一章 ウィザードキツィオンライン ⑦
◆アプリコット:最初は練習だ。そうだな、ルシアンとアコで勝負をしてみてくれ
◆アコ:わ、私とルシアンですかっ!?
◆ルシアン:えー
それはちょっと──いや、かなり気が乗らないなあ。
◆シュヴァイン:旦那としてちょっとは強い所を見せてみろよw
◆ルシアン:気軽に言うけどなあ
仕方なく微妙に距離をとってアコと向かい合う。
これからアコを殴らなきゃいけないわけ? この剣で?
モンスターのついでにノックバックさせるとか、冗談でスキルを飛ばすぐらいならいいけど、真剣にやりあうって結構プレッシャーがあるぞ。
◆アプリコット:では、はじめ!
◆アコ:……
◆ルシアン:……
静かに睨み合う。
◆アコ:……
◆ルシアン:……
睨み合うというか見つめ合うというか。
単に棒立ちで待つというか。
◆シュヴァイン:『……』とか無駄な緊迫感出してないでさっさと戦えや
◆ルシアン:そうは言うがなシュヴァイン
◆アコ:愛情を持て余して戦えませんよう
やだよなあ。理由もなく夫婦喧嘩とか本当に遠慮したい。
もしも俺とアコの間に後々まで続く溝ができたら責任をとってくれるのか。
◆アプリコット:その感情は当然ではあるが、それに慣れるのもまた練習だぞ
◆ルシアン:んー、じゃあ、これで
仕方なくアコにちょっと近づき、ぐっと盾を構えて防御態勢を取る。
アーマーナイトの反射スキル『リフレクトダメージ』が発動。俺の盾がギラギラと輝いた。受けたダメージをスキルレベルに応じた割合で相手に跳ね返す便利な技で、これ狙いであえて防御を下げてHPを上げる戦略もあったりする。
◆シュヴァイン:おい、ちゃんと戦え
◆ルシアン:違うし。俺の火力じゃアコをワンコンでは沈められないからリフレクトダメージで反射して削ってから倒す予定なんだし
◆シュヴァイン:物は言いようだな貴様
何とでも言え。
◆アコ:じゃあ、ええと……その……えいっ!
とてとてと寄ってきたアコがえいやと杖を振り下ろした。
キラッ☆ と軽い音がして、俺とアコのHPゲージがちょびっと減る。
◆ルシアン:お、ちょっと食らった。大丈夫かアコ?
◆アコ:はい、ほとんど減ってないです
◆ルシアン:やばくなる前に回復しろよ
◆アコ:はーい
◆シュヴァイン:戦えつってんでしょうがあああああああ
瀬川が怒った!
◆ルシアン:んなこと言ったってなあ
◆アコ:ですよねえ
リアルとゲームを区別しないアコ的に言うと、これって本当に喧嘩させられてるのと同じなんだから、俺も無理強いしたくないんだよ。
そもそも対人やりたくない勢に無理やり戦わせたって大体はこうなるって。
逆にハマって帰ってこなくなる場合もあるけどさ。
◆シュヴァイン:この馬鹿夫婦は放っておいてこっちでやるぜ。勝負だマスター!
◆アプリコット:ほう、私に挑むか。よかろうシュー、相手をしてやる
大剣を構えたシュヴァインと杖を掲げたマスターが向かい合う。
最初からそっちでやっとけよ。
◆アプリコット:カウントする。ゼロでスタートだ
◆シュヴァイン:俺様はいつでもいけるぜ
アコと一緒にちょっと離れて二人を見守る。
俺達と違ってやる気満々の二人が睨み合った。
◆アプリコット:では──スリー
◆アプリコット:ツー
◆アプリコット:ワン
緊張が高まる。張り詰めた雰囲気がアリーナ全体を覆う。
そしてその瞬間。
◆アコ:あ、そういえばルシアン、明日って何食べたいです?
◆アプリコット:ゼ……ロ……
◆シュヴァイン:……
◆ルシアン:お腹に溜まりそうなものがいいなあ
◆アコ:リクエストが難しいんですけども。要するにお肉ですか?
