一章 ウィザードキツィオンライン ⑤

「そういうあんたは何に出たいの?」

「俺は綱引きだよ、綱引き」


 個人の責任が問われない競技の代表だと思う。

 男子なら狙い目ナンバーワンだろ綱引き。俺達の癒やしが綱引きだ。


「わかってるわね、西村」

「やっぱりルシアンも仲間でしたね」

「ちなみに私は生徒会長の仕事が忙しいので競技には出ない」

「あ、マスターずりい!」

「はっはっは、権力とはこう使うものだ」

「あなた達は……自分の力を試してみたいとか、そういうことは考えないの?」


 先生が諦め気味に言うのに、俺達は顔を見合わせ、


「ゲームの中ならともかく、リアルでそういうのはないなあ」

「デスペナ前提でボスにゾンビアタックとかそういう無駄な挑戦って嫌いなのよね」

「自分を操作するのって苦手なんですよねー」

「…………そう」


 何故か猫姫さんが一番ダメージを受けていた。


「ま、まあいいわ。とにかく体育祭が嫌ってことなら、文化祭に参加するってことで決定ね。文化祭──正式名称は『崎校祭』だけど、ここで必ず何かしてもらうわよ」


 体育祭の文字が消され、崎校祭、と大きく書き込まれた。


「と言ってもなあ、何すればいいんだろ」

「今年の成果を見せる、というのが基本になるな」

「成果……何かありましたか?」

「アコが学校に来た」

「それね」


 これだよな。

 間違いなく俺達最大の成果がここにいる問題児だ。


「私を展示するんですか!?」

「展示物にお手を触れないでくださいー、みたいにやる?」

「晒し者じゃないですか! 晒しは嫌です、晒し怖いです!」


 やたらと晒しという単語を怖がるのがネトゲプレイヤーである。


「冗談は良いとして。仮にもネトゲ部だし、ネトゲ関係で何か成果を上げて展示しろっていうのよね」

「うむ。研究成果であれ、実践の成果であれ、種類は問われない」


 成果、成果かあ……。

 そう言われると困る。別に結果が欲しくてネトゲやってるってわけじゃないし。

 むしろ楽しく無駄な時間を過ごすのがネトゲの醍醐味みたいな所があるぐらいで。


「私とルシアンの結婚式の画像を展示するっていうのはどうでしょう」

「頭の中にカステラでも詰まってるんじゃないかアコ」


 どうしてその発想に至ったんだ。

 んなの展示してどうしたいんだ。おめでとう、とか超半笑いで言われるんだぞ。


「私がゲームの中で得た最大の成果がルシアンなんですけど……」


 あの、本気で残念そうにしないでもらえません?


