二章 剣と魔法のガチ勢 ①

「本日の天気は、隕石ー、隕石だー」

「んな天気ねーよ!」

「隕石ごときであたしが止まると思うんじゃないわよ!」


 いや止まっとけって、駄目、そこ進むと死ぬからー!

 空から降ってくる隕石を避けながら駆ける俺、そしてシュヴァイン。

 最短距離をできるだけ低ダメージで抜けるのが目標だ。


「死んでも生きられますからねー」

「できれば死にたくはないな!」


 嫁の応援が応援になってない。

 もっと優しさが、愛が欲しい。もうちょっと甘やかして欲しい。

 そんなこんなで、現代通信電子遊戯部では今週の攻城戦に向けて自主練習の真っ最中だ。

 俺達前衛二人は範囲攻撃の弾幕をかいくぐって前に進むっていう、明らかに無理ゲーだろというミッションを課せられているのです。

 協力はアリーナマップで暇を潰していた無関係なプレイヤーのみなさん。

 殺す気で範囲攻撃を撃ちまくってくれって言ったら喜んで協力してくれた。

 嬉しくて涙が出そうだ糞野郎どもめ。


「がんばれー」


 そんな頑張る俺達の後ろで、物凄く気楽に応援する声がした。

 若干聞き慣れてきたのが少し嫌だったりする、妙に甘ったるい声。


「……秋山さん、いつの間に来たの。っていうか何やってんの」

「せってたんいんしたお!」


 きゃぴっ! っと言われた。


「うっわ、ふるっ!」


 懐かしさどころか寒気すら感じたぞ!

 しかし秋山さんは俺のリアクションに驚いたらしく、


「えっ、昨日覚えたんだけど」

「き、昨日ですか」


 そ、そうですか、いえ別に不満は何もございません。

 初心者オタの発言はどうもコメントに困るよな。


「……奈々子、居たの? クラスの展示はいいの?」


 真剣にゲームをしているのを見られるのはまだちょっと微妙らしい。瀬川の複雑な視線に、秋山さんは満面の笑みで言う。


「面倒臭いからこっちにサボりにきたんだー」


 俺のクラスなんだけど。

 っていうか秋山さん俺の班なんだけど。

 仕事進んでる? 大丈夫?


「私もここの部員みたいなものだし、手伝ってても問題ないよね?」

「部員じゃない、部員じゃないわよ。っていうか部員になっちゃ駄目よ」

「な、ならない方がいいと思いますよ?」


 恐る恐る口に出したアコに、秋山さんが、きゃーっと抱きついた。


「えー、玉置さんまだ怒ってるの? ごーめーんーってー」

「あああうああうあう、いえいえ怒ってないです何も怒ってないです!」

「はいはい、うちの子をいじめない」

「いじめてないよー!」


 意外と気に入ってるみたいではあるけど、それはアコ的に見るとイジメです。

 ほら、小動物みたいに俺の後ろに張り付いて震えてるじゃん。

 超可愛いだろ、俺の嫁だぞこいつ。


「なお我が部は部員を募集していない、残念だったな」

「募集してないとか許されるの?」


 なんでもありだなこの部活。

 しかし範囲攻撃を避けるのもちょっと上手くなってきた。アコがひっついたままでも操作できるぐらいだ。

 どのタイミングでスキルが発動して、どこでダメージ判定が始まり、いつダメージ判定が終わるのか。それを見極めるのが大事なんだ。

 無視できるダメージならあえて突っ込んだ方が傷が浅い場合もある。


「でもやっぱ範囲攻撃を抜けられないと意味ないんだよな。装備いじろうかな」

「エンチャでMDEF上げる? 唐沢の波紋が一つ余ってるけど」

「あー、いいかもなあ……」


 魔法防御力は大事だよなあ、うーん……。


「あたしも突っ込んだ後のことを考えて範囲デバフのアクティブ装備買おうかなーって思ってるんだけどねー」

「仮に突破できてもそこからが問題だしな」

「回復する為について行くと私も死んじゃいますよね」


 アコは厳しいだろうな、戻るのを信じて待っててくれた方がいい。


「なんだかそうやって相談してるのを見ると普通の部活みたいだね?」


 一応普通の部活のはずなんだよ?