◆ルシアン:だな。肉だ、肉を食わせろ!
ふと見ると、夫婦の会話の後ろで、戦闘態勢に入った二人が止まっていた。
あ、もしかして邪魔だった?
◆アコ:……あれ、マスター? しゅーちゃん?
◆ルシアン:気にせずやってていいから
◆シュヴァイン:できるかああああ! ふっざけんじゃないわよ!
やべえ、矛先がこっちに向いた!
マスターから俺の方へと向き直ったシューが剣を構え、ぐっと前傾姿勢になった。
あれはいつも横で見てる技。見慣れた単純な突進スキル。
射程と速度が頭の中で勝手に再生される。
地面を滑るように突っ込んでくるシューに、どうしよっかな、と考えたのは一瞬もなかった。
つい無意識に手が動いてスキルが起動。
反撃スキルのシールドカウンターをシューの突進にあわせていた。
◆シュヴァイン:うそっ!?
綺麗に入ったカウンターがシュヴァインの剣を上方へ弾き上げ、そのまま流れ作業でシールドバッシュを叩き込む。
盾に頭をぶん殴られたシューの上にひよこがぴよぴよと浮いた。
あー、スタン入ったなー、と思ったらやっぱりコンボを続けるために手が動く。
◆アコ:はい
お、さんきゅ。
タイミングよくアコからバフスキルが飛んだ。
次の一撃に限って威力を倍に上げるエクストラダメージがコンボの間に入り込み、スタン中のダメージ増加とあわせて三倍ダメージに引き上げられた盾突撃スキル、オーバードシールドがシューのHPを七割は削りとり、遥か彼方へ吹き飛ばした。
◆アプリコット:やるな二人とも。ワンコン赤ゲージだぞ
◆シュヴァイン:何なの!? やる気ないくせにあんた達強くない!?
◆ルシアン:ごめんなんか癖で
◆アコ:スタンしたらEDはルシアンにいつも言われてるので
◆シュヴァイン:そんな所で頑張んなくていいのよ!
ごめん、ほんとごめん。
地団駄を踏みながらポーションをがぶ飲みするシューに申し訳ない気持ちで一杯だ。
いやほら、敵が突撃してきたらこうやって倒す、みたいな癖がついてるから。決して悪気はないんだけどつい。
◆ルシアン:スタン技は強いけどクールタイムが長いからさあ、当たったら必ずコンボ入れなきゃって強迫観念があって
◆シュヴァイン:そんな強迫観念捨てなさい!
いやいや、大事なことなんだよ。
対人でもスタンは超強いんだから。ダメージが上がるし、動けないし、何よりピヨってる間は回復アイテムが使えなくなるし。
◆シュヴァイン:そもそもねえ、あのタイミングでチャットするとかあんた達本気で※※※じゃないの!? 個チャでやりなさいよこの※※※※※※!
禁止語句が文字化けしてるから、落ち着いて落ち着いて。
◆アプリコット:とにかく仕切りなおしだ。行くぞシュヴァイン
◆シュヴァイン:ああ来い! すぐ来い! 今すぐ来い!
やけくそ気味のシューが剣を構え直し、改めて二人の対戦が始まった。
◆アプリコット:見よ、私の大魔法を! 唸れバーストリング! 落ちよメテオ!
先にマスターが動いた。
ターゲットした地点に隕石を落とすメテオの詠唱を開始。
それもシュヴァインをターゲットするのではなく、自分を中心にしてのスキル使用だ。
◆アコ:こ、これは、マスターの必殺技ですね!
◆ルシアン:初手から大技を出してきたな!
マスターを中心に六角形の魔法陣が大きく輝く。
この魔法陣の範囲内全ての敵に大ダメージを与えるのがメテオのスキルだ。
つまりマスターに近寄れば必然的にメテオの範囲に入ることになる。
マスターに殺到するモンスターを課金にものを言わせた防御力で防ぎきり、同じく課金にものを言わせた火力で一確する。そんな光景を何度も見てきた。
モンスター相手なら負けなしの、まさに必殺技だ!



