二章 剣と魔法のガチ勢 ②
クラス展示にしては珍しく俺も見に行きたいぐらいだったけど。
「どうせ美味しいものを紹介するなら、教室で見本を食べられるようにしたらどうか、という話になりまして」
「なお良いじゃん。食いたい食いたい」
良修正だな。
絵に描いた餅じゃなく実物を。
ユーザーの気持ちを考えた、ネトゲ運営に見習わせたいぐらいの運営方針だ。
「しかし無料で食べられるようにすると大赤字なので、一応はお金をもらおうということになりました」
「まあ仕方ないな」
「その後は、どうせお金を取るなら色んな商品を置いて多少は利益を得ようか、って話に進みましてですね」
「お、おう?」
なんだかネトゲ運営に見習って欲しくない方向に進み始めたぞ。
「利益を得るためにはお客さんに沢山来てもらわないと困るので、女子が売り子をやろう、という形に進展しまして」
迷走してる、迷走してるぞ、この運営はヤバイぞ。
「完全に喫茶店だな……クラス展示はどうなったんだよ」
「はい。これは喫茶店だって話になりました。そして喫茶店で売りを作るならやはりメイド喫茶だろう! ということで、うちのクラスは『前ケ崎の美味しいものが食べられるメイド喫茶』になりました」
「クソ運営だー!」
ダメだこの運営! 運営会社変われ!
「でもさ、よく一年が模擬店をやるのが許可されたな」
「取材した近隣のお店とお話がついていたので止められなかったみたいで」
校外を巻き込んだせいで誰にも止められなくなったのか。
無駄に策略が充実してるな、おい。
「一応は『本物女子高生限定メイド喫茶』とか『リアルJK1専門メイド喫茶』とかそういう店名も案には出たんですけどね、そこは却下されました」
「それが案に出る時点でお前のクラスってかなりヤバイだろ」
犯罪の匂いしかしない。
文化祭でやったら地方紙にのるレベルの騒ぎになりそう。
「そうなんですよ、ヤバイんですよ!」
問題はそこなんです! とアコが意気込む。
「メイド喫茶って決まった後です。それならリーダーのメイド長を決めなきゃねーって意見が出た瞬間に、『メイド? メイドなら玉置さんだよね。玉置さんしかいないね。じゃあメイド長お願いね』──ってクラス全員の意見が何故か一致して、議論なしで私がメイド長をすることになったんです! おかしくないですかこれ!?」
「……それはクラスの連中が正しいわ」
「ルシアンーっ!? ナンドゥルルラギッタンディスカー!?」
「言えてない言えてない」
裏切ってないし。
でも俺ですらその状況になったら、まあアコだなーってなるよ。
「一般人からみたらオタ娘ならメイドいけんだろみたいな認識にもなるんだよ」
「そんなの困ります! 私は主婦であってメイドではないです、そこの線引ははっきりしてるつもりです!」
「主婦だと主張されても困るんだけど。俺が困るんだけど。多分お前の脳内で家庭を共にしてるのであろう俺が誰よりも困るんだけど」
「専業が希望です」
「働かざるもの嫁になるべからず」
「駄目ですよルシアン! フェミニスト達の甘言に耳を貸してはいけません! 女性は家庭に入るべきなんです!」
「どうして俺の方が怒られなければならないのか」
普通逆だと思うんだけど。
「それはともかくとしまして。どうしましょう、私がメイド長ですよ。瀟洒ですか、瀟洒になるんですか?」
「お前の周りで時間はよく止まりそうだな」
空気が凍る的な意味で。
「別にいいんじゃないか、名目だけだろ。対外的に、アコが主導でメイドやってますってことにしないと困るんだよ」
オープンオタのアコがメイド代表なら問題ないけど、一般生がメイド長ってのは色々重いだろ。
