プロローグ HISUN
ネカマにマジな告白をするという大惨事から、今の嫁であるアコにプロポーズされるまで、俺はゲーム内での結婚については否定的な立場だった。
もちろん自分が大恥をかいたからっていうのが一番の理由だけど、周りでいくつかトラブルがあったってのも理由にあってさ。
その一つがこんな話なんだ。
俺が結婚に否定的だって言っても、フレンドから結婚するって言われたらやっぱり結婚式には行ってたし、ちゃんと祝ってたんだよ。
そしたらさ、みんなに祝われて結婚したフレンドから、数日後にチャットが飛んできたんだ。
◆ユユン:あいつ、俺のことは遊びだったんだよ!
そんなチャットだった。
◆ルシアン:よくわかんないが、男からそんな話聞きたくない
とりあえずあしらった。忙しかったし。
◆ユユン:いやいや聞いてくれよ
◆ルシアン:そう言われても
その時はソロで狩ってたんだけど、しょうがないからユユンの為に町に戻ってやったのを覚えてる。
◆ルシアン:で具体的にどういう話だよ
◆ユユン:それがな、酷いんですよ。俺の結婚したさらさらちゃんなんだけど
◆ルシアン:おう
結婚式に呼ばれたから覚えてる。結婚相手はさらさらちゃんって人で、蒼い髪がさらさらした魔法職の子だった。
女キャラを見る目がとても厳しかった当時の俺は、こいつネカマくさいな、って以外には何も感想がなかったけど。
◆ユユン:さらさらが、さらさらがな
◆ルシアン:あの子がどうしたんだ
ユユンはぶわっと涙を流し(エモーション動作で)、ぐっとそれを拭い(エモーション動作で)、空を見上げて(エモーション動作で)言った。
◆ユユン:別キャラで、他の男と結婚してたんだよ!
◆ルシアン:……あ、っそう
◆ユユン:そのリアクションは何だルシアン!
何だって言われても、他人の夫婦関係とか聞かされても困る。そうなんだあ、へえー。みたいな反応になっちゃうのも仕方ないでしょうよ。
LAの結婚システムはアカウント単位の結婚じゃなくキャラ同士の結婚でしかないんだよな。一部アイテムインベントリが共有されたりとか、そういう深いつながりはないんだ。
だからさらさらちゃんは別に何に違反してるってわけでもないし、むしろ全キャラ同士で結婚してる人なんて見たことがないぐらいだ。
だがそんな建前はユユンには関係ない。
◆ユユン:俺は浮気されたんだぞ、浮気! 慰謝料取れるでしょう!
◆ルシアン:浮気って言ってもそのキャラでは結婚したままなんだろ?
◆ユユン:いっそ離婚された方がマシだ!
あふれる程の怒りエモーションと共にユユンは吼えた。
◆ユユン:俺と結婚したまま別キャラでも結婚してたってことは、俺のことは体と金だけが目的だったんだよ!
◆ルシアン:壁役と経験値な
言葉の選び方が凄く情けない。
でも実際の話、利益だけの繋がりを求められていたというのは事実なんだろうと思ったよ。
曲がりなりにも愛情と言えるようなものがあれば、別キャラで結婚はしないだろうし。
◆ルシアン:要するに、さらさらちゃんはお前のことを、遠距離火力職の時に使える相棒だとしか思ってなかったわけだ
◆ユユン:そうだ。俺への愛はなかったんだよ
それに対して、コイツはさらさらちゃんに愛があったと。
◆ルシアン:なるほど……辛いなそりゃ
◆ユユン:もう引退したい
◆ルシアン:すげえわかるけど
相手が男だったのとどっちが辛いだろう。一度上げてから落とされた分こっちのショックも冗談じゃ済まないとは思う。
◆ルシアン:ゲーム内結婚へのスタンスって人によって違うからなあ……
狩りの効率が上がるから結婚するって人、友人の中で一番気が合うから結婚するって人や、本気で相手が大好きだから結婚するって人。
気持ちがズレたまま結婚システムを利用するとこんな悲劇がよく起きる。
◆ルシアン:で、どうすんの、離婚するのか?
◆ユユン:……ああ。さらさらちゃんとはもう終わりだ
◆ルシアン:でも一方からの同意だけで強制離婚すると凄い額の金を取られるよな
◆ユユン:なんでこんなクソシステムにしたんだ運営の野郎!
