一章 ウィザードキツィオンライン ⑪

「全ては猫姫様のために!」

「我らが女神!」

「聖天使猫姫様!」

「猫姫様に捧げます!」

「違うのにゃあああああ! あんなこと頼んでないのにゃあああ!」


 うわああん、と猫姫さんがしゃがみ込む。


「ただみんなに、砦を取るにはどうすればいいかにゃって相談したのにゃ。そしたらあれよあれよというまにあんにゃことに……」

「んなこったろうとは思いましたけど……」


 一応協力しようとしてくれた結果があの有り様か。

 ほんのちょっと可哀想ではある。


「っていうか先生のギルドなんであんなに強いの? おかしくない? まさかあれでガチギルドってことないでしょ?」

「まさか、ただの雑談ギルドのはずなのよ?」

「不思議な話だな……」


 え、そう?

 猫姫親衛隊が強かったらおかしい?


「んなことないって、強いはずだよ、猫姫親衛隊だぞ」

「あんたも入りたいわけ?」

「違うって! ──待てアコ、そんな顔すんな!」


 死んだ魚のような目で俺を見てらっしゃる!


「やっぱり初恋は忘れられない、みたいな……」


 違うっつうに!


「あのな、猫姫さんも言ってたけど、あそこは『むかし猫姫さんがLAをプレイしていた頃の友達が復帰記念に集まってでき上がった』ギルドなんだよ。俺の顔見知りとかも結構入ってたりするんだ」

「要するに先生の親衛隊でしょ?」

「それは間違ってない」

「ううううっ!」


 まあ当時から人気ある人だったし。


「ただ設立の経緯はともかくとして、俺と猫姫さんが同じギルドだった頃、つまり二年以上前からレジェンダリー・エイジをプレイしてる人間が集まってるんだ」


 それも俺みたいにショックから別ゲーに手を出したりふらふらソロしてたりっていうんじゃなく、ずっと真面目にプレイしていた人達ばっかりだ。


「そりゃ廃人じゃなくたってレベルも上がるし装備も揃う、操作も慣れてるし連携も上手い。その辺のギルドより強いよ」


 そういう『懐かしメンバー大集合ギルド』は強い。数の割にとにかく強い。

 有名プレイヤーの復帰にあわせて過去のメンバーが集まって復活したギルドが鯖のバランスを崩壊させた例はいくらでもある。


「かくして新たな中堅ギルドが誕生ってわけだ」

「古参は伊達じゃないのね」

「先生凄いんですね」

「流石は我が部の顧問教諭だ」

「全然嬉しくないのよ、そんな褒められ方をしても」


 先生は本気で悲しそうに俯いた。


「ともあれ大体必要な戦力はわかった。戦術もな。今回は中規模の砦を観察したが、最小規模の砦なら猫姫親衛隊より少ない戦力でも勝負になる。来週は勝ちに行くぞ」

「しゃーないわね」

「やるのか……」

「気が進みません……」

「私は、何も頼んでないのよ?」


 やる気満々のマスター、まだ希望を捨てていない瀬川、げんなりとした俺に半泣きのアコ、そしてもはや泣いているようにすら見える先生。

 かなりカオスな状況だった。


「しかし、課金アイテムが使えないとは……なんというハンデか。納得がいかん」

「しょうがないじゃん、ダメージ倍増とか即時復活とか完全回復とか、使い放題じゃバランス滅茶苦茶だし」

「金を払う者が得をするのは何もおかしなことではないだろうに」

「限度があるって」


 金を払えば砦が取れるって扱いをされると戦う側も気分悪いだろうしさ。


「ま、足りない所は俺達の力と絆でなんとかするってことで」

「そうだな、それしかないか……」


 マスターはまだ納得していないようだったが、仲間で頑張るってのは嫌いでもないらしい。うむうむと頷いてモニターに向かった。


「ねえねえ」


 と瀬川が俺とアコをぐいっと引っ張り、顔を寄せてひそひそ言う。


「これってちょっと良いんじゃない?」

「良いって?」

「なにがです?」

「あの課金中毒が課金アイテムが何も使えない状態で戦うのよ。これって課金離れをさせるのに丁度良いんじゃない?」


 課金離れをさせる、とな。

 確かに課金アイテムはさっぱり使えない状況ではあるけども。


「マスターの課金癖が治るかもしれないと?」

「マスターが使いたいならマスターの好きにして良いんじゃないかなと」


 アコが言うものの、瀬川はさらに声をひそめて、


「にしたって限度はあるわよ。特に意味はないけどガチャが更新されたから百回やっとく、なんてプレイスタイルは普通じゃないわ」

「それは思うなー」

「おいくら使ってるのかは考えたくないですけどもっ」


 しかも身内の俺達は──アコ以外──あんまりその恩恵を受けたがらないものだから、余ったアイテムがどんどん溜まっているらしい。

 それでも次のガチャは回す。更新されたからやる。

 怖いといえば怖い。


「課金抜きでやり抜けば課金に頼るのも収まるかもしれないし。どうせだから裏目標よ。課金なんて無駄だってことをわからせるの。面白くない?」

「確かに、ちょっと不安になってきたので……」

「俺達無課金勢の意地を見せるってことなら一枚嚙んでもいいぞ」

「おーけー、決定ね」


 んふふ、と笑みを浮かべる瀬川。

 うきうきと楽しそうに席に戻る姿は機嫌が良さそうで、それは何よりだけどさ。


「んで、そのための方策は何かあるのか?」

「へ?」


 瀬川は心底不思議そうに首を傾げた。


「それを考えるのがあんたでしょ?」

「がんばってくださいね、ルシアンっ」


 あっさりと丸投げにされた。

 そ、そっか、俺の仕事なのか。


「…………おう、おっけ」


 二人揃って酷い言い分ではあるんだけど、仮に俺がどんな無茶な作戦を言い出しても素直にやってくれるのは間違いない。そこは信頼してる。

 である以上はぎゃーぎゃー言う気にもなれずに、素直に請け負った。

 とはいえ……どうしようかねえ。

 崎校祭まで残り二週間。

 現代通信電子遊戯部、初の文化祭は前途多難だった。

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