一章 ラブソードウ ①
「おーら、教卓運ぶぞー」
「おう構わんよ、持ってこい」
「お前も持てっつんだよ」
こういうのはどこもあんまり変わらないと思うんだけど、俺の学校では週に一回ぐらいのペースで教室の掃除当番がやってくる。
業者にやらせれば良いじゃんなんて言う奴も居るけど、なんだかんだで小学一年生の頃からやらされてきたことで、ただの日常みたいなもんだ。
「今日の重かった机選手権は圧倒的大差をつけて高崎だな。何入れてるんだコイツ」
「罰として椅子を上げたままにしておいてやろう」
イジメみたいだからやめてあげて。
とにかく大して思う所もなく適当に済ませるのが常だった。
「悪いな、手伝ってもらって」
「俺らどーせ暇だしなー」
「お前だけだよ」
「るっせ」
普段はただ意味もなくダベりながら残ってるだけだと思ってたリア充グループが何故か掃除を手伝ってくれたりして、あれ、こいつら意外と良い奴なんじゃね? みたいな錯覚を覚えたりもする。そんな放課後。
「っし、終わった」
ちりとり一杯になったゴミを捨てると、リア充の一人が俺の肩を叩いた。
「んじゃルシアン、お疲れー」
「明日なー、ルシアーン」
「またね、ルシアン君」
「…………ああ、うん」
各々輝くような笑顔で言うと、彼らは何ごともなかったようにウェーイと盛り上がり始めた。特に言い返すこともなく教室を出て、充分に離れたぐらいでぽつりと言う。
「……お前らにルシアンと呼ばれる筋合いはねえ」
名前で呼ばれたアコが怒った気持ちがちょっとわかった。
定期的にうちの教室にPOPするアコがルシアンルシアンルシアンとしつこいぐらいに言う上に、『しょうがないにゃあ、いいよ』事件以降は秋山さんまでキャラ名で呼ぶもんだから、俺のクラス内では無駄に浸透してる。
「しかし一番の原因は授業中に『次、ルシアン読んで』って言い放った猫姫さんかもしれん」
教室は爆笑の渦に包まれたけど、猫姫さんだけは『ち、違うのにゃああああああ』って顔をしてた。
浸透したと言っても、アコや猫姫さん、瀬川に最悪秋山さんならともかく、大して仲良くもないクラスメイトに呼ばれると、からかわれてるみたいで良い気分じゃないんだよ。できればやめてくれないかなあ。
やっぱああいう奴らとは気が合いませんわー、と掃除を手伝ってもらった恩もすっかり忘れて歩いていると、他のクラスにも同じように残ってるグループが居た。
まったく、さっさと帰れよリア充が────と思ったけど、違った。リア充じゃなかった。確実にリア充ではないのが混ざってた。
「……アコも居るじゃん」
放課後の教室に居残って騒ぐ女子グループの中にアコが混ざっていたのだ。
コミュ障気味でネットゲーム中毒で学校すら休みまくってたあの『俺の嫁』だ。もうテスト前に入って部活がないので学校に来てなくても驚かないぐらいだったのに、まさかあんなにも馴染んでるとはなあ。
瀬川と秋山さんに両側を挟まれて半ば強制的にって感じだったけど、アコは割と輪の中心に居るように見えた。なにやら雑誌を見せられて、熱く語られてるっぽい。
「ほら、ね! 玉置さんもこういうのいけるって!」
「えー? それなくない? 玉置さんにはこっちじゃない?」
「は、はあ……」
きゃーもー、やだー! という何を言ってるのか俺にはさっぱりわからない会話を、同じようなさっぱりわかってない顔で聞いているアコ。
あいつやるなあ、という感心と共に、なぜか敗北感がわき上がる。アコのくせに生意気だぞっていうガキ大将みたいな感情で心がざわついた。
脱ヲタしてリア充気取ってる友人を見た時のようなこの気持ちは一体何だろう。敗北感なのか劣等感なのか、侮蔑してるのか嫉んでいるのか。
「いかんいかん。素直に喜んであげないと」
旦那役も終了かな、なんてほんのり黄昏れながら教室の横を通り過ぎる。色々迷惑もかけられたけど、アコと一緒の時間は凄く楽しかったよ。
さようなら、少しだけ華やかだった俺の青春。
「も、もう限界です! こんな、こんな呪われたアイテムみたいなものーっ!」
なんだかあまり良くない声が聞こえた。
ちょっと目を向けてみると、泣きそうな顔をしたアコが見せられていたファッション誌を両手で握って破り捨てようとして、瀬川が超困ってて秋山さんが爆笑してた。周りの子がかなり本気で引いてた。
ったく、何やってんだかあいつは。
そんなことしてると折角できた友達が居なくなるぞ──
「──って、マジで何やってんだよアコ!」
「る、るしあんー!」
俺に気づいたアコが涙目で駆け寄って来た。ちょ、待って、やめて! ここでそういうことされると、ほら! 女子グループの人に生温かい目で見られてるから!
