一章 ラブソードウ ③

「部活はしばらくないんですね……」

「まだ言ってるのか」


 校門を出ても、アコはまだ残念そうだった。

 そんなに部活が楽しみだというのはちょっと嬉しかったりもするんだけど、だからといってそれだけが目的になっても困る。


「だって部活の為に学校に来てるのに、部活がなかったら意味ないじゃないですか!」


 だってこんなことを言い出すし。


「自分の人生の為に学校に来て欲しい」

「ルシアンとの将来の為ならなくはないです」

「将来のことは俺には責任もてません」


 将来のことは将来の俺に考えてもらおう。今の俺は今夜ログインしたら何を狩ろうかなって考えるだけで精一杯だよ。


「でも部活がないってわかると明日から学校なんて来なくていいやって気分になりますよね。特典アイテムが大したことないってわかった後の連続ログインイベントみたいな感じで」

「それでもなんだかんだでログインしてアイテムをもらうもんだろ。頑張れよ」

「知らぬ間に一日だけスルーしてて完全制覇特典がもらえなくて泣くんですよ」

「お前の場合最低ログインノルマが既に怪しいんだよ。頼むよ」


 出席日数的な意味で。

 とりあえず最低限のノルマをクリアしないと特典をもらうどころじゃない。


「そうだ! 鯖対抗イベントと同じようなシステムにしませんか? 私が頑張らなくてもクラスの他の人が登校してたら特典がもらえるようにするんです!」

「それ鯖別スレが超荒れるやつだから。お前が白い目で見られるだけだから」

「駄目ですかー」


 しょんぼりと肩を落とし、アコはのろのろと足を進める。

 小さな背中に手を当てて支えてやると、ちょっとびっくりするぐらいに軽い。


「ほら、押してやるから頑張れ頑張れ」

「歩くの辛いのでそのまま背中を押しててくださいー」

「体重かけるのやめろ」

「ひゃうっ」


 軽く背中を押すと、アコの軽い体がぽんと前に飛び出した。でもよく懐いた犬のように、アコはすぐに俺の所に戻ってくる。

 少し気を抜くと体が触れ合うぐらい、凄く凄く近い距離を歩く俺の嫁。

 揺れる黒髪は出会った頃よりも少しだけ長くなったように思う。

 もやもやする。なんか、すごく、もやもやする。

 今だってすぐそこに居るのに、もうちょっとだけアコに近づけるような、近づきたいような、そんな気がする。


「……? ルシアン」


 そうやって見つめる俺の視線にアコが笑顔で首を傾げた。

 やべ、よくわからないけど、滅茶苦茶恥ずかしいこと考えてた。

 見ていたことを誤魔化そうと、慌てて口を開く。


「あー、そういや、もうすぐ夏休みかー」

「そうですねー」


 アコは棒読みの俺を特に気にした風もなく言った。


「辛く苦しい学校も終わりの時が来るんですね。これからは夢の毎日が待ってます。昼からゆっくり起き出してネトゲをして、晩ご飯を食べてネトゲをして、夜中までネトゲをして、日が昇った頃に寝るんです」

