一章 ウィザードキツィオンライン ⑨
◆ルシアン:あんまりできないけど、特化キャラってそういうもんじゃん。対人用キャラは普通の狩りじゃあんまり役に立たないよ
この狩場だけは強いです! って構成で作り上げた特化キャラは、想定したフィールドでは強い。でもそれ以外の場所ではさして役に立たなくなる。
同じように対人特化のキャラも、狩りでは余り役に立たないんだ。
だからシューもタイマンではマスターよりは強いけど、キャラスペックが火力に寄りすぎてて、攻城戦に出たら多分瞬殺される。
俺も装備がなさすぎて火力がないから役に立たないし、アコも死ぬのが仕事になると思う。
俺達全員がMOB狩り専門のキャラなんだから、対人戦闘では雑魚揃いなわけです。
◆アプリコット:…………待てルシアン、では何か
マスターが恐る恐る聞いてきた。
◆アプリコット:私達が相手にするのは、そういった『敵対プレイヤーを殺すためだけに用意された廃キャラクターの大群』ということか?
◆ルシアン:うん
◆シュヴァイン:……無理じゃねえか?
シューがぽつりと言った。
だから無理だって言ったのにさあ。
◆アコ:リレーに出るのは嫌ですう
◆ルシアン:俺だって嫌だよ……
††† ††† †††
翌日の現代通信電子遊戯部、部室には重い空気が漂っていた。
「想定外だ」
マスターは腕を組んで言った。
「あれから色々と調べたのだが、私のアプリコットを対人戦で活躍できるキャラクターにするには一から作りなおした方が早いレベルだった」
「私もちょっと対人かじってる友達に付き合ってもらったけど、ボロ負けだったわ」
「俺はそれなりに対人向きの構成だけど……装備がないしなあ」
スタン耐性や拘束耐性、魔法防御アップなんかの、対人前衛がつけるべき装備がほとんど取られてる。
対人やる気はないにしても一応持ってはいたんだよ。悔しい。
「こーじょーせんって文化祭までに何回あるんですか?」
「毎週日曜日に行われている。文化祭まであと三回はあるな」
三回しかないってのがまた厳しい。
実戦に慣れる前に本番が来るぞ。
「……そもそも三週間で文化祭の準備をするんですか?」
大変ですよね? とアコが首を傾げる。
「普通の文化部であれば、夏休み前から準備を開始して、夏休み中には終えるものだからな」
「……私達が夏休み中に何もしてなかったのは」
「主に顧問が悪い」
はあ、とため息が重なった。
まともそうに見えてあの人も大概だよな。猫姫さんだしな。
「……ネットゲームの歴史パネルを作ります?」
この部内ですら戦争が起きるからやめとけって。
「んー、ネットゲーム体験コーナーにして誰かが常駐するっていうのは?」
「あたしは絶対に嫌よ!」
「これでも会長だ、色々と仕事があってな」
二人が駄目となると、残りは俺達だけしかいない。
「俺とアコのどっちかが常駐っていうのは流石に無理があるなー」
「二人でずーっとここでネトゲしててもいいですけど」
「いやいや、一緒に回りたいじゃん、文化祭」
模擬店とか回って、先輩のやってる押し売り商品買わされて、あんま上手くない舞台発表も見ようぜ。
「それは楽しそうですけど、後夜祭には絶対出ませんよっ!?」
「アコはキャンプファイアーに嫌な思い出でもあるのか……いやごめん、あるよな、あるんだろうな、聞いた俺が悪かったよ」
んな泣きそうな顔すんなって。
「では皆の満足する楽しい文化祭にするには、何とか勝利をもぎ取るしかないわけだな」
「作戦があるわけ?」
「いくつか考えてはいるが……まずは実戦だ」
マスターはぐっと拳を握った。
「昨夜の経験から動画やWikiの知識だけで知った風に考える危険性はよくわかった。今週末の攻城戦に全力で参加する。まずはそこで何かをつかむことからだ」
