一章 ラブソードウ ⑥
◆シュヴァイン:別に振られたぐらいでギルド抜けなくて良いわよ?
残る方がいっそ辛いって、そんなの。
ってかさ、相手がアコだって言っても、ネトゲしかやってないダメオタク系人間の俺に真剣な告白とか本当にきついんだって、怖いんだって。
何せ告白どころか、まともに恋らしい恋もしたことないんだぞ!
なんかあの子可愛いなーと思ってたけど話しかける勇気がないから一言も話したことないまま忘れた、みたいなのをのぞくと、アコが俺の初恋だぞ!
◆ルシアン:もう考えてるだけで心臓がヤバイぐらいに怖いんだぞ!
◆シュヴァイン:どんだけ不安なのよ
人生で最高に不安だよ!
でもさ、でもさ。
やっぱり彼女欲しいじゃん。アコ可愛いし。付き合えるもんなら付き合いたいじゃん。
ちょっとでいいから普通の恋人みたいにしてみたいじゃん。
◆シュヴァイン:……一応聞いとくけど
◆ルシアン:おう?
と、シュヴァインが俺の正面にまで移動して、睨みつけるようにして言った。
◆シュヴァイン:あんた、アコのこと好きなのよね?
…………ええと、ですね。
◆ルシアン:それ、言わなきゃ駄目か? どうしても? 考えるだけで顔から火が出そうなんだけど
◆シュヴァイン:……その反応がもう答えじゃないのよ
だって照れるじゃん。恥ずかしいじゃん。
アコ以外の奴に好きだって言ったこと、これまでの人生で一度もないぞ。
俺のリアクションに納得がいったのか、シュヴァインは俺から離れ、どっかりと椅子に座った。
◆シュヴァイン:あーも、面倒くさいわねー。そんなに好きなら偉そうに『ネットとゲームは別だー!』なんて言わなきゃよかったのに
◆ルシアン:それはそれで後悔してない。今だってゲームのことは抜きでリアルだけの話をしてるのであって……だからこそ自信がないのであって……
リアルだけの俺って……ダメ人間だよな……。
◆シュヴァイン:LAの中のあんたって、リアルの西村の十倍ぐらいは頼れるわよね
◆ルシアン:わかってるんだよおおお
くそう、だから相談してんじゃないかよう。
◆アプリコット:外側のルシアンも捨てたものではないと思うが……しかし、アコ相手に成功率の高い告白方法、か
◆シュヴァイン:告り方、ねえ……
────。
またしても長い間。
考えてくれてるの、かね。
◆ルシアン:……女子的な目線から、何かないか?
恐る恐る尋ねると、二人とも微妙に俺から距離を取った。
◆シュヴァイン:ええと……マスター、モテそうだし、そういう経験豊富じゃない?
◆アプリコット:馬鹿を言うな。私に恋人が居た時間など一フレームとして無い
一フレームもないのか、そりゃ間違いないな。
◆アプリコット:大体だな、こんなことはあまり言いたくないが
◆ルシアン:おう?
俺達を悲しげに見て、マスターは言う。
◆アプリコット:いくら課金をしても、恋人はできないのだ
課金の限界を語るマスターをはじめて見てしまった。
◆シュヴァイン:……できなくは、ないんじゃないの
◆ルシアン:それは多分恋人ではない何かなんじゃ
悲しい現実だった。
◆アプリコット:むしろシュヴァイン、お前こそ告白されたなどと吹聴していたではないか
◆シュヴァイン:あれは向こうから言われたわけだし……っていうか振ったし。それ参考にしたらルシアンが玉砕するじゃない
それ絶対に参考にしたくない。
余りにも縁起が悪い、悪すぎる。
瀬川みたいに「ネトゲをする時間が減るから」って理由で振られたら死ぬかもしれない。
◆ルシアン:じゃあさ、もし仮に告るとしたら、二人は何て言うんだ?
参考にならないかな、と聞いてみると、シュヴァインはちょっと間をおいて答えた。
◆シュヴァイン:ええと……俺様が貴様と付き合ってやる、喜べ!
