一章 ウィザードキツィオンライン ②
LAの中では新米サモナーの秋山さんは、逃げるように教室に駆け込んで行った。
いやこれは俺達悪くないぞ。
暴走しまくって敵をリンクさせまくるペットとかマジ連れてくんな。
むーたんだめ~>< じゃないから。
決して八つ当たりではありません。
「しかし秋山さんじゃないけど、お前は俺と違って友達多いんだから楽しく会話してこいよ」
「そりゃあたしだって普段なら楽しく話すわよ」
瀬川はイライラと首を振る。
「でも夏休み明け初日ってね、みんな同じことしか言わないのよ。要するに『自分の夏休みはこんなに充実してました』って自慢話。最後がわかってる話なんてもういいから」
「それは面倒臭いかもしれないけども」
「なんていうかね、『行方不明のセリーヌを探して!』っていうクエストを受けたら、クエスト目標が『セリーヌの遺品の入手』だった時ぐらい内容に興味を持てないわ」
「クエスト受けた時点でもうネタバレしてる!」
「あーはいはいセリーヌ死んでるセリーヌ死んでる」
「やめてあげて! NPCはまだ希望を捨ててないから!」
よくあること過ぎて胸が痛い!
「もーエンター連打で飛ばしたい。CTRL押しっぱなしで会話スキップしたい」
「未読会話はスキップできないんだよ、諦めよう」
瀬川が長い廃人生活で完璧に駄目な子になってた。
こいつはもう使いものにならない。
「アコは来てないの? せめてアコを弄って癒やされたいんだけど」
「俺の嫁に酷いことするのやめてくれるか」
ただでさえメンタル弱いんだから。
「そういえばさ、色々あったんだし、西村とアコは夏休み中にそこそこ会ってたんでしょ?」
「まあ、会ってないとは言わないけど」
ちょこちょこと会ってたりはする。
頻繁じゃないけど、たまにな、たまに。
「ウザいわね、二人で何やってたのよ」
なんでそんな嫌そうに聞くのお前。
ウザいなら聞かなければよかろうに。
大体聞かれても面白いことなんて何も出てこないぞ。
「いや……会っても二人でずっとネトゲしてたけど」
一度だけちゃんとデートしたぞ。
なお行き先はネカフェだった模様。
「あんたマジで振られなさいよ」
「やめろよ怖いこと言うの!」
その一言はまだトラウマなんだよ!
違うんだよ、俺だってアコと何かしようと思ったよ、この夏に。
でもさ、考えてもみて欲しい。
垢ハックされて装備取られた俺にはその立て直しが急務なんだよ。一番大事なことはゲームなんだよ。その状態でさ。
「出かけるのとか面倒臭いし家でネトゲしません? って言われたら、そだなー、外は暑いし別にいっかー、ってなるじゃん!」
「やっぱ付き合ってないでしょ、あんた達。熟年夫婦じゃないんだから」
「やめろって!」
それもトラウマだから! 現在進行形で困ってるから!
だってしょうがないじゃん。クラスで遊びに行こうって誘われても、ネトゲやる時間が減るから嫌だなって断ってるぐらいの俺なんだよ。
そんな俺とアコが二人揃ってても、やっぱ出かけるよりゲームしようぜってなるんだよ。
いいんだよ、一緒に家でネトゲしてるだけだったけど、夏休み中もアコとは時々会ってたから。リアルでも会いたいって気持ちにさせた時点で俺としては相当頑張ったんだ。
実際結構な進歩だと思うよ、うん。
「……しかしそう言われると、確かにアコが来ないな。来なくていいんだけど」
自分のクラスが居づらいからって毎朝毎朝俺の所まで来なくていいんだよ、でも本当に来ないとなんだか不安になる。
もうすぐ予鈴が鳴るんだけど大丈夫かな、と携帯を見てみると、折よく着信があった。
「噂をすればアコから電話が」
「あの子、初日から休みとかじゃないでしょうね」
それは後々の為にやめて欲しい。ただ本当に体調不良で欠席なら心配だ。
もしも風邪とかなら早めに帰って見舞いぐらいは──なんて考えながら通話を繫ぐ。
「もしもし、アコ?」
『ルシアン? おはようございます』
あれ、声は元気そうだ。体調が悪いって感じじゃない。
「別に元気そうじゃない?」
こら瀬川、盗み聞きとか良くないぞ。
しかしそれならどうしたんだろう、学校には来てるのか?
