一章 ウィザードキツィオンライン ⑧
◆シュヴァイン:どうして俺様がそんな見え見えのスキルに飛び込むと思ったw
◆アプリコット:まさか、スキル範囲に入ってこないだと!? モンスターはそんな戦略は持っていないぞ!
◆シュヴァイン:俺様がMOBのAIと同レベルだと思ってるのか貴様!
だよね。そりゃ思いっきり魔法陣が表示されてるんだから範囲には入らないよね。
大ダメージの魔法はその分詠唱も長いし、簡単に避けられるよね。
◆アプリコット:だがここはまだ私の距離だ! 単発スキルならばそう簡単には!
言うと同時に詠唱を中断し、マスターは鈍足効果付きのアイスボルトを発動。
大きな氷片がシューに飛ぶ。
これを受ければ強力な鈍足のデバフが発動する、氷属性スキルだ。
近接職のシュヴァインには大きな痛手になる。
仮に食らえば、だけど。
◆アコ:あ、避けましたね
◆ルシアン:直射スキルをまっすぐ撃ってもなあ
シュヴァインが前方にフラッシュブリンク、短距離をテレポートのように移動し、アイスボルトをすり抜けて距離を詰める。
一気にマスターへ肉薄。
◆アプリコット:待っ……
シュヴァインがチャットを返すわけもなく、返事の代わりに大きく剣が振り上げられた。
がん! がん! がががががん! と悲しいコンボの音だけが響く。
カンカンカーン! とゴングの音とともに、マスターが地面に倒れ伏した。
◆アプリコット:馬鹿な……この私が……
◆シュヴァイン:俺様の力を見たか!
◆ルシアン:そうなるよなあ……
見えてる結果だった。
◆アコ:と、とりあえず蘇生します!
ぽわーんと蘇ったマスターは悔しげに唸る。
◆アプリコット:なぜだ。火力でも防御力でも私の方が勝っているというのに、無抵抗に死んだぞ。今のはハメだろう? 私のシマではノーカンだ!
◆ルシアン:いやいや、普通はそうなるって。だってさあ
◆アプリコット:待て!
ばっと手を広げて俺のチャットを遮り、マスターはこちらに杖を向けた。
◆アプリコット:シュヴァインには勝てずともルシアンになら! 勝負だ!
◆ルシアン:……いいけど
アコと違ってまだ殴るのに抵抗が少ない。
やるっていうならいいけどさ。
◆アプリコット:行くぞ! さあ来い!
◆ルシアン:じゃあ、ほい
手持ちのスキルの中で一番弱く、一番射程があり、クールタイムの存在しないシールドブーメランを選ぶ。
ぽいっと盾を投げて、敵にぶつけて、んで盾が戻ってくるっていう、物理法則を明らかに無視したスキルだ。
盾をぶつけられたマスターはちょっとひるんで軽いダメージを受けた。
◆アプリコット:む、その程度のダメージで私は
しゅっ、しゅっ、しゅっ、とノンストップで盾を投げる。投げる。投げる。
◆アプリコット:待っ……おかしい、動けな
しゅっしゅっしゅっしゅっしゅっ。
◆アプリコット:詠唱もできな、スキルが使えな……こ、このままでは
しゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっ。
◆アプリコット:こ、こんな馬鹿なことがああああああ!
塵も積もれば廃人が死ぬ。
カンカンカンカーン、とゴングが鳴り、マスターが地に倒れ伏した。
◆アプリコット:おかしい……何故勝てない……
◆ルシアン:黄金の鉄の塊でできているアーマーナイトが布装備のジョブに後れをとるはずがないだろ
っていう問題ではないんだけど。
◆アプリコット:ぐぬぬぬぬ……ならばアコ!
◆アコ:はい?
◆アプリコット:私と勝負だ!
◆アコ:えええええっ!?
こいつ、甲斐甲斐しく蘇生に回復までしてたアコをターゲットにしやがった!
◆アコ:無理無理、無理ですよ! せめて私にはルシアンをつけてください!
◆ルシアン:案外いけるんじゃね?
