一章 ラブソードウ ⑤
ほんのりと震える手で、二度ほど打ち直しながら、チャットを打ち込んだ。
◆ルシアン:アコに告白したいんだけど、どうすればいいと思う?
─────。
謎の間が開いた。誰も全く動かなくなった。
あれ? なんかラグい? チャット表示されなかったかな?
◆ルシアン:アコに告白したいんだけど、どうすればいいと思う?
◆シュヴァイン:聞いた! それはもう聞いたわよ!
シュヴァインが即座に言った。
おお、中の人になってる。こんばんは瀬川。
◆ルシアン:なんだ、返事がないから聞こえなかったのかと
◆シュヴァイン:聞こえてるわよ、わけわかんなくて考えてただけ!
そんなわけわかんない相談だったかな。
俺としてはもう二人に頼るしかない、ぐらいの意気込みだったんだけど。
◆シュヴァイン:って言っても……告白? アコに? なんで今更?
◆ルシアン:なんでって言われると難しいんだけど。リアルのアコとの付き合いもちょっと長くなってきたし、親と会う機会もあったし、他にも色々あってさ
主に肌色なものを目撃したりとか、もっとヤバいものを目撃したりとか。
流石に俺も腹を決めなきゃいけないかなと思ったわけだよ。
それに、最大の理由は。
◆ルシアン:もうすぐ夏休みになるだろ。そしたらゲームの外でしばらくアコに会えなくなる。それは……寂しいなあ、って
◆シュヴァイン:あーはいはいわかったわかった
シュヴァイン──瀬川は、酷く面倒臭そうに手を振った。
何だよ、そんなあしらうような言い方しなくても良いだろ。
普段はコイバナとか大好きなくせにさ。
◆シュヴァイン:したけりゃ勝手に告れば良いじゃないの。んで勝手に付き合えばいいじゃん、あたし達には関係ないし
◆アプリコット:他人事だとまで言うつもりはないが、やはりこれはアコとルシアンのことだ。二人が恋仲になろうと言うならこちらから何を止めることもない
いやいや違う違う、そんな話じゃない。
二人とも変な勘違いしてるな、ったく。
◆ルシアン:そういう話じゃないんだよ
◆シュヴァイン:……んじゃどういう話よ
◆シュヴァイン:話なんだぜ
瀬川、別に口調は戻さなくて良いから。
戻した後もまだ若干おかしくなってるから。
◆ルシアン:アコと付き合っても怒らないか、って話じゃないんだ。それはちゃんと告白が成功した後に相談する
現代通信電子遊戯部での部内恋愛については、後から部長であるマスターに許可をもらいたい。もちろん駄目って言われても引く気はないけど──それは、成功した後の話だ。
◆ルシアン:俺が聞きたいのは、アコにどうやって告白すれば良いかなってことだ
────。
また間があった。
なんか今日ラグいな、鯖大丈夫か。
最近始まった新しいMMOに鯖使うからって予算ケチってないか。
◆ルシアン:アコに告る場合、どういう風に言えば成功率高いかな
◆アプリコット:言い直さなくて良い、聞こえている
◆ルシアン:ああ、また返事がないからさ
チャットの不具合かと思ったよ。
◆ルシアン:で、どう思う? 自慢じゃないけど女心なんて全然わからないし、ぜひ相談に乗って欲しいと思って
◆シュヴァイン:どうって……
◆アプリコット:言われても、な
そろって疑問符を浮かべる二人。
◆アプリコット:例えどんな状況で思いを伝えても、特に結果は変わらないと思うのだが
◆シュヴァイン:もういっそ喧嘩売ってんのかって感じよ
言葉通り、シューの頭上に怒りマークがひゅんひゅんと飛んだ。
◆シュヴァイン:そんなのどうにでも言えばいいでしょ。何なら今から電話かけて適当に告ればいいじゃない。どうせあの子は断りゃしないわよ
鼻息も荒く言われた。
そう思うか、そう思うかシュヴァインよ。
◆シュヴァイン:ったく、真面目な相談とか言うから何かと思えば。言っとくけどのろけは聞く気ないからね
◆アプリコット:収まる所に収まったということだ。祝福してやろう
◆ルシアン:待てお前ら
勝手に話がまとまったみたいにしてんじゃねえ。
いつ告っても同じ? どうせ成功する?
