一章 ウィザードキツィオンライン ①
ゲームの中ではありがちでも、リアルだとありえねーよってことは沢山あるよな。
例えば砂漠や火山ではただ歩いているだけでもダメージを受けるとか、そういうの。いくらなんでも理不尽だろって思ってた。
今まではそう思ってたんだ。
でも気づいた。俺は間違ってた。
ゲームの中のあいつらは精一杯頑張っていたに違いない。
「あっちぃ……」
何せ夏休み明け一日目の朝日がこんなにも痛いんだ。
ただの太陽が確実に俺のHPを削っていってる。
砂漠とか火山とか、絶対に人間が入れる環境じゃないって。
「耐熱ポーションを作ってくれよ、買うから……」
ファンタジーの世界にあるものがどうして現実にないのか、現代科学の敗北を感じる。
そんな九月一日の朝、俺はげんなりと通学路を歩いていた。
夏休みが終わったからか、太陽も全く休んでくれてない。もう暑いったら暑い。
今すぐクーラーの効いた自分の部屋に帰って、寝心地の良い布団に潜り込んで目を閉じてしまいたい気持ちで一杯だよ。
「俺とオフトゥンは永遠の愛で結ばれているのに、どうして引き裂かれてしまうのか」
リアルの世界はままならないもんだな、と乾いた息を吐く。
永遠の愛とか言うとすぐに突っ込んでくるアコが居ないのでちょっと物足りない。
きっとアコは多分俺以上に苦しみながら登校してるんだろうけど。
上履きを履き替え、のろのろと教室に。外は暑かったけど廊下も教室も暑い。
前ヶ崎高校では一定温度を超えない限りエアコンが動かないっていう謎の仕様になっているので、学校としてはこのぐらいの温度は耐えてみせろと言いたいんだろう。
「職員室はいつも空調全開のくせに……」
「本当にあっちーよな」
俺の独り言に、後ろの席の男子が答えた。
「おはよう────た、高崎」
「なんでちょっと間があったんよ」
「夏休みで雰囲気変わったなと思って?」
そか? と首を傾げる高崎には悪いけど、別にあんま変わってないと思う。
ただちょっと困ったことに──高崎のことをいまいち覚えてないってだけで。
いやいや忘れてるわけじゃないんだよ? 覚えてるよ?
こいつは高崎。俺のクラスメイトで、アコに声かけてぶった切られた奴だ。
その後はなんだか女子に優しくなって、ちょっと株が上がったらしい。
うん、ちゃんと記憶にある。あるんだ。
たださ、俺と高崎ってこれくらいの距離感で良かったんだっけ?
このぐらいに気安く話してたっけ?
そもそも普段はどんな会話してたんだっけ?
──っていう、人間関係みたいなのがわかんないんだよ。
夏休みの間にネトゲ以外のことをほとんどしてなかったせいで、人間らしい思考をすっかり忘れてるような気が。
「……夏休み明けってやべえ」
どうしよう、どんな風に接していいのかわからない。
ブランクって怖い。凄く怖い。
「うわー、西村の肌、真っ白なままだな。マジで焼けてないじゃん。夏休み何してたん?」
「パソコンとネトゲとネットサーフィン?」
「全部一緒だろそれ。俺なんて毎日陸上部の練習でさあ、見ろよこれ真っ黒だろ」
「あー、ね」
わかったようなこと言ってるけど、俺は高崎が陸上部だってことも知らなかったし。
いいの? この調子で会話続けてて大丈夫なの? 致命的なヘマとかやらかさない?
せめてもう少し親しい相手となら──と考えて、このクラスで一番親しい相手を思い出した。
そうだ、シュヴァインだ。あいつとなら問題ない。
夏休み中も散々遊んだし、いける、話せる。
あいつに聞いてみよう、俺ってどうやって男子高校生やってたっけ? ってことを!