◆アコ:いけませんよっ!
いやいけるいける。多分いける。
◆アプリコット:さあ行くぞアコ! 私のメテオに耐えられるか!
◆アコ:絶対死にまずううううう
落ち着け、このスキルやたらと詠唱長いんだから。
◆ルシアン:とりあえずSSうって
◆アコ:え、は、はいっ! スキルシーリング!
別にスキル名を言わんでよろしい。
とにかく発動したアコのスキルがふわっとマスターを包み込み、『……』という沈黙マークが頭上にきらめく。
ターゲットのスキルを封じる便利なデバフスキルだ。
◆ルシアン:お、効いた! んじゃ後は殴ってればいいから
◆アコ:はい!
◆アプリコット:っ! っ!!?
チャットすら封じられたマスターが慌てる中、無駄に冷静に自分へバフをかけながら、アコが駆け出す。
◆ルシアン:さあやれ!
◆アコ:えーいっ!
キラッ☆ キラッ☆ と謎のエフェクトを出しながらアコがマスターを殴る。殴る。殴る。
ピンクスターのキラキラロッドがマスターを襲った。
戦いは終わった。
ギルドアレイキャッツ最強だったはずのマスターが全敗するという悲しい結果で。
◆アプリコット:まさかこんなことが起こるとは……こんなにも現実が受け入れられないのは、当時最強だったギロチンソードがガチャの景品になった次の週、まるで噓のように弱体化されたあの時以来だぞ
◆ルシアン:性能がバグってる武器をガチャの景品にして、次の週にバグ修正をしたあれな
あれもあれで受け入れがたい事件ではあった。
ガチャまわした人が全員揃って愕然としたぞ。
◆アプリコット:なぜ私は負けたのだ。どういうことだ説明しろルシアン!
◆ルシアン:あいあい
わかってたことではあるんだけどなあ。
◆ルシアン:ええとな、とりあえずシュヴァインに負けたのはしょうがない。近接火力職は対人のエースだから、魔法職がタイマンしたら大体負ける
◆シュヴァイン:ふははははw
シューがドヤ顔ダブルピース。
あー、こいつくっそうぜえ。
◆ルシアン:俺はまあ盾職だし、対人でタイマンならハメ殺し専門みたいなとこがあるからさ
別にシールドブーメランで勝たなくても、リフレクトダメージで軽く削った後バッシュのスタンからワンコンだっただろうし。
もちろんちゃんと当たればだけど……マスターは避けないしなあ。
◆ルシアン:んでアコはなあ。こいつのステ振り、無駄に対人向きだから
◆アコ:そんなつもりはないんですがっ
◆ルシアン:そんなつもりはなくてもそうなってるの。お前はどのステもまんべんなく上げてるだろ
LUCKが高いからデバフの成功率が高いし、耐性も高い。
無駄にAGIとDEXがあるから攻撃モーションが速いし、命中率もある。
STRがあるから殴ってもちょっとは火力がある。
装備が弱いしレベルも高くないから強いとはとても言えないけど、見た目の割には意外と安定感がある。
◆ルシアン:要するに相性が悪かったんだな。魔法職って対人でタイマンするもんじゃないよ
◆アプリコット:し、しかし! 私も下調べはしているぞ!
マスターは納得がいかないらしい。
◆アプリコット:私と同じLWが単独で敵を蹴散らす動画などいくつもあった! 装備で見れば私が劣っているはずがなかろう!
◆ルシアン:そりゃ対MOBならマスターの装備の方が強いだろうけど
対人と対MOBは全然違うんだ。
火力があればそれでいいってわけじゃないんだよ。
◆ルシアン:ええとな。とりあえず対人やりたいなら、装備で沈黙耐性をつけて、エンチャントで氷結耐性を上げて、ステータスでさらに補塡して、詠唱妨害耐性のスキルはMAXまで振りきって、可能ならスキルを妨害されなくなる装備をつけて、んでINTに割り振ってるステータスの三割はVITに振り替えたキャラにしてないと駄目
◆アプリコット:そんなキャラ構成で狩りができるのか?



