一章 ラブソードウ ②
「そういうんじゃなくて! だから、ゲームで言うと! ──あ、ええと」
何やら言いたいことがあるらしいが、瀬川の歯切れが妙に悪い。ちらちらと秋山さんに視線を送り、言い難そうに口をもごもごとしていた。
「…………奈々子、そろそろ帰った方が良いんじゃない?」
「ううん、まだ時間あるし、付き合えるよ?」
「……そう?」
こ、これは一般人が混ざってるせいで全開のオタトークができないあの現象!
秋山さんにもうバレているとはいえ、隠れオタ継続中の瀬川にはきついんだろう。焦った顔で辺りをうかがってる。
『ちょっと、奈々子どうにかしてよ』
瀬川の必死な視線が俺達にそう語りかけるが、俺の方も首を振るしかない。
『秋山さんはお前の担当だろ、自分でなんとかしろよ』
『無理です無理です絶対無理です』
『ちっ、使えないわね』
そんな理不尽な! いや本当にそう言ってるのかはわからないけど!
「人を置いてけぼりにして目と目で会話するのやめようよー」
「ああ、えっと、そういうんじゃなくてね?」
瀬川はしばしうんうんと悩むと、ついに決意したのか、ぐっとアコに向き直る。
「こうなったら仕方ない……ええとね、アコ。よく聞きなさい。こういうファッション誌とかはね」
強く拳を握りしめて言う。
「リアルオフライン職業女子校生用のしたらばまとめ攻略Wikiなのよ!」
「……Wiki?」
なんか変なこと言い出したぞこいつ!
「だってそうでしょう! これを見るだけで肌のケアやメイクの知識、最低限知っておくべきモデル、会話でよく名前の出るブランドまで、一般的なリアル女子校生として生きていくのに必要な全てがわかる攻略情報まとめサイトなのよ! 破り捨てるなんてとんでもない! Wikiを大切にしない奴はあたしが地獄の火の中に投げ込んでやるわ!」
「そ、そう言われると大事な気がしてきますけど……」
あ、納得するんだ。
これでアコ的には通じたらしく、微妙な視線をファッション誌に向ける。やっぱり表紙に載ったキラキラ女子は認められないらしい。
「でもでも、攻略はWikiが全てじゃないですよ。Wikiが間違ってたり、Wikiより効率が良い方法があることなんて幾らでもありますしっ」
「そういう場合でも野良と遊ぶ時はWiki通りにやんないと、Wikiが全てだと思い込んでる情弱が足を引っ張って面倒臭いでしょ! だからWikiはちゃんと目を通さないと駄目なの!」
「す、凄く覚えがありますーっ!」
「覚え、あるんだな……」
アコはどちらかといえば情弱側だろ、と言いたい気持ちをこらえる。
言われたら確かに居るけども。Wikiの情報が古かろうが間違っていようが効率が悪かろうが、それでもWikiが全てだと思い込んで融通の利かないプレイヤーって。
「西村、あんたもそうなんでしょ!? リアルオフライン攻略用にちゃんと下調べはしてるんでしょ!」
「……まあ、ちょっとは。クラスの奴が好きそうな動画とか生放送とか、興味なくても一応チェックするし」
オタっぽい話題なら全部通じるオールラウンドオタというのもそれはそれで大変なんだよ。
インターネットカラオケマンとか全然興味ないけど聞くだけ聞いておかないと、ふっと耳にした時にニヤっと笑い合うっていう、オタク同士の隠れたコミュニケーションを取る為に必要だから困るし。
「……茜、あたし達をそういう目で見てたの?」
「そういうわけじゃないけど! そういう要素もあるって話よ!」
困惑顔の秋山さんに瀬川が必死に言い募るが、欠片も信用できなかった。
お前完全にリアルオフラインを攻略するつもりでこういうの読んでたろ。あーはいはい、Wikiに書いてあった話をドヤ顔でするnoob乙、みたいなこと考えてたんだろ。
