一章 ウィザードキツィオンライン ③
ちょっと見てみるけど、遅刻してるアコはもちろん居ない。
『長い夏休みをみんなはどのように過ごしただろうか。恐らく有意義な、思い出に残る時間を過ごしてくれたものと思う』
その間にもマスターの話は続いてる。
流石に全校集会で悪ふざけをする気はないらしい。しっかり普通の挨拶をしてるっぽい。
『もちろん私も同じだ。この夏休みは、みんなと同様に大変有意義な──』
と、そこで言葉を止めるマスター。
どうしたのかと様子を窺うと、なんかひくひくと頰をひきつらせてる。
あー、あの顔は、冷静になって考えるとこの夏休みは一般的に見て有意義な時間を過ごしていたのだろうか? って疑問がわいてきた顔だ。
『ゆ、有意義で、充実した……』
マスターはとても複雑な表情で言葉に詰まってる。
うん、気持ちはわかる。
そうだよなあ。現代通信電子遊戯部の活動だ! って言って、毎日毎日LAの中で集まってゲームばっかりやってたもんなあ。
『充実した、価値のある、時間を……』
辛そうなマスターを見てると、同じ夏休みを過ごした俺も辛い気持ちになってくる。
もっとこう、海だ川だ山だ、プールだ祭りだ花火大会だ、って感じでリア充な夏を過ごすべきだったんじゃないだろうかって気が──。
「ち、遅刻しましたー!」
そんな声がかすかに聞こえた。
ちょっと怒ってる先生の声と誰かがぺこぺこと頭を下げる気配。
そして隣の列が少し割れて、その間を縫って前に進んでくる女子が一人。
迎えるクラスメイトの顔が好意的だったことに少しほっとした。
「ううう、ルシアン」
よたよたとやって来たアコが俺を見上げて言う。
「おはよ、頑張って来たな」
半泣きでぼさぼさの髪を抑えるアコの頭をぽんぽんと撫でる。
偉いぞ。どうせなら休んじゃえって欲求によくぞ打ち勝った。
壇上に視線を戻すと、少し面白そうな顔でこちらを見るマスターと目が合った。
『……そう、我々はとても良い夏休みを過ごした』
ふっと笑い、マスターはそう続けた。
『である以上は、今日から始まる二学期において、我々はさらなる飛躍を遂げることだろう。私はそのことに確信を持っていると同時に、その成果に大いに期待もしている。長い二学期の始まりだ。共に励み、楽しみ、良い時を過ごそう。以上だ』
長い夏休みが終わって、長い始業式が終わって、さらに長い二学期が始まった。
††† ††† †††
初日から授業があるはずもなく、斉藤先生のありがたいお話──みんな久しぶりー、の一言──以外は、適当にホームルームが終わった。
その後は今学期最初の部活の時間だ。
いつもの面子が揃うけれども、毎日会ってるのでこれはこれで日常の延長って感じだ。
「ああ、会いたかったわ私のうぉーましーん!」
「しゅーちゃん、なんでパソコンに抱きついてるんですか?」
「自宅のパソコンがロースペなんだよ、察してやりなさい」
高難度ダンジョンに行く前、一人で部室に行こうかってちょっと悩んでたからな、あいつ。
「あー、この子持って帰りたい。お持ち帰りしたいわ」
「お前のパソコンじゃねーからー」
「この子はあたしの娘よっ!」
娘にうぉーましーんとか名づけてんじゃねえよ。
「娘……」
「その単語に反応すんのかアコ!?」
しかもなんで俺の顔色窺うの!?
