一章 ウィザードキツィオンライン ⑥

 まともな意見だと思うんだけど、マスターはふっと呆れたように笑った。


「挑戦する前から諦めるなど許されざる敗北主義だな。さっきゲームの中なら力を試してみても良いと言ったルシアンはどこに行った」

「気持ちだけはわかるけど」


 精神論で語られても無理なものは無理だと思う。

 しかし屁理屈でマスターに勝てる気もしない。とすると、えーと。


「……じゃあ先生、パス」


 最終兵器、斉藤先生。

 流石に顧問としてこんなわけのわからない展示は認めないだろうと振ってみる。

 そんな俺の希望のこもった視線に頷き返し、先生は言った。


「いいんじゃない、攻城戦で」

「マジで言ってるんですか!?」


 最終兵器が背中から撃ってきた!

 何このクソゲー!


「だってゲームの中でうちの校章をひるがえしてやろう、って企画でしょう? まさにネトゲ部って感じでいいじゃない」

「こんな企画が通るんですか?」

「これが通らないなら、毎年必ず初心者講座しかやらない囲碁将棋部が先に怒られてるわね」

「そんなもんですか……」


 崎校祭、意外とぬるかった。

 と言っても難易度としては超絶に高いんだけどさ。


「よし、顧問の許可も出た。部員の同意も得た。我々は前ケ崎高校文化祭『崎校祭』に向けて、攻城戦の勝利による砦の獲得を目指す! 良いな!」


 おー、と、若干やる気のない声が上がった。


   †††   †††   †††


 おー、とは言ったものの、新学期初日から長い時間部活ができるわけでもない。

 続きは帰ってからということで帰宅の途についた。


「こんなに短い時間の為にわざわざ登校するって凄くコスパが悪いですよね」

「学校に行くかどうかをコスパで考えるのはやめような」


 こうして帰り道をアコと歩くのも日常になってきた。

 周りには他の生徒も居るんだけど、あんまり視線は気にならない。時々触れ合うアコの手を握ってもいいのかなって、そんなことの方がよっぽど気にかかる。


「でも最小限の努力で最大限の成果を得るのがクエスト攻略の基本だってルシアンが言ってたじゃないですか」

「凄く久しぶりに言う気がするけど、ゲームとリアルは違うからな」

「どれだけ効率的に出席すれば最大数の欠席ができるか計算してですね」

「やめろとゆーに」

「ゆー、にー」


 ぐりぐりと頭を抑えると、アコは嬉しそうに喉を鳴らした。猫か何かか。

 しかし夏休みが終わって日常に戻ってみると、本当に何も変わってなくて困る。アコの好感度は最初から振り切れてるから、そりゃ何が変わるもないんだろうけど。


「でも私、頑張るために必要なステータスが明らかに足りてないんですよう。ステ振りを間違えたので、ステータスの再振りイベントを待ってるんです」

「ステータスの再振りをしようと思ったらポイント自体が少なくて詰むんだろ」

「ありそうなんでやめてくださいーっ」


 あうあうと泣くアコ。


「ルシアンへの愛情にマックス振ってあるから残りのポイントが少ないんじゃないでしょうか」

「だとすると俺は運に振り切ってることになるな」


 それだけでもう使い切ってるだろうけど。


「そんなステータスに自信のない私ですが、これから成長すると思うので今の内にお買い上げしてください。最近流行りの先行購入です。アルファ版の私が安く手に入りますので」

