二章 剣と魔法のガチ勢 ③
「そりゃ顧問ですから応援はしてください。っていうか先生、暇なら手伝ってくださいよ」
「駄目よ、生徒が自分でやらないと意味がないでしょ」
さっと表情を変えると、先生は笑顔で他の様子を見に行った。
くそう、調子のいい時だけ先生に戻って! 卑怯だぞ猫姫さん!
「ねえねえ、そこの馬鹿ー、っていうか西村ー、ちょっと来てー」
「呼ばれるのになんで罵倒されなきゃいけないかな俺は!」
普通に呼べよ瀬川!
お前以外にそんな酷いこと言う奴居ねえぞ!
「これよこれ。学校周辺マップなんだけど、見やすく拡大コピーしようと思うからさ、ちょっと画像処理してくんない?」
「やらねえよ! 手書きで大きくしろ!」
「あのねー、こっちは好意で言ってるのよ? こんなことしかできないんだから、これ逃したらあんたがクラスの役に立つ機会なんてないわよ? ねえ?」
「ねえ、って言われても」
ほら隣の子が困ってるじゃん。同意するのもやぶさかじゃないけど、はっきり言うのもちょっとなあ、みたいな優しい顔してくれてるじゃん。
ありがとう名も知らぬクラスメイト、あなたが微妙な顔をしてくれなかったら俺の心は折れてました。
「っつうかお前が自分でやればいいだろそれぐらい」
「あたしがそんなのできるわけないじゃん」
「てめっ……ぐぬぬ」
「なーによ?」
動画編集の技能すら持つお前が画像を編集できないはずがないだろうが。
一般人の隠れ蓑を使って仕事を押し付けるとは卑怯なりシュヴァイン。
「そこまで言うなら仕方ない。それなら代わりに俺の模造紙を──」
「い、嫌ですーっ!」
と、ちょっと遠くからそんな聞き慣れた泣き声が聞こえた。
「ねえ西村」
「いや、気のせいかも……」
「私が主人と呼ぶのはルシアンだけです! ご主人様なんて言えません!」
「…………」
「……今のって」
うん、聞こえてるよ。
「旦那様も駄目です、私には夫がいるんですっ!」
なんでそんな他のクラスまで聞こえるような声で叫んでんのアコ。
脱力した俺に、瀬川は哀れみの視線を向けて言う。
「あの子はもうどうしようもないわね……」
「しかし今回はちょっと怒る気になれない」
「……あんでよ」
「アコが他の男をご主人様とか言ってるのを想像するとかなり腹が立つ」
「あんたら本当に似たもの夫婦よね!?」
だろ、そんな褒めんなって。
「あ、あの、西村くん? 行った方が良くない?」
「そだな。ごめん、悪いけど優先度大の仕事が入ったから」
「はいはい、行ってらっしゃい」
しっしっと追い払うように手を振る瀬川を背にアコのクラスに走る。
嫁がいるせいで若干俺も馴染み始めたアコのクラス、何故かしばらく手伝わされた。
俺の仕事がさらに遅れた。
††† ††† †††
「さてクラスの準備もある中、わざわざ集まってもらってすまない」
現代通信電子遊戯部に集まった俺達を見回し、マスターは言った。
「明後日の日曜日は我が部にとって二度目の攻城戦だ。ラストチャンスは来週になるが、もちろん今回も勝つつもりで行く。そこで今日は作戦会議をしようと思う」
「はーいっ」
真新しいパソコンデスクに座って心底から嬉しそうに言ったのは秋山さんだ。
なんで座ってんですか、あなた。
「ううう、怖いですルシアン」
「秋山さんは嚙みつかないから、大丈夫だ」
「犬じゃないよ?」
秋山さんの近くに居るだけでダメージを受けてるらしく、アコが盛大に怯えていた。
怖いのはわかったから腕にしがみつくのはやめてくれ。夏服なんだから、凄く柔らかいんだから、いやほんとぷにゅって感じだから。
そして一番苦々しい顔をしてたのは瀬川だ。
「……なんで奈々子の席があんの?」
「今回は雑魚の手も借りたいからな。斉藤教諭と彼女の分も臨時で設置した」
「よろしくねー」
「気が進まないのにゃ……」
臨時って何? 後から片付けるの?
