一章 ウィザードキツィオンライン ④
「二学期! 二学期よ! 年末までのゲームの予定を聞いてるんじゃないの! 学校の話!」
ばんばんとホワイトボードを叩き、キュルキュルと書き込む先生。
そこには『体育祭』『文化祭』の大文字が。
あ、ああ、イベントってそっちね。
イベントって言われたら自動的にネトゲの方に変換されるからさ、リアルのことだとは思わないんですよ、うん。
「二学期の二大イベントといえばこれでしょう!」
「あー、ありましたね、そんなの」
「やっぱ良くない話だったわね」
「ですね」
「あなた達って本当に高校生……?」
心底嫌そうに言う一年生三人に、先生はげんなりと肩を落とした。
「面倒事ではあるが、さりとて無視するわけにもいかないのだ」
「面倒事じゃないでしょ? 楽しい楽しいイベントよ!?」
「面倒事です」
マスターがきっぱりと言い切って猫姫さんの味方が居なくなった。
こんにゃの噓なのにゃ、って顔をする先生がちょっと可哀想だったりする。
「この体育祭と文化祭だが、これは生徒のイベントであると同時に部活動に対するイベントでもある。建前としては各部活動の自主的な協力、参加となっているが、要するに全ての部活動は最低でもどちらかには参加しろという話だ」
日頃の成果を発揮して、ってやつか。
よくあるなー、そういうの。
「体育祭で運動部が頑張らされて、文化祭で文化部が色々やらされるのな」
「うむ。我が部も部活動である以上はどちらかに参加せざるを得ない」
マジか、超面倒臭え。
「あのあの、どちらかと言っても、結局は文化祭しかないですよね?」
そう言うアコに、マスターはニヤリと笑って言う。
「そうでもないぞ? 例えばわが校の調理部だが、文化祭では模擬店の収益を奪わない為に出店ができない。そこで体育祭の部活対抗リレーにエプロン装備で出場するのが通例になっている」
「部活対抗リレーとかあんのかよ」
「毎年の定番だな。よって文化祭を回避して体育祭でリレーに出ても問題はないぞ。コスプレでもすればいいのではないか」
現代通信電子遊戯部、ゲームのコスプレで部活対抗リレーに出場──うっわあ、想像するだけで冷や汗が出る。
「い、嫌よ! 死んでも嫌よ! もういっそ殺しなさいよ!」
瀬川が真っ青になって首を振る。
あー、俺と同じこと考えたな、こいつ。
そりゃそうだ、コスプレしてリレーに出るなんて隠れオタとかそんな問題じゃなくなる。
「アコ君はどうだ?」
話を振られたアコはなんか凄く怖い目つきで、やたらと気合を入れてポーズを取った!
「お断りします!」
お断りしたー!
珍しく本気で嫌がってる!
これが本気で嫌がってるポーズっておかしいけど!
「あれ、アコはコスプレとか好きかと思ったけど」
「コスプレがどうとかいう問題じゃないです! リレーが嫌なんですよ、リレーが!」
ポーズをやめてぐっと拳を握るアコ。
ゆらゆらと怪しいオーラが立ち上ってる。
な、なんか怖い!
「忘れもしません、中学校の体育祭で行われたクラス対抗リレー! 無駄にトップでバトンを渡された私は途中で転んで、もがいている間に他の全員に抜かれたんです! その時の静まり返った私のクラス席、注がれるとてつもなく冷めた視線! 今でも忘れません!」
「こっわ!」
「リレーで転ぶのはちょっときついわね」
「それはトラウマになりかねないな」
想像するだけで空気が恐ろしい。
「大体ですよ、何ですか全員参加のリレーで順番決めって! どうせほとんどが素人なんだから全員のタイムを合計したら結果がわかるんですよ! それをわざわざ相談して入れ替えて組み替えて、何がしたいんですか!」
「い、色々違うらしいぞ、順番で」
「違いませんよ!」
うわあんと吠えるアコ。
「タイムが遅い順にすればみんなが良い勝負をして誰も恥をかかなくて済むのに、それは嫌なんでしょうね! 運動部の人が運動音痴をまとめて抜きさる格好良いシーンが演出できないですからね! 私達を踏み台にしてさぞかしご満足でしょうよっ!」
ちょっとわかってしまうのが嫌だ!