「聞いてくださいルシアン、酷いんです、酷いんですよ!」
「話は後で聞くけど酷いのはお前だ!」
「ルシアンも酷いですーっ!」
裏切られた! って顔をされても、むしろ裏切られたのはこっちだよ。更生したんじゃなかったのかお前は。
「あー、旦那さん来たみたいだし?」
「空気読んで後は任せよっか?」
爆発したアコの面倒くささを敏感に感じ取り、そそくさと居なくなっていく隣クラスの女子。残ったのは未だに笑っている秋山さんと、頭を抱えている瀬川だけだった。
「……危ない所だったわ。本当に」
「でも気持ちわかるって。私もたまに破り捨てたくなるもんこういうの」
「奈々子とはまた別の理由だと思うわよ、アコのは」
ここまでフォローを頑張っていたらしい瀬川は疲れ切った様子だった。隠れオタの片鱗を見せることなくアコを庇うのは大変だったんだろう。
「やっほー、西村君」
「はいやっほー。……んで、何があったの?」
腰にしがみついたアコを引きずって尋ねると、秋山さんは至極楽しそうに笑った。
「んーと、玉置さんもちょっとはお洒落しても良いんじゃないかと思って、みんなで小物とか勧めてただけなんだけど」
「あなた俺の嫁に酷いことしますね」
「でしょうっ? 酷いですよね!?」
「ええっ、そうなの?」
そうだよ、酷いよ。鬼畜の所行だよ。
アコに──っていうか俺達にそんなことしたら拷問に決まってるだろ。
「ほらほら見てください、この『我こそは校内カースト最上位に位置する読モ女子! ひれ伏せ愚民ども!』みたいなドヤ顔の嵐! 誰が楽しくてこんなのを読むんですか!」
「いやそれは流石に読者モデルさんへのイメージが偏りすぎてるけども」
雑誌の中の人にまで憎悪を向けちゃいけません。
「んー、そうかなあ。結構勉強になるよ?」
「そんな勉強はしたくないです」
アコはげっそりとうなだれた。キラキラ笑顔の読モさん達に相当なダメージを受けているらしい。
「別に嫌いなら嫌いで良いけど、あたしの本を破るのはやめてくれる? ほら、返して」
「あれ、これってお前の本なの?」
「……そうだけど、何か文句でもあんの?」
学校モードの瀬川は雑誌を奪い返し、若干不機嫌な顔で言った。別に文句はないし意外ってほどでもないけど、ちょっとイメージと違うような気はする。
「二月三月号なんかは新入生向けにメイクの基本とか服の選び方とか初心者向けになってるからね、わざわざ昔のを茜が持ってきてくれたんだけど」
「そもそもレベルを上げるつもりがないんですっ」
例え初心者向けでも本人が望んでいないと意味がないだろうなあ。
「わかってないわね、アコ。こういうのは逃しちゃいけない重要なアイテムなのよ」
「重要アイテムって言ってもクエスト進めないとずっとインベントリに残って邪魔をし続けるタイプのお邪魔系重要アイテムじゃないですかっ」



