一章 ラブソードウ ④
◆ルシアン:だから勉強してるんだよ
◆アコ:どうして勉強しなきゃいけないんですかあああああ
◆ルシアン:お前が中間テストでとんでもない点数取ってるからだろ!
そうなのだ。どうしても嫌な予感がした俺はアコの家まで行って中間テストの結果を見せてもらい、余りの点数にドン引きしたのだ。
成績悪いって聞いてはいたけど、ここまで凄いとは、もう本当に予想外だった。
このままではアコが一年生をループすることになりかねない。しかし放って置けば勉強するって奴でもない。
何せ俺の嫁だ。俺と同じで、面倒なこと、嫌なことからは可能な限り逃げていくのがアコなのだ。
そんなアコに無理にでも勉強させる作戦として、こうしてゲームの中で強制的に勉強を教え込んでるわけだ。
◆アコ:いいじゃないですか、一学期ぐらい。例え成績が悪くても夏休みにちょっと補習があるだけですよ
◆猫姫:先生も受験生だけで手が一杯なのにゃ。できれば一年生に補習はしたくにゃいから頑張って欲しいのにゃ
◆アコ:先生の都合なんて知りませんーっ! 数学は昨日嫌と言うほどやったじゃないですか、もう今日はやりませんっ!
◆猫姫:数学が嫌なら国語をするのにゃ。教科書の八十三ページを開くのにゃ
◆アコ:待って下さい、国語の先生に国語の授業をされてますよね!? もうこれ自体が補習ですよね!?
アコのある意味正当な反論に、猫姫さんはにっこりと笑顔で言う。
◆猫姫:猫姫さんは先生じゃないのにゃ。でも真面目にやらないと不思議な力でアコちゃんの平常点が減るのにゃ
◆アコ:理不尽ですうううっ!
あんだけ休み倒してちょっとでも平常点がもらえてる時点で感謝しとけ。
◆猫姫:黙ってやるのにゃ。ここはテストに出したから重要なのにゃ
猫姫先生の熱血補習inレジェンダリー・エイジがスタートした。試験直前に先生がおさらいをやってくれてるならちょっとお得感がある。俺も聞こうかな。
◆セッテ:ねーねー西村君
◆ルシアン:誰のことかなー
◆セッテ:ねーねールシアン君
◆ルシアン:おう。なんですかい
っていうか秋山さん勉強しなくていいの?
別に居ても良いんだけどね、アコがちょっと怯えるから勉強させやすいしさ。
秋山さん──セッテさんは最近覚えたばかりの疑問符をぴこんと浮かべるエモーションを行うと、
◆セッテ:猫姫って人、ここテストに『出した』って言ったよね?
◆ルシアン:何も言うな。メモっとこうぜ
◆セッテ:はぁい
◆アコ:難しい本は嫌いなんですぅぅぅ
◆猫姫:随筆は必須分野なのにゃ、逃がさないのにゃ
ゲームの中で勉強をさせられるという、やってる方もやられてる方も辛い地獄の時間は期末テストが終わるまで続いた。
逃げようとするアコに無理矢理問題を解かせ続けた甲斐があってか。
◆アコ:切り抜けました……私、やりましたよ……えへ、えへへへへ
チャットの文字にすら伝わってくるぐらい壊れかけになったアコ。
しかしその努力は報われ、彼女にもちゃんと夏休みがやってくることになった。
◆シュヴァイン:まさか追試も受ける必要がないとはな。これも俺様の力か
◆アプリコット:そもそも我が校で追試が実施されるのは非常に稀だぞ
◆ルシアン:稀な例になりそうだったんだな、アコ……
◆アコ:ならなかったんですから、大勝利です!
終わりよければ全てよし、と勝利を誇るアコに、猫姫さんが少し冷めた様子で言う。
◆猫姫:少なくとも国語はギリギリでアウトだったのにゃ。多分他の教科も若干アウトだったと思うのにゃ
◆シュヴァイン:おい、それはセーフにして良いのか?
