プロローグ ルシアンズプロフェット
ネットゲームを長くやってると、やっぱり後悔することとか、思い出しては反省することとか、そういうのが沢山ある。
いやいや猫姫さんのことじゃなくて、他にも色々な。
例えば──そうだな、これは結構前。
俺達がアレイキャッツを作ったちょっと後ぐらいかな。
その時の俺はたまたま狩りに行く相手が居なくて、その辺で募集してたPTに参加したんだ。
十二人ぐらいの大人数なPTで、かなり難しいダンジョンに行く予定だった。
でもそのPTにはヒーラーが一人しか居なかったんだよ。
そのヒーラーさんはイサナさんて人だったんだけど、PTリーダーが『人数多いけどヒーラー一人でいける?』って聞いた時に、こう答えたんだ。
◆イサナ:大丈夫です
って、あっさりとさ。
大丈夫じゃないだろ、って思ったよ。
だって十二人を一人で回復するなんて相当大変なのに、その上行くダンジョンも難関だぜ。
そうそう、アコなら三人居ても辛いぐらいだよ。
そりゃまあ案の定だ。
一時間と持たずにPTは壊滅。
こりゃヒーラーが悪いって空気になって、すぐに解散した。
◆イサナ:ごめんなさい、本当に
イサナさんはぺこぺこ謝ってたけどあの人は悪くないよ。
だって元々が無理なPTなんだからさ。
それに俺だって言うべきだったんだ。ヒーラー一人じゃきついよって。
わかってたんならフォローすれば良かった。
イサナさんにはあなたは悪くないって伝えたけどさ、やっぱり気にしてたみたいで。
あの人が引退とかしないようにって祈ったよ。
うん、凄く後悔した。
その後もずっと気にしてた。
でさ、その数ヶ月。
また同じように野良PTに入った時、居たんだよ。
そう、イサナさん。ちゃんと引退しないで続けてたんだ。
んでそれがまた同じようなPTでさ、十二人PTなのにヒーラーがイサナさん一人。
しかも前回より難しいダンジョンに行く予定なのな。
それでまたリーダーが聞いたんだよ、一人で大丈夫ですかって。
そしたらまた、
◆イサナ:大丈夫です
って平然と言うんだよ。
うん、今度は言った。俺もちゃんと言ったよ。
◆ルシアン:ヒーラー一人じゃきついんで、負担かけないように気をつけましょう
イサナさんは平気だって言ってるんだから余計なお世話だったかもしれないけど、きっと俺のことなんて覚えてないだろうと思ったけど、それでも言っておきたかったんだよ。
そしたらさ、イサナさんが俺への個人チャットで一言だけ送ってきたんだ。
◆イサナ:ありがとう
って。
あれから心のどこかでずっと気になってたからさ。
それがすーっと楽になって、凄くほっとしたよ。
言って良かった、これからもちゃんと無理してる誰かに一言助けになることが言えるようにしようって、そう思ったんだよ。
え? ああ、いや……狩りは上手くいったよ。
うん、何の問題もなく終わった。
イサナさん超上手くなってたからヒーラー一人で余裕だったんだ。
だからまあ、本当に余計なお世話だったんだけどさ。
……ああ、そうだよ、恥ずかしかったよ!
偉そうなこと言った俺が迷惑かけてたぐらいだったからな!
◆ルシアン:そ、それはともかくアコ、言いたいことはわかるだろ?
◆アコ:要するに元カノ自慢ですよね?
◆ルシアン:なんでそうなったああああああ!
違うんですか? と不思議そうにされた。
しかもその目が全然笑ってない。
画面越しに伝わってくる空気が超怖い。
◆ルシアン:一応言うとイサナさんは中身男だったから
◆アコ:ルシアンには中身が男の人でも好きになる前科がっ
◆ルシアン:猫姫さんは結果女だったろ!
あれはいいだろ、もう!
◆ルシアン:だから俺が言いたいのはな、助け合いとか思いやりっていうのは、やろうと決めたその瞬間から始めるべきだってことなんだよ
◆アコ:はあ
リアクションにもうちょっと気合入れてくれよ。
これでも大事なこと話してるつもりなんだから。
◆ルシアン:困ってるってアピールしてる人だけが困ってるわけじゃない。それはアコならよくわかるだろ? 楽しそうに見える裏で負担を感じてたりするわけだよ
◆アコ:はい、それはわかります
よろしい。
それがわかるなら俺の気持ちもわかってくれるはず。
◆ルシアン:なのでだな。楽しく学校生活を過ごしているように見える俺だけども、いい加減アコのことでからかわれるのが限界なんだよ
つまり俺が言いたいのは。
◆ルシアン:もうすぐ夏休みが終わって学校が始まるわけだけど──学校での俺達は夫婦じゃなくて普通の関係だと言ってもらうことはできないでしょうか
◆アコ:またまたー、ルシアンはそんなことを言ってー
何その、またこいつ変なコト言い出したわー、みたいな反応!?
俺の意見の方が正当だって!
◆ルシアン:夏休み明けだぞ! 一夏の経験がどうとかくだらないこと言われてる中で、夫婦だとかそういうネタはきついって!
◆アコ:そうですね! 一夏の経験をしちゃった大人の空気を出していかないと
◆ルシアン:何も経験してない! 俺は何も経験してないから!
◆アコ:じゃあ今からでも
◆ルシアン:しーなーいー! くそ、ちょっとぐらい俺を助けてくれてもいいじゃないかよ!
困ったことに、うちの嫁は何も変わっておりません。