いそいそと、ゲームの中で長いこと相棒をやってる相手、シュヴァインこと瀬川の姿を探してみる。
「でさー、その後もバイトバイトってずっと言ってさあ。夏休みだよ? 普通に考えて、まずはあたしじゃん? あんたそれでも彼氏? ってなるでしょ?」
「ほんとそれねー」
お、居た。
なんだかやたらと苛立った感じで、机をコンコン叩きながら女子と話してる。
「…………」
俺の視線に気づいたのか、瀬川はちらりとこちらに目を向けた。
『……おはよ』
『うっす』
目線でほんのりと挨拶を交わす。
瀬川は俺以上に死んだ目でだるそうに眉をひそめた。
その余りに面倒臭そうな顔が、内心をやたらと雄弁に語ってるような。
『ねえ西村、この会話イベントウザいんだけど、なんで飛ばせないの?』
なんかそんなことを言ってる気がする!
『お前は何を言っちゃってんの!?』
いやいや駄目ですよ! ちゃんとクラスメイトと会話を楽しもう! と首を振る俺に何を思ったか。
瀬川はのっそりと席を立って、こちらへと歩いてきた。
「あ、あの、瀬川さん?」
「ちょっと来なさい」
「いきなり!? せめて理由を、ちょ、待って、首っ、首っ!」
「あー、西村が瀬川に罵られてるのを見ると、学校が始まったなーって気がする」
「お前なあああああ」
他人事だと思って生温かく見守りやがって!
こいつとの接し方とか真面目に考えるんじゃなかった!
廊下の隅で向かい合った瀬川はよくわからない何かへの怒りが全身からほとばしっていた。そこそこ親しいはずの俺ですら何を言っていいか悩むぐらいです。
「ええと、久しぶりだな?」
「昨日も会ったでしょうが」
会ったけど、ゲームの中だろそれ。
夏休みの最初は『週五で部活をやるぞ!』とか言ってたものの、数日で『学校行くの疲れるし暑いし、LAの中で集まれば良くない?』になって登校しなくなった現代通信電子遊戯部だ。実際には一月ぐらい顔を合わせてない。
ゲームで頻繁に会話してるから久しぶりって気は全然しないけども。
「それよりちょっと聞いてよ。ほら聞きなさい、いいから黙ってあたしの話を聞け」
「お、おう。どうしたんだよ」
瀬川はどうしてこんなに怒ってるのかと思ったら。
「夏休み明けにある、クラスメイトとの強制会話イベントって、なんで飛ばせないわけ?」
「やっぱそんなこと考えてたのかお前!」
無駄な所で以心伝心だな本当に!
「だってイベントスキップのないゲームとか普通に考えてクソゲーでしょ。ESC押したら飛ばせるようにしといてよ」
「リアルにスキップ機能はついてねえから!」
コンコン机を叩いてると思ったら、あれってキーボードでいうESCキーの所か!
クラスメイトとの会話イベントを飛ばそうとしてたのかお前!
「っていうかあたしどうやって普通のJKやってたの? 正直よく覚えてないんだけど、とりあえず攻略見て最初からやり直していい?」
「そんな『しばらく回復職やってなかったから最初ちょっとミスるかも』みたいな雰囲気で言われても困るって」
そもそもお前は女子高生が本職だろ!
サブやりすぎてメインの操作忘れんなよ!
「あ、茜。おはよう」
丁度横を通り過ぎた秋山さんが瀬川に手を振った。
「はよ」
やる気のなさ全開の瀬川に、秋山さんはきょとんと首を傾げる。
「どうしたの? 教室入らないの? 浮気? 久しぶり?」
「なんで最後の方は俺に向けて言ったんですか。久しぶり」
アコが聞いたらまた引きこもるんでやめてください。
「別に奈々子には関係ないでしょ、ちょっと用事よ」
「久しぶりに会うんだから、一緒に行こうよ。ね?」
「うるさいわね地雷サモナー。あんたのむーたん山に捨ててから来なさい」
「ゲームの話っ!?」
何の脈絡もない暴言が出たっ!?
「それに私のむーたんはあんなにいい子なのに! なんで駄目なの!?」
「暴走しすぎだろあれは」
「西村君まで、酷いー!」