シュヴァインが言うと、猫姫さんはがっと立ち上がり拳を握る。
◆猫姫:先生だからって夏休みが暇なわけじゃないのにゃ! 規定の日数、規定の時間は仕事をして、研修、会議、部活指導に補習授業にゃ! 周りの生徒が休みなだけに余計にストレスが溜まるのにゃよっ!
◆ルシアン:その上でアコ一人の為に補習なんてしてられないですか
その結果アコがテストをくぐり抜けたのは、果たして良いのか悪いのか。
◆猫姫:大丈夫にゃ。二学期は気をつけて指導をすると会議で決まったのにゃ
◆アコ:問題児ですね私
何を今更。
もう随分と前から札付きの問題児でしょうよ。
◆アコ:というわけで、さあ狩りに行きましょうー
そう言ってアコはよたよたと武器を構える。
◆ルシアン:ふらっふらじゃないか
◆アコ:やれます、私やれますから!
口ではやる気を見せるものの操作がおぼついてない。
こりゃ慣れない勉強で本当に疲れが溜まってるな。
◆ルシアン:試験頑張ったんだから今日は早めに寝ろよ
◆アコ:で、でも
◆アプリコット:明日は夏休み前最後の部活がある。学校を休むのは許さんぞ
マスターが言うと、アコはぴたりと動きを止めた。
◆アコ:……寝ます
お前明日休む気だっただろ、というツッコミを必死にこらえる。
授業が何もない、とりあえず学校行けばそれで良い日なんだから、そういう所で失った分の出席日数を稼げと言ってるのに。
それに、それにさ。
夏休みまでアコと会える機会、凄く少ないんだから。
ちゃんと来いよ、俺に会いに──とは、もちろん言えないけども。
◆ルシアン:アコ、おやすみ
◆猫姫:私も成績つけて寝るのにゃ
俺の成績もお目こぼしよろしくお願いしたいです。
アコと猫姫さんは、ぽわーんというSEと共にログアウトして消えていった。
◆シュヴァイン:ま、あいつのおかげで俺様の成績は伸びたし、良しとするか
◆ルシアン:え、お前、あんだけLAやってて点数上がったのか?
◆シュヴァイン:他人に教えると理解が進むと言うだろ
いくらなんでも相手がアコじゃちょっと。
教科書を読み聞かせてるのとそんなに大差ない感じだったぞ。
◆アプリコット:ルシアンは下がったのか
◆ルシアン:現状維持……かな
猫姫さんのお陰で国語の点数が上がったから、全部足して総合すると中間テストと一緒、というのを現状維持と言っていいなら、だけど。
◆アプリコット:ならば良しとしよう
うむ、と偉そうに言うマスターの点数がどのぐらいだったのか聞きたくもない。
そしてその点数を誰に自慢するでもなく一人で見つめたのかと思うと涙がこぼれる。
◆アプリコット:では私も落ちるとするか
◆シュヴァイン:じゃあ俺様も
何となく落ちる流れになったからか、二人も相次いでログアウトしようとする。
◆ルシアン:あ、二人はちょっと待ってくれ
そんなログアウトラッシュの流れを慌てて引き留めた。
◆シュヴァイン:ん?
◆ルシアン:相談があるんだよ
俺がそう言うと、二人は同時に !! と頭の上にエモーションを出した。
別にこっちはスネークじゃないぞ。
◆シュヴァイン:おい、なんだその真面目な雰囲気の漂う言い方は
◆ルシアン:割と真面目な話なんだよ
割と、どころか超真面目な話だったりする。
ちょっと緊張してる俺の空気を感じたか、マスターは再び椅子に腰を下ろした。
◆アプリコット:面白い、このギルマスに何でも相談するがいい!
なんで頼られたら嬉しそうにするんだろこのギルマス。可愛いけど。
◆ルシアン:じゃあちょっとチャットを切り替えて
ギルドメンバー専用のチャットにウインドウを切り替える。万が一にも、いきなり秋山さんが現れて聞かれるとか、そういうのは困る。
◆ルシアン:で、相談なんだけどな
◆シュヴァイン:おう
◆アプリコット:ああ
別にリアルで喋るわけでもないのに、ごくりと唾を飲み込む。