動画勢からの脱却はとりあえず良いことだけど、さて俺達に何かできるかな。
「じゃあ週末までにできる範囲で装備整えて」
「一応の練習にするかね……」
俺はパソコンと向かい合い、これからの苦戦の始まりを感じていた。
申し訳程度の装備を揃え、ほんのりと練習をして迎えた第一回攻城戦。
俺達は中規模の都市、ライソードに作られた聖堂要塞の前に集合した。
◆アプリコット:これが我々アレイキャッツにとっての初陣となる
マスターは俺達を見回して言った。
◆アプリコット:まずは雰囲気をつかむために、大きくもなく小さくもない、程良いサイズの砦を選んで攻城戦に参加することにした。現在このライソード聖堂要塞を所有しているギルドは『おそうじ組合』で、主な業務内容は砦内部のゴミ掃除だそうだ
◆シュヴァイン:舐めてんのか
他人のギルド名に文句つけても。
◆アコ:可愛いじゃないですか。メイドさんみたいです
◆アプリコット:要するに進入する我々ゴミどもを駆逐して捨てると言いたいわけだ。舐めてかかれば負けは必至だぞ
◆シュヴァイン:砦を持ってるギルドの奴らを全員ぶっ殺せば良いんだろう。俺様に任せとけ
◆アコ:私は後ろで見てますね
バフとヒールだけはくれよ?
ヒーラーは自分の命を大事にしてくれればいいんだけど、今日のアコはいつも以上に腰が引けてるような気がした。
『アコ』を自分そのものみたいに思ってる分、人と戦わされるのが余計に怖いんだろう。
◆アプリコット:我々の最終目標は砦最深部に存在する領主の間、そこにあるクリスタルを破壊して我々のクリスタルと置き換えることだ。我々のクリスタルが残ったまま攻城戦が終了すれば、その砦は我々のものとなる
逆に言えば現在砦を所有しているギルドは全力で砦を守ってるってことだ。
既に迎撃体制を整えて俺達が来るのを今か今かと待っているはずだ。
▼ただ今より攻城戦を開始します▲
アナウンスが流れた。
このアナウンス以後、砦の周辺では自分のギルドメンバーや、その同盟ギルドに所属するメンバー以外が全て敵になる。
◆アプリコット:準備は良いな? 気負うな、されど臆するな。ただ我々の力を見せろ
一瞬の間を置いて、マスターが号令を上げた。
◆アプリコット:出撃!
◆ルシアン:行くぞー!
◆シュヴァイン:っしゃあああああ
◆アコ:ううう
遠く見えるライソード聖堂要塞に駆け出す。
少し行くと、前方を走って行く他のギルドの団体が見えた。
少なく見積もっても十数人は居るだろう、俺達の数倍の規模だ。
◆アプリコット:よし。彼らがどう戦うかを見るぞ。まずはそれを参考にする
マスターが言った。
そだな、とりあえず他の人の攻め方を見て、隙を窺う形でいこう。
近づくに連れて砦がはっきり見えるようになってきた。
外壁の上には武器を構えた防衛隊が一列に並んでいる。
そして俺達の見守る中、前方集団が防衛隊の射程に到達した。
◆アプリコット:さあ、どう攻める!
直後、空が光った。
外壁の上から矢と弾丸と剣と槍と雷と隕石が降ってきて、吹雪が吹き荒れて炎の竜巻が一帯を覆いつくし、最後に目もくらむような大爆発が起きた。
煙が晴れた時──そこには何もなかった。
◆シュヴァイン:おい、死体も残ってないぞ
◆アプリコット:あの数が十秒とかからず全滅か……
何この虐殺。
攻城戦ってこういうものだったのか!?
◆アコ:どうします? 帰りますか?
◆アプリコット:いいや
明らかに帰りたそうなアコに首を振り、マスターは先頭に立って走りだした。
◆アプリコット:食らってみなければわからん! 突撃だ!
◆アコ:いーやーでーすー!
泣いてもわめいてもボスの指示には逆らえない。