「ともかく! わかるでしょアコ! 事前に攻略情報を見ないでネトゲなんてしたら他のプレイヤーに差をつけられるのは当然なわけよ!」
「私はそういう初見プレイが好きなんですよう」
「初見が許される時期はとっくに過ぎてんのよ! 職業固定の経験者限定募集、完全作業周回PTしか残ってないのよ、オフラインには!」
「末期ゲーは嫌ですううううう」
「諦めなさい! あたし達はこのリアルオフラインにしがみつくしかないのよ! これまでに幾ら課金したと思ってるの!?」
「やめろ、やめてくれ……」
余りに悲しい会話にこっちまで泣きそうだった。
「ねえ茜、そういう考え方はどうかと思うよ? みんな義務感で服選んでるわけじゃないし、他の人に合わせて好きなブランド考えてるわけでもないしさ。玉置さんの好きなように、ゆっくりでいいからちょっとずつ……」
「ああもう、うるさいわね! あんただって全然わかってないのよ!」
「え、ええ? わたし!?」
「セッテの時よ! 初心者Wikiすら見ないからLAであたし達に散々迷惑かけてんのよ! わかってるの!?」
大分溜まってるらしい瀬川が盛大にキレた。
秋山さんが迫力に押されている隙に、さらに文句を続ける。
「大体ね、あたし達が奈々子に教えるようなことは全部Wiki見れば書いてあるのよ! 一人で練習すればすぐできるようになるでしょ!」
「で、でも、折角一緒に遊ぶんだし」
「ダンジョンの基本ぐらい見てこいって言ってるのよ! そういうのがわかってないから適当に罠触りまくって大惨事になったりするんでしょ!?」
「それは悪かったと思ってるけど……」
確かにセッテさんをダンジョンに連れて行った時、順番の決まっているボタンを適当に押したせいで大爆発したことがあったなあ……。
「そういえば昨日も他のPTが狩ってる大型モンスターを勘違いで攻撃し続けて連携をぐちゃぐちゃにしてましたよね……」
「あ、あれは知らなかったからっ、おっきな敵をみんなで倒してるんだと思ってっ」
「知らないは許されないって言ってるでしょ! 知らないって自分でわかってるなら調べろっつうのよ!」
「ご、ごめんね、これから気をつけるから」
すげえ、なんか攻守が逆転してる。
あの秋山さんがこんなにしょんぼり謝ってる所なんて初めて見た。
「ほらアコ、リアル側で情弱だとこうなるのよ」
「わかりました。こうはならない為に頑張って読んでみます」
アコは力強く頷き、瀬川から雑誌を受け取った。ぺらぺらとページをめくると、攻略サイトを見るような情報しか探していない目で内容を追っていく。その読み方は本当に正しいのか。
めでたしめでたしと言えばめでたしめでたしなんだが。
「……なんだか納得いかない」
秋山さんだけは不満げなままだった。
「ええと、話まとまったんなら俺は帰っても良いか?」
「あれ、今日は部活ないんでしたっけ」
「今はどの部活も休みだろ」
「なら私はどうして学校に来たんですかっ!?」
「俺に怒られても」
というか、仮に部活がなくてもちゃんと学校へは来て欲しいんだけど。
そんな俺の思いに気づく様子もなく、アコは後悔一杯に肩を落とした。
「半端にクラスの人と絡みがあるせいで、今までよりもっと疲労が溜まるんですよう」
「わからんでもないけど……」
慣れない相手と会話するのは寝たふりしてるよりずっと疲れそうだ。
「そうね、あんた達は帰りなさい。あたしは奈々子とじっくり話があるから」
「え、ちょっと待って待って、一緒に帰ろうよ」
「いいから残りなさい」
「……んじゃ、お疲れー」
据わった目つきをした瀬川を背後にアコへ声をかける。
「ほら、ラスボスはシューに任せて帰るぞ」
「はあい」
名残惜しげに部室棟に目を向けるアコの背を押し、俺達は家路についた。