「で、マスター。あたし達のこの練習に意味ってあるの?」

「当然だろう」


 マスターは自信満々に頷いた。


「我に策あり。任せておくがいい」


 大丈夫かなあ……。


 その日の帰宅途中。

 今日もアコと二人の帰り道。

 こうやってアコと歩いてても、くっつきたいと思わないのは夏だからなんだよな。

 もうちょっと涼しくなれば、こう──腕を組んだり、手を繫いでその手をポケットに入れたり、そういうのができるかなあ。

 なんて妄想をしつつ、ちょっとゆっくりと歩く。


「ルシアン、部活がガチ過ぎて楽しくないです」


 そんな俺の気持ちとは別方向に向かっているらしいアコ。なんだか不満気にそう言った。


「ガチと言っても、お前は後ろでバフをかけてるだけじゃん」

「バフが切れたら怒られる時点でガチなんです」


 いや頻繁にバフを切らすヒーラーは野良PTでも地雷扱いだからな!?


「もう練習とか面倒ですし、レベルを上げて物理で殴れば良くないです?」

「アコのレベルならともかく、俺とマスターのレベルを上げるのに何日かかるかを考えると、効率が良いかってのは微妙な所かな」


 最終的に上げなきゃいけないのは事実だけど、短期的にみるとどうなのか。


「こーじょーせんは今も変わらず負けイベントなんですか?」

「んー、負けイベは負けイベだけど、勝っても強制的に負けたことにされる程じゃなくなってきたかな」

「レベルを上げて仕様の裏をついて時間をかけて無理やり勝てればちゃんとクエストが進むタイプですか! 大進歩ですね!」

「それは大進歩なのかなあ」

「普通に戦わされて勝たなきゃいけないのに、勝った後に実は全然効いてませんでしたー! みたいなイベントより大分良いですよ?」


 あー、わかるわかる。あるよな、そういうの。


「うん、確かにあれは本当にクソだな」


 ぼっこぼこに倒したはずなのに、戦闘が終わったらボスが余裕の顔してこっちがぜーぜー言ってるイベント。本当に意味がわからん。


「まあ、どちらにしても人生の負け確っぷりより幾らもマシですよね」

「人生を捨てゲーするのはやめよう」


 一戦一戦を大事にしていこう。


「もうゲームだけして食べていけないですかねー。プロゲーマーとか」

「まさかアコになれると思ってるのか」


 それこそ生まれ変わっても無理じゃないかな。


「うう、それはそうですけど。でもほら、昔はゲーム内のオークションハウスでアイテムを右から左に流してるだけでリアルの生活ができてた時代もあったじゃないですか?」

「一瞬で廃れただろ! 過去の栄光にすがるな!」


 ああいう商売は長く続かないの!

 やっぱり堅実に生きるのが一番だから!


「あ、商売と言えば」


 アコがぽんと両手を叩いた。


「聞いてくださいルシアン、ちょっと困ったことになったんです!」


 うわ、アコから聞きたくない言葉ランキングベスト5ぐらいが出てきた。

 それ聞かなきゃ駄目かなあ。


「その前置きの時点でかなり聞きたくないんだけど」


 ただでさえ厄介なクエストが待ち構えてるのに、上乗せで面倒事は遠慮したい気分で一杯でございます。


「そうおっしゃらずに。私とルシアンの仲じゃないですか」

「俺とお前の仲ならしょうがない。聞かせてみなさい」

「そう言ってもらえると思ってました」


 夫婦じゃ致し方ないからな。

 それに最初から俺が聞いてくれると信じて疑ってないアコの顔を見ると、お前の話は聞きたくねーから、とはとても言えない。


「実はですね、クラスの出し物のことなんですけど」

「ああ、前ケ崎の美味いもの展示だろ」

「ええ。それがですね、ちょっと変更されました」

「ほう?」


 良さそうな企画なのに変更すんの?

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