「いやな、こういうのは他人に自慢するもんじゃないからさ」

「私は自慢したい気持ちで一杯ですよ?」


 マジなトーンでそう言われても困る。

 この子は俺の嫁なんすよ! って文化祭の展示でアピールする度胸は流石にないです。


「不純異性交遊を展示されても困るわね」

「不純じゃないですよ! 不純じゃないから困ってるんじゃないですか!」

「困るってのは違うんじゃないか!?」

「リア充は放っておいて。とにかく何か展示すればいいんでしょ。ネトゲの歴史パネルでも展示すればいいんじゃない?」


 瀬川がくいくいとパソコンを指した。

 んー、妥当ではあるけどさあ。


「わざわざ作るのか、それ」

「展示発表ならなんだっていいわよ。あたしとしては当日この部屋に居なくていいってことが一番大事なの」

「……なるほど」


 うーん、俺はゲームの歴史っていうのは微妙だと思うんだよなあ。

 完成品を見たい気持ちはあるんだけど、方々から文句が出そうっていうか、正解のない問題が多すぎるというか。


「ネトゲの歴史とか真面目に発表しようとすると、凄く手間がかかる上に超コア向けの展示になると思うんだよなー」


 知らない人にはわからないし、知ってる人は不満がある、みたいな誰も得をしない展示になりそうだ。


「そもそもどのゲームをスタート地点にするかで一悶着あるっていうのにさ」

「それもそうねー。うーん、厄介なジャンルね」

「遊んでる人間の性格が厄介だからなあ」


 むむむ、と頭を悩ませる。

 もういっそネトゲ体験コーナーとかでいいんじゃね、とか言おうとした時。


「誰も意見がないなら私に提案がある」


 マスターがそう言ってペンを取った。


『崎校祭』の文字の横に大書きされたのは、やたらと達筆な『攻城戦』の三文字だった。


「攻城戦……?」

「攻城戦って、最近実装された対人の?」

「うむ!」


 マスターはやたらとわくわくした良い笑顔で頷いた。


「当初の予定から遅れに遅れて、夏の大型アップデートなのに夏どころか秋に食い込むぐらいのタイミングで実装されたLA待望の大規模対人要素、攻城戦! これで勝利することを成果とする、というのはどうだろうか」

「いや、対人って、ちょっと、マスター?」


 え、本気?

 マジで言ってる?


「攻城戦ってあれだろ、ギルド対ギルドの大規模戦だろ? 俺達がやるの?」

「部員全員で一丸となって挑めるのだ、ピッタリではないか。運動部でいう団体戦のようなものだぞ」

「そりゃ全員で挑めるけど……」


 攻城戦というのはその名の通りの城攻めだ。

 レジェンダリー・エイジの各町に建設された砦マップ内でプレイヤー同士が戦い、その砦を占拠したギルドが町の領主になれる。

 プレイヤー対プレイヤーで戦うことになる、その名の通りの対人仕様。

 デフォルメ可愛い系ゲームのレジェンダリー・エイジにやっと実装された大規模な対人要素ってことで、賛否両論あるものの、一応は盛り上がってるらしいと話に聞いてる。

 そう、話には聞いてるって程度なんだよ。

 攻城戦は実装後に何回か行われたらしいけど、俺達は参加したことなんて一度もない。

 だって対人だぞ対人。四人しか居ない超小規模ギルドのアレイキャッツが挑んだ所で手も足も出ないのはわかりきってるんだよ。


「マスター。それでお城をもらったとして、文化祭で発表できるんですか?」

「良い質問だなアコ君」


 もっと大事な質問があるだろうと思うんだけども。


「攻城戦は週に一回行われ、その勝者が領主となる。そして領主となったギルドのエンブレムが砦に大きく掲示されるのだが──そこで我々が勝者となり、このエンブレムを掲げよう、という目論見だ」


 そう言ってマスターは懐から取り出した手帳──生徒手帳を掲げた。

 その表面には我らが前ケ崎高校の校章がどどんと。


「ええと……まさか、ギルドのエンブレムを前ヶ崎高校の校章にして、それで砦を取ってやろうっていう話?」

「そうだ。まさに『成果』と呼べるものだろう!」


 マスターは、どやぁ、と良い顔をして言い切った。

 いやあのもう……どこから突っ込んでいいんだろう。

 ちらりと視線を向けると、瀬川がぴっと手を上げた。


「それは流石にないんじゃない? なんかもう全部が駄目でしょ」


 良識派、瀬川のふんわりした反論!

 具体的な指摘が何もないけどとにかく頑張れ瀬川!


「だが文化祭当日はSSを拡大して印刷した物を展示し、ロックしたパソコンで砦前にキャラを置いておくだけで済むぞ?」

「……それはありね」


 弱い、弱すぎる。瀬川があっけなく負けた。

 お前自分がネトゲ部だってバレなきゃなんでもいいのか。


「私、対人ってあんまり得意じゃなくて……」


 穏健派、アコの反論!

 ちょっと頼りないけど頑張れアコ!


「心配するな、ヒーラーの仕事は普段と変わらん。私達の後ろで回復をしていればいい」

「それならいいですけど」


 良くねえよ!

 くそ、やっぱアコは頼れねえ!


「っつうか根本的にどうやったって勝てないんじゃないのか?」


 現実派、俺の反論。

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