「俺も似たような生活をすると思うけど、他人の口から聞くと完全無欠の駄目人間だな」

「LAの中も活気が出ますし、イベントも増えますし、やらざるを得ないじゃないですか」


 ネトゲ三昧の生活を想像しているのか、アコはよだれでも垂らしそうなぐらい蕩けた顔をしていた。

 確かに俺も夏休みは楽しみだ。

 ネトゲに始まってネトゲに終わる。そんな夏休みこそが理想であり、俺は全力で夏休みを満喫してみせると、神にだって誓える。

 そう、確かに楽しみだよ。楽しみなんだけど……ちょっと気がかりもあったりする。


「しかし学校がないってことはさ、しばらくアコとも会えないんだよな」

「え? LAでいつでも会えますよ?」

「LAでは会えるけど、生身じゃ会えないだろ」


 どれだけ矯正しても未だにゲームとリアルをあんまり区別してくれないアコ。こいつにとってはLAの中で会えればそれで構わないのかもしれない。

 でも極々普通な俺からすると、仲の良い女の子と一月以上会えないというのは色んな意味で残念なんだよ。


「夏休み中は部活もないんですか?」

「斉藤先生が会長にマジ勘弁してくれって頼み込んでた」


 部活やる場合顧問も来なきゃいけないもんなあ。


「そうですか……」

「そうなんだよ」

「……」

「…………」


 なんとなく会話が止まり、そのまま無言で歩く。

 しかし会えなくなって初めて気づく──なんてのはよくあるけど、しばらく会えないんだなって思うだけでこんなにテンションが下がるとは。


「……知らぬ間にアコに汚染されてたのかな、俺」

「や、やめてください、子供の頃に『玉置菌だー、略してタマキンだー』って虐められてた記憶が蘇るじゃないですか!」

「なんかほんとにごめん」


 トラウマを刺激するつもりはなかったんだ。いや本当に。


「高校でも言われたら今度こそ学校やめますよ」

「そんなガキみたいなことしないって。それにテストさえ終わればしばらくは夏休みだからさ。休みの間に色々落ち着いて、二学期には元の感じに戻ってるかもよ」

「っ!」


 ビクッとアコの体が震えた。あれ、今の何か反応する所だったか?

 ええと、言った言葉は、二学期、夏休み、それから──。


「──テスト」

「っ!!」


 ビクビクッとアコが強い反応を示す。

 ああ、なんとわかりやすい。

 しかしテストって単語にこんなに反応するということは。


「アコ、テスト勉強、ちゃんとしてるか?」

「………………私、将来の夢は主婦なんで」


 目を逸らして言うアコ。うわあ、これ駄目なやつだ。

 夏休み。一夏の思い出。一夏の経験。

 そんな未来を語る前に、俺の嫁には大きな壁が待ち構えているらしかった。


    †††   †††   †††


 ネットゲームにおいて、特にイベントがないのに勝手にログインプレイヤー数が上下する時期ってのがある。

 それは学校の定期テスト前と、定期テスト後だ。

 俺のように不真面目なネットゲーマーは試験期間中も平然とログインするんだけど、やっぱりテスト前は学生プレイヤーの数が減ってるように思う。

 ギルドアレイキャッツもテスト前はなかなか面子が揃わないのが普通だった。

 以前は気にしてなかったけど、よく考えればテスト前に居ないってだけで中身が学生なのはバレバレだよな。

 というわけで、絶賛期末テスト前である現在。

 オンラインゲーム『レジェンダリー・エイジ』内にある、俺達が溜まっている酒場には誰も居ない──はずなんだが。


◆ルシアン:じゃあ次の問題な。政府から農地を与えてその分の税を徴収する制度をなんと言う?

◆アコ:班田収授法……

◆ルシアン:正解。漢字で書けるようにしておけよ。言うまでもないけど、墾田永年私財法との区別は文章で説明しておけるようにな

◆アコ:あうう……日本史はもう嫌です……漢字が頭の中を踊るんですぅ……


 アコがじりじりと俺から離れていく。

 だがその背後には、既にもう一人の刺客が控えているのだ。


◆シュヴァイン:おう、なら数学だ。この俺様が直々に見てやろう。因数分解からやり直していくからノートを出せ

◆アコ:数学はもっといやああああああ


 アコが発狂して酒場から飛び出そうとする。その眼前、酒場から出るワープポイントの前に、なんの脈絡もなく氷の壁が突き立った。


◆アプリコット:私のアイシクルウォールから逃げられると思うな

◆アコ:ワープポイントの封鎖は利用規約違反ですよっ!

◆シュヴァイン:ぐだぐだ言わずにやるぞ。三十五ページの練習問題A

◆アコ:おかしいです! こんなの絶対おかしいです! ゲームをしてるはずなのに、どう見ても完全に勉強してますよ、私!


 アコの必死の訴えを、俺達は当たり前の様に受け流す。

刊行シリーズ

ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.24 DLC1の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.23の書影
ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.22の書影
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