「思うのだが、アコには狙撃の方が向いているのではないか」
「狙撃ですか?」
アコにスナイパーねえ。芋りそうだけどなあ。
芋、特に芋スナというのは前線から遠く離れた場所でがっちがちに籠もったまま打ち続けるスナイパーのことだ。本人以外は誰も得をしないので基本的に敵からも味方からも疎まれる。