「えっとアコ、学校には来てるのか?」
『それでルシアン、なんでみんなログインしないんですか?』
────。
「は?」
「へ?」
『はい?』
俺と瀬川とアコの声が重なった。
え、ええ?
ログインって、だって今日は学校だし、ログインしたくてもできるはずないし。
『あの、ログインしても誰も居なかったので、今日は部活がないのかなって思って聞いてみたんですけど』
「…………本気か」
俺の嫁がそろそろ本当に手遅れかもしれない。
「ど、どうしよう瀬川」
「あんたの嫁でしょ、あんたがなんとかしなさいよ」
だよなあ、俺が何とかするしかないんだよなあ。
零れそうになる涙をぐっとこらえて、ゆっくりと言う。
「ログインも何もアコ……今日が何日かわかるか?」
『うう、嫌なこと聞かないでください。もうすぐ学校が始まるのはわかってますって』
もうすぐ、とかじゃなくて。
「今日が九月一日だぞ」
『……え?』
電波の向こう側でごそごそと何かを探る音が聞こえた。
待つことしばし。
『……う、うそだどんどこどーん!』
「とりあえず落ち着こう、冷静になろう」
『なんで、なんで昨日の内に言ってくれなかったんですか!』
「もう学校だってさんざん言ったって」
もう学校だわー、だるいわーってかなり盛り上がったじゃん。
『もうすぐ学校だ、って意味だと思うじゃないですか!』
思わないよ、もう明日からは学校だって意味でしか言ってなかったよ。
「そもそも何をどうすれば新学期初日を忘れられるんだよ」
『カレンダーなんて見てなかったので、日にちの感覚も曜日の感覚もなくなっちゃって』
どうしてそうなってしまったのか。
『はあ……もうどうしようもないので諦めて二度寝に入ります』
「その結論になるのはおかしい」
気持ちは痛いほどわかるけど、こういう短い日を逃すと出席日数が痛いんだから。
「遅刻してもいいからとりあえず来てみたらどうだろう」
『遅刻するぐらいならもう休めばいいじゃないですか』
「個人的には初日に休んだら明日から来るのが余計に辛くなるんじゃないかな」
新学期初日を休んで二日目から合流ってなると、一人だけアウェーな気分で俺でも怖い。
そうするとアコにはもっと怖いんじゃないかと思う。
「待ってるから、来いよ。俺もアコに会いたい」
『ううう……わかりました、頑張って行きます』
「気を付けてなー」
やれやれ、と通話を切ると、瀬川が暗い瞳で言った。
「……あたしも帰ろうかしら」
「やめろと言うに」
死んだ目をした瀬川に首を振った所で、始業のチャイムが鳴り始めた。
いつも通りに体育館で始まった始業式はやっぱり面倒臭いもんで、どうしても眠くなってくる。
校長先生、生徒指導、各学年主任と長々話が続いて、時計を見るともう相当に長い時間ここに居るよな、俺達。
いい加減に寝てやろうかと思った所で聞き覚えのある名前が呼ばれた。
『次に生徒会長の挨拶、会長の御聖院さん』
マスターだ。そういや生徒会長だったな、あの人。
堂々と壇上に立ったマスターは、だらけた表情で見守る生徒をざっと見回すと、とても真面目な表情で口を開いた。
『おはよう、みんな。会長の御聖院だ』
前にも似たようなこと言うのを聞いたな。
あの時は気が付かなかったけど、隣のクラスのアコが横に並んでたんだっけ。



