一章 ウィザードキツィオンライン ⑩
俺達は無策に砦への突撃を敢行した。
とりあえず俺のルシアンは吹雪までは耐えてくれたよ、よく頑張った。
◆アコ:もう行きたくないです……
◆ルシアン:泣くな、諦めて行こう
◆シュヴァイン:横暴なマスターがいるギルドに入ったのが間違いだったな
◆アプリコット:無謀な突撃をさせたことは謝る。デスペナはないのだ、もう少し挑んでみるぞ
しかたなく再び城塞へ向かう。
どうやら他のギルドも攻めているらしく、砦の周辺には均衡した前線ができ上がっていた。
砦の入口付近では視界を覆うぐらいの爆炎、吹雪、隕石に矢の雨が降り注いでいて、とても中に入れる気がしない。
◆ルシアン:近づくとまた範囲攻撃の雨か
◆シュヴァイン:こういう時に俺様は何もできないのが歯がゆいな
◆アプリコット:私も遠距離攻撃魔法は撃てるが……それで状況が変わるとも思えない
こうやって戦線が安定してるのを見るとどうしていいのやら。
少人数の利点で隅っこから突撃でもすればいいのかね。
◆アコ:あっ
と、近くに居た他ギルドのプレイヤーを間違えてアコが殴った。
キラッ☆ っと星が飛んで、ほんのちょびっとのダメージ表示。
殴られた人がこちらを振り向いた。
◆アコ:ごめんなさい、間違えて
返事の代わりに大上段から振り下ろされた剣がアコを一撃で粉砕した!
うわ、すげーな、一撃だよ。
いくらアコが弱いって言ってもなかなかないぞ、この人強いな──。
◆ルシアン:──って人の嫁に何をやってくれてんだてめええええええ!
◆シュヴァイン:俺様に喧嘩を売ったな貴様!
◆アプリコット:ま、待てお前達、このギルドは大人数だ、多勢に無勢──
しばらく遠距離戦が続いていたせいか、近接職の方々はイライラが溜まっていたらしい。
涙が出るぐらいふるぼっこにされ、俺達は再び大地に倒れた。
◆アプリコット:なるほど。敵は一つだが味方は一枚岩ではないのだな
◆ルシアン:攻めてるギルド同士がライバルだからいつ攻撃されるかわからないのか……
無理ゲー臭が凄いんだけど、そう感じてるのは俺だけなのかな。
◆アプリコット:Wikiを見ていたが、こういった膠着した戦線を打破する為に攻城兵器というのが作れるらしい
◆シュヴァイン:ほう、砦の壁をぶち壊して突入できるのか?
◆アプリコット:うむ。例えばこのジャイアントカタパルト──通称ジャイは、資材を集めて建築し、プレイヤー五人で操作ができるそうだ
五人。五人とな。
俺、アコ、シュヴァイン、マスター……。
◆ルシアン:もうないじゃん
◆アコ:やっぱり無理ですよう。帰って普通に遊びましょう
◆アプリコット:待て、待つんだ。諦めるのはまだ早い。一つ、まだやり残したことがある
何その勝利フラグみたいな台詞。
それで負けたら恥ずかしいぞ、マスター。
◆アプリコット:今まではお前達に禁止されていたな……他人の金で生き残っても嬉しくない、他人の金で効率が上がっても嬉しくない、と。だがしかし、この場にあって、そんな遠慮はもはや要らぬと考えた。この私の持つ課金アイテムの全てを用いて、奴らを倒す!
◆ルシアン:な、マスター!?
◆シュヴァイン:ま、まさか、完全回復ポーションや即時復活の護符など、あんまり使うとつまんなくなるという理由で制限していた課金アイテムに手を出すと言うのか貴様っ!?
マスターはふっと遠くを見て、小さく頷いた。
こいつ、やる気だ!
◆ルシアン:やめろマスター、駄目だ!
◆アプリコット:問題ない。仲間の為に使えるのなら、このアイテム達も本望だ。行ってくるぞ、見守っていろ!
◆ルシアン:違うって、マスター!
前線に駆けていくマスター。その背中に叫ぶ。
◆ルシアン:攻城戦は課金アイテム禁止だから!