ドヤ顔で俺を抜いていく陸上部の顔を思い出すー!
「え、ええと、大丈夫よ、玉置さん。前ヶ崎高校の体育祭にクラス対抗リレーはないから」
先生がちょっと引き気味に言う。
「ほら、ないらしいぞ。良かったなアコ」
「うう……じゃあその代わりに何があるんですか」
「今年はクラス対抗で大縄跳びね」
先生がそう言うと、アコはさらに吠えた。
「なお悪いじゃないですかーっ!」
えええええええっ!?
「なんでっ!? 大縄跳びは駄目なのっ!?」
「考えてもみてくださいよ、大縄跳びがどういう競技か!」
「どういうって……縄を跳ぶだけでしょ?」
恐る恐る言った瀬川にアコは食って掛かるように、
「跳ぶだけなんてとんでもない! あれは誰か一人が失敗して全員分の責任を負うまでいつまでも縄を回し続ける地獄の競技なんですよ! 戦犯が決まるまで許されないなんて、あの競技を考えた人は絶対に性格が悪いですよ!」
た、確かに誰か一人の失敗が全ての敗因になる競技かもしれない。
「そういう言い方もできなくはないけど……」
「しかも必死に跳んでなんとか戦犯を逃れても『玉置さんが後ろに下がってきたからちゃんと跳べなくてえー』とか言われて私が悪者になるんですよ! やってられませんよ!」
「お前の人生ってマジで壮絶だな!」
哀れですらある。
できることなら俺がこいつを幸せにしてやらないといけないんじゃなかろうか。
「大丈夫だって、今回はそんなことにはならないから、多分」
「そうよ、きっと責任を押し付けられたりしないわよ」
「うむ、例年大きな問題は起きていない。今年も恐らくは問題ないはずだ」
そう言いながらも全員がアコから目を逸らした。
「多分とかきっととか恐らくとか、発言に自信がなさそうじゃないですかー!」
「だって、なあ……」
あの体育祭独特の『なんでお前らそんなに本気なんだ』って空気の中で、どんくさいアコが責められる可能性はとても否定できないし。
「でもアコ、それならなんでLAではヒーラーなんてやってるの? ヒーラーってPTが壊滅した時に責任を押し付けられる頻度ナンバーワンじゃない?」
ふと瀬川が言うと、アコはいえいえと首を振り、
「それはそうなんですけど、例えPTが壊滅しても『タンクの装備が悪い』って言い切ればなんとかなるじゃないですか」
「俺のせいかよ!?」
こっちに責任押し付けときゃいいや、みたいな考えでヒーラーやってたのかアコ!?
「そ、そういうわけではなくてですね。ほら、私のミスはルシアンのミス、ルシアンのミスはルシアンのミス、みたいな! 夫婦一心同体って感じでっ!」
「俺が一方的に損してる! 一心同体って言わない! みがわりって言うんだよそれ!」
こいつ本当に俺のこと好きなの!?
なんか別の意味で不安になってきた!
「というわけで、もう私は個人の責任が問われない競技にしか出ないって決めてるんです」
「う、うん、気持ちはわかるけど」
アコ程の極論は言わないけど、俺も失敗した時に白い目で見られるような競技は嫌いだ。
そういうのは体育科目に自信がある人がやればいいと思う。
「私が狙う競技は玉入れです。あの玉さえ投げてればそれでいい感じ、最高です」
「徹底してるわねー」
ちょっと呆れ気味に言う瀬川。
「ちなみにそういう瀬川は何狙ってんだ?」
「借り物競走だけど」
「見事に運ゲーじゃねえか」
これもまた誰も文句を言わない競技を選んだなお前。