その方がむしろ大変じゃないのか?
「あのねえ奈々子、こんな面倒臭いの手伝わなくていいのよ?」
「えー、楽しそうじゃない? 私も頑張るよ?」
「…………どうしてそのやる気がクラス展示に向いてくれないのにゃ」
泣かないでください猫姫さん。
あと、これはちょっとどうでもいいんですけど。
「なんで猫姫さんってログインした直後にささやきチャット窓が十個ぐらい開くんですか?」
「みんながすぐにチャットを飛ばして来るのにゃ。ちょっとだけ返事が大変なのにゃ」
「は、はあ……」
さすが女神は伊達じゃなかった。
「では会議を始めるぞ」
ぱんぱんと手を叩くマスターに全員が注目する。
さて、どんな作戦で行くのかな。
「初めてのメンバーも居るため、我々の目的について軽く説明しておく」
マスターはホワイトボードに『砦の奪取』と大きく書き込んだ。
「ミッションは各町に建てられた砦のいずれかを奪取し攻城戦終了まで守りぬくことだ。攻城戦の時間は日曜日の十二時から十四時までの二時間。その間に敵が占領した砦内部のクリスタルを破壊し、我々のクリスタルを設置して守る。単純明快だな」
「そう聞くと簡単そうですね、ルシアン」
「言葉にするとそうだけども」
やるとなると難しいんだよ。
「前回は中規模のライソード聖堂要塞で戦場の基本を学んでもらったが、今回からは最小規模のカントル小砦をターゲットにしていく」
お、目標が多少は現実的になったぞ。
「カントルは初心者が最初にたどり着く初期村で、売っているアイテムのレベルが低く、税収が少ない。領主褒賞アイテムも低レベルで、領主になると損をするとまで言われる砦だ。現在の領主も『おそうじ組合』よりずっと小規模なギルド『エンペラーソード』だ。構成人数は精々が二十人。我々にも勝機はある」
「本当にあたし達で勝てるの?」
「大丈夫だって、二十人ぐらいならいけるいけるー」
秋山さんの自信はどこから来るのか。
あなたが百人居ても戦力にはならないんですけど。
そんな疑問の視線に気づいたか、秋山さんは明るく手を上げた。
「だって今からそのギルドの人と仲良くなって、一週間だけ砦借してって頼んだらいいんでしょ? 簡単だよね?」
「そういう作戦はしないから!」
そっち方向で攻めるの!?
二十人ぐらいなら簡単に仲良くなれるよってこと!?
「最悪の場合は一番偉そうな人を二、三人選んで喧嘩してもらえば問題ないし」
「本当にやめて! これは文化祭! 楽しくて平和な文化祭のイベントだから!」
「じょ、冗談に聞こえないんですけれどもっ」
「奈々子ならできるんじゃないの?」
そうだよ、成功しそうで怖いんだよ!
彼らは何も悪く無いから、ギルドクラッシャーとかやめてあげて!
「じゃあどうするの? 友達を集めてこっちのギルドに入れるの?」
それは確かにありかもしれない。戦うなら何より人数が大事だし、方法としては正しい。正しいんだけどさ。
「アレイキャッツにあんまり人を増やしたいわけでもないしなあ」
「それよねー。知らない人は来て欲しくないもんね」
「そうなの? 仲間は多い方が良いんじゃない?」
秋山さんはきょとんと言った。
「ははは、こやつめ」
「何を言ってるんですか、あなたは」
「不思議なことを言う娘だな」
ほがらかに否定する俺達に、秋山さんは首を傾げる。
「……私がおかしいのかな」
「秋山さんはおかしくないのよ、他のみんながおかしいの」
先生はもはや諦めた様子だった。
「では当日の動きについて説明しよう。まずはこの資料を見てくれ」
マスターが俺達に何枚かのプリントを配った。