◆ルシアン:シュヴァインの方じゃ無くて、普通に言ってくれ
そりゃシュヴァインのキャラならそう言うだろうけど。
しかしシューは少し考えると、
◆シュヴァイン:……あたしが付き合って上げるから、感謝しなさいよ
何も変わってない返答を出してきた!
◆ルシアン:駄目だこいつ……はやくなんとかしないと……
◆シュヴァイン:だ、だめ?
◆ルシアン:……え?
◆シュヴァイン:こういう告白って、そっちから見ると、駄目……なの?
らしくもない、不安げな文字が浮かぶ。
それこそまるで本当に断られたみたいなリアクション。
◆ルシアン:いや、あの……
まさかの反応に言葉に詰まる。こ、これ瀬川の素なんだ。冗談で言ったのかと思った。
そうなるとちょっと突っ込みにくいよなあ。
瀬川のキャラ的にこれが悪いとも言いきれないし。
◆ルシアン:ええと、お前みたいに大抵の相手よりスペック高いならそういうのもありかもしれないけど、俺じゃちょっとなあ
◆シュヴァイン:……それ褒めてんの?
◆ルシアン:かなり褒めたつもりなんだけど
俺が「アコ、俺がお前と付き合ってやる!」なんて言っても、絶対に成功は──ああ、なんかあいつに限っては凄く喜びそう。
◆アプリコット:私ならば、共に世界を支配しないか、と
◆ルシアン:マスター、変なことを聞いて悪かった。本当に悪かった。俺が全部悪い
◆アプリコット:いいか、私もたまには傷つくことがあるのだぞ
それも含めて、聞いてごめん。
しかし結局何の参考にもならん。どうしたもんかな。
◆アプリコット:そもそも恋人居ない歴=年齢の三人で相談しても無益なのではないか
◆ルシアン:根本的なことを言い出したな
◆シュヴァイン:そーねー。ま、明日が夏休み前で最後の部活だから、そのタイミングで告るのは確定として
◆ルシアン:えっ、明日言うの!? 心の準備をする時間とかは!?
俺の高校生活全部がかかってるんだぞ!?
◆シュヴァイン:別に後でも良いけど、アコだけ呼び出して告るわけ?
◆ルシアン:もっと無理だ、それ
そんなのプレッシャーが強すぎる。
むしろ今の俺の心理状態では、アコと二人で出かけるだけでガチガチに固まりそうだ。
◆アプリコット:ならば予定日は明日として、それまでに策を練っておくとしよう
◆シュヴァイン:あたしも一応作戦は考えておくわね
◆ルシアン:ありがとう、頼むよ
何だかんだで頼れるギルドメンバーだ。
でも……明日? 明日言うの?
「……もう緊張してきた」
そして運命の朝。
普段より三十分以上早く学校についてしまった俺は、教室で目を閉じたまま固まっていた。
「おはよ。何よ、意外と落ち着いてるじゃない」
教室で俺を見た瀬川が言う。
落ち着いてる? 落ち着いてるだって? 瀬川の顔を見上げるのにも苦労するぐらいにガチガチに固まってる俺が落ち着いてると言ったのかこいつは?
「お、おち、落ち着いてるように見えるなら、おおおお前の目は節穴だなあ?」
ま、まだ、まだだまだ慌てるじかじか時間じゃないんだけどどど。
「……その声の震え方に免じて暴言は見逃してあげる。そんなに緊張してんの?」
呆れたというよりはいっそ同情するように言われた。
緊張も緊張だよ、当たり前でしょうよ。今日告るんだぞ俺。
「ほら、触ってみろよこれ」
ひょいっと両手を瀬川の方に伸ばす。小さな指先を俺の手で包み込んだ。
びっくりするぐらい滑らかな手に触れると同時、ヌチャッという粘着質な音が。
「ちょっ、何これべっちゃべちゃじゃないっ! うわ、キモッ」
「もう手汗だけで喉が渇くレベル」
「どんな状態異常よ……。どんだけ緊張してんのあんた」