「んで、夏の間は結構資金効率重視でお金の貯まる狩場を回ってたけどさ」
瀬川がつんつんとモニターをつつく。
「なくなったあんたの装備ってどれぐらい揃ったの?」
「んーっとなあ」
必要装備一覧とWikiを見ると……んーと。
「前の二割、ぐらい?」
「先が長すぎでしょ……」
んなこと言われてもさあ。全部ではないけど、三年分ぐらいの装備だぞ。
俺の『ルシアン』は復旧されたけれど、奪い取られたアイテムは返ってこなかったし、倉庫から盗まれた山ほどのアイテムもそのままなんだよ。
あの詐欺師が俺に売ろうとしたゲーム内マネーも、受け取る前に強制転送されたし──持ってても使わないけどさ、そんな金。
「あの、あの」
はいはい、とアコが手を上げた。
「アコの発言を認めます」
何故か瀬川の許可を受け、立ち上がったアコが言う。
「実はですね、こう見えて私、ルシアンのことだけは結構見てるんです」
「わかってるわよ。ってかあんたが西村以外の何を見てるっていうのよ」
はっきり言うな恥ずかしいから。
「それで気づいたんですけど、ルシアン」
「なんじゃな」
「どうせ装備を揃え直すんだからって、前に持ってたのよりちょっと良いのにしようとしてません?」
────。
ビシっと、俺の表情が固まった、と、思う。
「は? そんなことしてんの、あんた?」
「お前みたいな勘の良い嫁は嫌いだよ?」
まさかアコに気づかれるとは想像してなかった。
やるじゃないかアコ、お前を甘く見ていたぜ。
「あのねえ西村……」
で、瀬川がとんでもない目つきでこっちを睨んでるっ!
「待て待て違う、違うんだよ! 装備を作った後に後悔することってあるだろ!? このエンチャントこうしておけば良かったとか、こっちのデザインにしておけば良かった、とか。そういうマイナーチェンジ程度の話で、別に高いやつを買ってるとかでは」
「いいから、さっさと買い直して、役に立ちなさい」
「はい……」
どうせこの装備買うならもうちょっと金貯めてこっち買った方が長く使えるなとか、そういうのってあるじゃん。
それだけのことなんだよ、本当に。
そりゃ下位互換の装備でいいからとにかく揃えればもうちょっと早かったかもしれないけど、それも悔しいだろ。
最終装備が使えるのに、買い替え前提で装備買うとかさあ。
「おかしいとは思ってたのよ、あたしはバトルマスターエンチャが二つ買えるぐらいお金貯まってるのに、あんたの装備がまだ揃わないって」
「お、揃ったのか?」
「ついにね! あたしのシュヴァインは神の域にまで達するわ!」
火力が上がるだけだろ、そのエンチャント。
「私もお金が貯まってきたので、可愛い装備を買おうかなってお店をまわってて」
「お前は頼むから回復力だけでも上げて。ほら、ロザリオリングとか売ってるぞ」
見た目だけ可愛くてもしょうがないから。
「遅くなった。みんな揃っているか?」
「おまたせー」
マスターと斉藤先生が遅れて部室にやって来た。
ようやく部活開始だ。
「じゃあ今日は初日ということでミーティングね」
ホワイトボードの前に立つと、先生はにこにこと言った。
先生の笑顔とは裏腹に俺達の表情はちょっと曇る。
「ミーティングはいいんだけど……猫姫せんせーが前に立ってる時ってなんか嫌な予感しかしないのよね」
「失礼ね? 顧問としての仕事よ」
「先生が顧問として何かするってことは、やっぱり良くないことのような……」
「玉置さんまでそんなこと言う?」
ちょっとしょんぼりとする先生。
ごめんなさい、俺も同意見です。
「むしろいい話なのよ? みんな、二学期と言えば最初に何を想像する?」
二学期のイベントっつうと。
「夏休みイベントの報酬配布が楽しみだよな、頑張ったからさ」
俺がそう言うと、
「ハロウィーンイベントでパンプキンパイ集めないと」
瀬川が言い、
「秋の大規模アップデートに備えて市場調査をします」
マスターも続き、
「ルシアンとクリスマスイベントをやります!」
アコがまとめて、
「違うのにゃああああ!」
猫姫さんが泣いた!