「知ってる、それベータすら始まらずに更新が止まるやつだ」


 最近そういうゲームが超多いから困る。


「私も一年生で更新が止まってしまうんです、仕方ないんです」

「ちゃんと正式版まで頑張ってアップデートしてくれ」


 こっちは凄く期待してるんだから。

 そういえば。


「学校といえばアコのクラスは文化祭どうすんだ? 展示発表?」

「一応そうみたいなんですけど……」


 前ヶ崎高校では伝統的に、一年生が展示発表、時間のある二年生は舞台発表、受験の三年生は当日だけで済む模擬店、と区分けされてるらしい。

 俺達一年生は強制的に『わが町前ヶ崎』みたいな展示発表をやらされるはずだ。


「前ヶ崎高校周辺の名産を調べるというコンセプトで、学校の近くにある美味しい食べ物屋さんを探すらしいんです」

「おー、いいじゃん。文化祭の準備をする時間で食べ歩きができるんだろ?」

「一人で食べ歩いても楽しくないですよー」

「どうしてお前は一人で行く前提なんだ」


 クラスの男と食べ歩きしてるアコの姿なんて想像もしたくないけどさ。


「んじゃそっちは良いとして、問題は部活の方だな」


 最大の懸案事項だ。

 まさかLAで対人をやらされるとは思わなかった。


「対人戦やるんですよね。うーん、気が進まないです」

「アコも対人は好きじゃないんだよな」

「勝てないですからねー」


 たはー、と言うアコ。


「負けと決まってるわけじゃないんだけどな。ヒーラーも対人は意外と強かったりするし」


 ゲームによっては何分ヒーラーが耐え切れば勝ち、なんてローカルルールがある場合も。

 そういう場合は結構ヒーラーの勝率が高い。


「たまに勝てたとしてもそんなに嬉しくはないですし、それ以上に負けた時が嫌なんです。画面の向こうで相手がドヤ顔してる気がして、それがとってもむかつきます」

「あー、わかるわかる」


 対人で負けた時に相手がドヤってるのって凄い腹立つよな。

 死体撃ちとか死体の上で座るとか、そういうのもあるし。


「……ちなみにだけど、FPSは別なのか?」

「あれは死なずに勝てるんで」

「芋スナうぜえ」


 なんでこいつスナイパーだけ上手いんだろ。


「でもやるからには迷惑かけないようにしないと。練習するので、ルシアン付き合ってもらえませんか?」

「それは構わないけど、あんまり真剣にやらなくていいぞ?」

「……? 普段なら練習しろーって言うのに、なんでです?」

「俺がアコに練習を要求するのは放っておくとどんどん下手になるからだからな」


 昨日できてたことが翌日はできてないのが悪い。

 何度も教え直すとたまに覚えることがあるからそれに期待するっていう、ドロップでレアを引くみたいなことをしてるんだから。


「今回は流石に負け戦だからさ。辛い思いして頑張る程じゃないよ」

「負け戦には慣れてるんで大丈夫です」


 慣れて欲しくはなかったかなあ。


「ルシアンが言うならきっと勝てないんでしょうけど……でもマスターなら何とかしてくれるんじゃないですか?」

「その信頼感は良いことだし否定もしたくないけど、流石に今回はマスターだけじゃなんともならんよ」


 残念ながらマスターも多分対人を舐めてるみたいだしな。

 良くも悪くも甘いもんじゃないよ、対プレイヤー戦は。


 その夜、ギルドアレイキャッツが集まったのはいつもの酒場ではなかった。

 大理石で作られた円形のフィールド。アリーナマップだ。


◆アコ:あの、さっきからルシアンを殴れる表示が出てるんですけど

◆ルシアン:アリーナだからな。ここではプレイヤー同士で戦えるんだよ


 ゲームが始まった当初から実装されていた対人専用マップだ。

 といっても勝ったから何があるわけでもなく、単に腕試しができるって程度の空間でしかない。

 攻城戦が実装されるまでは一部の対人好きがちょこちょこと利用していただけらしい。


◆アプリコット:砦を勝ち取ると決めたものの、我々は対人戦の素人だ。そこでギルドメンバー同士で戦闘の練習をし、ひとまずの感覚をつかんでもらおうと思う

◆シュヴァイン:要するに俺様が全員ぶちのめせば良いんだな?w


 やる気満々だなシュー。

 こっちは装備が足りなくてまともにやれる気がしないってのに、全く。

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