簡単に言ってくれるじゃねえかこいつら。
◆ルシアン:絶対成功するだとか適当にやれだとか他人事だと思って気楽に言いやがって──あのな、そんな保証がどこにあるんだよ!
◆シュヴァイン:さっきアンタのこと愛してるって言ってたわよ
◆アプリコット:うむ
◆ルシアン:それは『ルシアン』にだろ! 俺にじゃない!
がっと立ち上がり、俺は心の底から溢れ出す不安を文字に変えて叩きつける。
◆ルシアン:確かに俺はゲームの中ではアコに好かれてる! 相思相愛だ! 間違いない! だが、ゲーム外の、リアルの俺がアコに好かれてる自信は欠片もないぞ!
◆シュヴァイン:…………なんでそんな情けないことを自信満々に
本心なんだから仕方ない!
『ルシアン』は好きだ愛してる結婚してくれと言われてるけど、リアルの俺を好きだと思ってるとは言い切れない。
『ルシアン』の部分を別にした俺をアコがどう思ってるのかは、初めて会った日からずっと不安なままだ。
◆ルシアン:だってアコ、可愛いし。俺と話してるときはノリが良いから、うちのクラスにもちょっと気になってるとか言う奴が居たし。俺じゃ高嶺の花っぽいし
◆シュヴァイン:仮に気になった所であんた以外は一刀両断でしょうが
やれやれと偉そうに肩をすくめるシュー。
◆シュヴァイン:確かにリアルのアコは、性格と髪型と服装だけちょっとなんとかすればモテそうだけどね
◆アプリコット:シュ、シュヴァイン? それは有り体に言って顔以外は全部駄目だと言っていないか?
微妙に引きつった様子で言うマスターがスルーされる。
◆シュヴァイン:でも実際にはコミュ障のぼっちで色々どうしようもないんだから、アンタでも釣り合い取れてるんじゃないの
◆ルシアン:かなあ
◆シュヴァイン:調べたら『同じくらいの強さだ』って出るわよ、多分
それ超幅があるんじゃね? 全く信用できなくね?
しかし俺でも釣り合うかなあ。だといいんだけど……やっぱ、自信はない。
◆アプリコット:そもそも、だ。私にはアコ君がルシアンを好いているのに、リアルもゲームも関係ないように見えるのだが
マスターが不思議そうに言う。
◆シュヴァイン:そうよねえ。元々ゲームとリアルを全然区別してなかった子だけど、最近は両親に顔合わせも済んで正式に婚約扱いだーみたいなことを凄く良い笑顔で言ってたし
あれでもマシになってるんじゃないの、と言う瀬川。
◆ルシアン:……俺も、そうだとは思う。正直な気持ちを言えば勝率は高いと思ってる
アコに振られる自分が想像できないってのもまた事実ではあるよ。
っていうかそうでもないと、告ろうとすら思わないよ、俺なんて。
◆シュヴァイン:じゃあ告ればいいじゃん
◆ルシアン:気軽に言うなっ!
軽く言うシューに、俺は吼えた。
◆ルシアン:多分成功すると思う、きっと上手くいくと思う、恐らく大丈夫だと思う
──結局はその程度の確率だぞ!? それで言ってみて駄目だったらどうなる!?
アコとの居心地の良い関係は完璧にぶち壊し。俺は再びギルドを出てソロの身になり、マスターやシューとリアルでも気まずくなる。さらに下手に学校で広まってる分、アコと距離ができると他のクラスメイトにもすぐバレて──。
◆ルシアン:ありとあらゆる意味で破滅だあああああああ!
◆アプリコット:勝率は高いものの、失敗した時のダメージが大きいのは否定できないか……