◆アプリコット:そんな、馬鹿なああああああああ
マスターの姿が魔法の海に溶けて消えた。
◆アプリコット:まさか課金アイテムも禁止だとは……課金完ポが使えないとなると、全回復アイテムはユグドラシルの雫ぐらいしかないぞ
◆アコ:そんなの一度も使ったことないですよー
◆シュヴァイン:何せ一個が10M以上だ。そんなの使うぐらいなら装備を揃えた方がマシだぜ
ごもっともだ。
俺もユグ雫なんて使ってる所を見たことがない。
◆ルシアン:ユグ雫を使った時点で赤字確定だからな。赤字回避の為にどこのギルドも高額な回復は使わないってさ
でも安いポーションはクールタイムが結構ある。
あの範囲攻撃弾幕を抜けるには厳しい。
◆アプリコット:く……なんとかならないのか。我々の目的の為に、ここで引くわけにはいかないのだが
◆ルシアン:んなこと言ったってできることはないし、あの砦も落ちそうにないし……お?
と、新たな一団が後方からやってきた。
二、三十人規模の大群だ。
数だけではない。足並みの揃った進軍ははっきりとした指揮系統と充分な経験が感じられる。
先頭を歩いていた一人がくるりと振り返り、仲間達に言う。
◆†クラウド†:誇り高き猫姫親衛隊の戦士たちよ、聞け
──お、おお。
◆アコ:あの、急に聞き慣れた名前が
◆ルシアン:気のせいだ気のせい
◆†クラウド†:我らの目的はただひとつ──我らが女神猫姫様に、この砦を捧げることだ
…………。
◆ルシアン:気のせいだって
◆シュヴァイン:何も言ってねえぞ
◆†クラウド†:我らが求めるは勝利のみ! たとえ仲間の背を踏み抜いてでも、必ずや目的を達成する! 全ては我らが聖天使、猫姫様の為に!
うおおおおおおお! と声が重なった。
聖天使なのか女神なのかはっきりしとけよ。
◆猫姫:そんなこと一言も頼んでないのにゃあああああああ
あ、本人も居た。
◆シュヴァイン:何をやってんだ、あの人
◆ルシアン:あの人だけは本当にわからん
まじでわからん。
そして猫姫親衛隊は砦へと無謀な突撃を……?
◆シュヴァイン:おい、意外と善戦してるんじゃねえか?
前線を押し上げて──いや、一部を食い破って近接火力が裏に回っている。
後方火力部隊が近接戦闘に巻き込まれて一気に弾幕が減る。
◆アプリコット:敵の陣形が崩れる……
猫姫親衛隊のアーマーナイトが前線の一部を食い破り、近接火力職に道を作った。
同時に左右でステルス状態のまま侵入したアサシンが混乱を拡大させ、『おそうじ組合』の防御陣系が崩れていく。
◆アコ:先生のギルド強くないですか!? 何ですかあれ!?
◆ルシアン:いや……うん、強い……なあ……
ぐんぐんと進撃を続け、ついには砦の内部まで押し入った猫姫親衛隊。
俺達も後を追うべきなんだろうけど、最後尾をとぼとぼとついていく猫姫さんを見ているとそんな気にもなれず、進んでいく彼らの姿を見送った。
そしてその数分後、システムログが俺達のチャットウインドウに流れた。
▼[ライソード聖堂要塞]を[猫姫親衛隊]が占領しました▲
◆シュヴァイン:取ってるぜ、砦……
◆ルシアン:取ってるな……
◆アコ:帰りましょうか
◆アプリコット:うむ
俺達は静かにいつもの酒場へと戻った。
猫姫親衛隊は最終的に大手ギルドの侵略に敗れ、惜しくも領主の座を逃していた。
月曜日の部室は今日も重い空気が漂っていた。
しかしその理由は少し違う。
酷く引きつった笑みを浮かべる斉藤先生に白い目を向ける俺達。
「あ、あの、ね? 違うのよ?」
なにやら要領を得ないことを言う先生に瀬川が冷たく言う。
「ねこひめせんせー、昨日はなにやってたの?」
「いやね、その、勘違いしないでね? そういうんじゃないのよ?」