「名目だけじゃなく仕事もあるんですよう。メイド服どっかから探してきてーとか、誰がどの時間働くかのシフト決めといてーとか、接客マニュアル作ってーとか」
「そりゃ面倒臭いなあ」
ちょっと押し付けられた感じもある。
好きに働く時間を決められるなら、楽な時間に自分を入れときゃいいじゃんとは思うけど。
「ずーっと静かに聞いてたせいで何も仕事が決まってなかったんですよね。ちょっと油断してたかもしれません」
「早めにどうでもいい仕事についておくべきだったか……」
そこの見極めはしっかりやらないと、俺達みたいな人種は苦労する羽目になるからな。
「でも一番大変そうなメイド服はマスターに頼めば適当に持ってきてくれるんじゃないか? あの人は前にもコスプレ衣装持ってきたし」
猫姫さんが着てたアレとか、まさにメイド服で……いや思い出すまい。
「そうですね、それは今度聞いてみます。問題は他の女の子に予定を聞くっていう苦行と、接客マニュアルなんていうむしろ私が欲しいですよ、っていう物を作らされる地獄です」
「う、うん……頑張れ。応援はしてる」
「はいー」
しょんぼりと応え、アコは俺の服の裾を握った。
引っ張られる感触にまた歩く速さを緩めながら、ちょっとだけアコのメイド姿を想像する。
うん、アコには悪いけど、文化祭の楽しみは一つ増えた。
††† ††† †††
ネトゲ部の準備だけで済むのなら楽なんだけど、文化祭にはクラス単位の出展もある。
夏休み明けでまだ次のテストまで時間があるこの時期、割と多くの時間が文化祭の準備に割かれてる。まあ授業よりはマシかなと思うけど。
そんなわけで、俺も大きな模造紙にがりがりと書き込む作業に勤しんでいた。
「いい、みんなー! 崎校の歴史パネルで校史の記述を丸パクリしていいのは連続二行まで! 三行目は必ずちょっと変えて書いてね! 校内図担当のみんなは木の配置とか植木の形とかどうでもいい所を変えてごまかせばトレースでOKだから!」
「へい合点!」
「完コピとか余裕余裕」
やる気がないと言い放った割にしっかり現場監督に収まってる秋山さんが言うと、教室内のあちこちからバラバラに返事があった。
偉そうに頷いてるのはいいけど、秋山さんも仕事をしてください。
「みんなちゃんとやってね? 図書館の本を丸写しするのは発表って言わないわよ?」
「ういー」
「やってまーす」
「……もう、絶対に噓よね」
担任の斉藤先生に向けられた返事は明らかに適当だった。
先生は模造紙に向かう俺の隣にやって来て、しょんぼりと座り込む。
「ルシアン……先生って辛いのにゃ……」
「教室で猫姫さん化するぐらいですか」
そりゃ相当辛いんでしょうな。
「みんなちゃんとやってくれないのにゃ……指示待ちゆとり生徒ならともかく、自主的にサボろうと動く生徒なんてどう扱っていいのか知らないのにゃ……」
「普通に怒ればいいじゃないですか」
「完成品は誰も怒らないレベルににゃりそうなのにゃ。それで叱るのも違うのにゃ」
「ややこしいですね」
猫姫さんなりの教育信念があるらしい。
「うちのクラスはみんないい子なのにゃ。連帯感があって、仲も良いし、イジメもにゃい。でもやる気だけが欠けてるのにゃ」
「クラスのリーダー格がサボる気満々ですからね」
リーダー格って、つまり秋山さん──と瀬川──のグループね。
クラスの方向はトップに立つグループの行動方針で大きく変わる。この辺はネトゲのギルドと何も変わらない。仕方ない所だ。
一応体育祭の方は結構やる気あるみたいなんだけどな、あの人達も。
なんだろうね、リア充の『楽しむべきイベント』って基準に勉学が入らない所、俺にも理由はよくわかんないよ。
「ルシアン達の方がよっぽど目標に向かって真剣に努力してるのにゃ。一致団結してるのにゃ。猫姫さんは断固応援してるにゃ」