◆ルシアン:素直に離婚しようって言ってみれば?
◆ユユン:相手はシステム使うだけのつもりだったのに、俺だけは本気で好きだったとか、そんな暴露をするぐらいなら死ぬ! 俺は死ぬぞ!
◆ルシアン:……ああ、うん……わかる……
俺も戻れることなら猫姫さんに告白する前に戻りたいよ……できることなら……。
◆ユユン:というわけで俺だけ苦しむのは納得がいかない
◆ルシアン:おう……おう?
なんか話がおかしくなってきたぞ?
◆ユユン:お前にも一緒に苦しんでもらう為ために、どうしてルシアンと結婚しなかったか猫姫さんにインタビューしてきたぞ
◆ルシアン:お前何やってくれてんの!? 聞きたくねえよそんなの!
◆ユユン:まず一つ目!
無視!? 無視か!?
人の話聞いてねえこいつ!
◆ユユン:ゲーム内で結婚とかする気がないにゃ
◆ルシアン:ぐおおおおお
◆ユユン:二つ目! ルシアンだけと特別に仲が良かったわけじゃないにゃ
◆ルシアン:ぎやあああああ
◆ユユン:三つ目! っていうか男と結婚とかありえないにゃ──だそうだ!
◆ルシアン:も……もうやめてくれ……
なんで俺まで過去の傷をほじくり返されないとならないんだよ……。
確かに俺も相手の気持ちとか、ゲーム内結婚へのスタンスとか、何も考えずプロポーズをしたよ、こいつを笑えないよ。
だからってこんな仕打ちがあっていいものか。
いや違う。こいつだって悪くない。被害者なんだ。
全てネカマが悪い。全てゲーム内で結婚とかできるようにした奴が悪い!
◆ルシアン:もう二度と結婚なんてしないぞ!
◆ユユン:そうだ、絶対に結婚なんてしねえぞ!
俺達はそう言って拳を突き上げた。
しかしユユンはさらに二度の離婚と三度の再婚をした。
そして現在の嫁は中身が男なのだという。
最後の結婚式で彼女──彼? ──と熱い口づけを交わすユユンの姿を、俺は悲しい思いで見つめたのだった。
◆ルシアン:ということがあってだな
◆アコ:離婚はしませんよ?
そこまで黙って俺の話を聞いていたアコは、若干食い気味なぐらいの勢いで言った。
◆ルシアン:うん、俺にもその気はない
◆アコ:良かったですー
ほっとしたように言うアコ。
相変わらず心配しなくても良い所で勝手に不安がる癖が治らない奴だった。
◆ルシアン:本題はそっちじゃない。聞きたかったのは結婚へのスタンスの方なんだよ
◆アコ:はあ
なんでちょっとよくわかりませんって感じのリアクションなんだよ。大事だろ、ゲーム内での結婚をどんな風に考えてるかって。
◆ルシアン:俺とお前の結婚へのスタンスが違ったら困るだろ。その辺深く考えずに結婚したしさ
言ってみればアコに押し切られたわけで、そんなこと深く語ったことなかったんだよ。
◆アコ:え、でも、私、ルシアンのこと好きですよ?
◆ルシアン:……俺も好きだけど
◆アコ:ですよね?
じゃあなんで聞いたんですか、と言わんばかりに、アコの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
確かにアコの言うことは正しいよ、俺もゲーム内でアコに好かれてないんじゃないかって不安を感じたことは一度も無い。
◆ルシアン:じゃあちょっと聞きたいんだけども
◆アコ:はい
◆ルシアン:…………
◆アコ:……?
◆ルシアン:……き、聞けるかー!
「聞けるかああああああ!」
ルシアンと俺が同時に口に出した。
聞けるか、こんなこと、聞けるかっ!
◆アコ:えええっ!? そんな一方的に怒られてもっ!?
◆ルシアン:るさいっ、今日は寝るっ、おやすみっ
◆アコ:は、はい。おやすみなさい
混乱するアコと別れを告げて、クライアントを落として頭を抱える。アコには明日謝っておかないと。
でもさあ、こんなの、正気の状態で聞けやしないだろ。
アコ、お前さ。
リアルの俺のこと、好きなのか? なんてさ。



