プロローグ ロストケイケンチ
リアルとネトゲで人格が変わる人ってのがたまに居るらしい。
家の中では性格が違うとか、友達と離れると黙っちゃうとか、そういうのと同じでさ。
リアルでは大人しいけどネトゲじゃ攻撃的、みたいな人が居るんだそうだ。
俺自身はそんなことないと思うし、アレイキャッツの奴らもそうだと思う。シュヴァインもあれはあれでそのまんまだったしな。
でも昔は俺も一つだけ、リアルとネトゲの中で変わってる部分があったんだよ。
それはリアルの俺は安定志向だけど、ネトゲのルシアンは結構ワンチャンを狙っちゃうってことなんだ。
特にまだまだレベルが低かった頃はそんな傾向が強くてさ、こんなことがあったんだ。
◆ルシアン:俺さ、良い狩り方を発見したんだ。トール神殿に狩りに行かないか?
◆イーガス:え、このレベルで行けるんですか?
◆ルシアン:いけるいける、死んでもデスペナより儲けの方が多いし
俺が声をかけたのは当時のギルドメンバーで──猫姫さんと同じギルドだった頃な──俺よりちょっとレベルが低かったヒーラーの人だ。
◆イーガス:私には多分厳しいと思うんで、すいませんけど遠慮します
◆ルシアン:マジで? 良いけど、さらにレベル差が開いちゃうぞ?
◆イーガス:私は地道にやるんで大丈夫です
そう断られちゃったわけなんだけど。
あの時の俺はレベル70ぐらいで、イーガスさんが65ぐらいだったかな。
……ああ、うん、そうだよ。レベル70でトール神殿は相当きつい。まだシールドナイトだったし、俺のプレイヤースキルも微妙だったから、かなりの無茶狩りだったと思う。
でも断られたから意地になっちゃってさ。回復アイテムを買い込んでトール神殿に乗り込んだんだ。
んで、狩りを始めた。レベル70の俺には強敵なモンスター達だけど、十体倒せばレベルアップに必要な経験値の1%は貯まるってぐらいに高効率だった。
◆ルシアン:うわ、超美味い。これヤバイ。もうちょっと慣れたら連れてくよ
◆イーガス:良いですねー、頑張ってください
そう自慢したまでは良いけど、ぶっちゃけきつかった。
やっぱたまに死ぬんだ。どうやっても死ぬ時は死ぬ。んで死んだらデスペナを食らうんだ。
アコも知ってると思うけど、このゲームって結構デスペナが重いだろ。一回死んだらレベルアップに必要な経験値の1%分がペナルティで減る。
十体倒す間に一度でも死んだら、経験値的にはマイナスになるわけだ。
それで──まあ、こうなるんだよな。
◆ルシアン:あああああ、また死んだ! 何度目だよ、噓だろ、スキル入れたって!
◆イーガス:南無ですー
最初は集中力があるからまだ勝てるんだけど、命がけの戦いって凄く疲れるんだよ。疲れたら集中力がなくなって、プレイが適当になって、んで死ぬ。
疲れきって帰った頃には始める前より経験値が下がってた。お金も使った。時間も使った。それでも、なんとかワンチャン! と挑んで、ずっと似たような展開になってたよ。
どうしてギャンブルみたいなことしてんだって感じだけど、それが一番早いと思ってたんだ。
でも全然儲からないし、疲れるし。
毎日やってたらちょっと嫌になってきてさ。
何日か後に、息抜きでもしようかなって、イーガスさんに声をかけたんだ。
◆ルシアン:イーガスさん居る? ちょっと暇だからレベル上げ付き合うけど
◆イーガス:あ、お願いできます? いまレベル72になったところなんです
◆ルシアン:……え?
追いつかれてた。っていうか抜かれてた。
噓だろって思ったよ。ヒーラー相手にレベル上げ速度で負けるってどういうことだよ。
んで青くなって聞いたんだ。
◆ルシアン:ちょ、早くない? どうやって上げたの?
◆イーガス:普通に効率が良くて安全なのをずっと狩ってれば
◆ルシアン:……そんな上がんの?
◆イーガス:まあお金も貯まるんで、装備も良くなりましたし
そりゃそうだよな。
こっちが足踏みしてる間、常に稼いでるんだ。
レベルの差はどんどん縮まるし、所持金の差は広がるばっかりだ。
でかいことを言った分凄く情けなかったけど、恥を忍んで教えてもらったよ。
◆ルシアン:あの……レベル70のシールドナイトってどこで狩るのが効率良い?
◆イーガス:スリッパ先生で良いんじゃないですか。金も儲かりますし
◆ルシアン:……はい、行ってきます
◆イーガス:一緒に行きましょうか?
◆ルシアン:よろしくお願いします……
無難な狩りはきっちり経験値が増えて、お金も貯まって、良いこと尽くめだった。
ワンチャン狩りは何だったんだってぐらいに効率が良かったよ。
いやー、後悔した後悔した。
あれ以来イーガスさんには頭が上がらなくてさ。あの人みたいに毎日地道に頑張って、経験値も、お金も、アイテムも、プレイヤースキルも、しっかり上げておこうと決めたんだ。
俺の若かりし頃の失敗ってやつかな、うん。
◆アコ:つまりそのイーガスさんが原因で、私はお手軽レベル上げをしてもらえないとっ!?
◆ルシアン:原因ってどういうことだ、おかげって言え
◆アコ:私はプレイヤースキル後回しでレベルを上げて欲しいタイプです!
◆ルシアン:俺はそういうのを許さないタイプだ
色んな人に迷惑をかけるんだから、レベル相応のPSを身につけるようにしろと言ってるだけなのに。
っていうか、俺が言いたいのはそういうことじゃなく。
◆ルシアン:大事なのは地道に努力することの重要性の方だ。人生ワンチャンとか来世ワンチャンとか、そういうのはネトゲ的に考えてもやっぱり得策じゃない。わかるだろ?
◆アコ:私の人生で一番安定した未来が専業主婦なので、これでも毎日の努力はしているつもりなんですが
◆ルシアン:俺の好感度を上げるのは努力って言わない!
むしろ毎日真面目に生きてくれた方がずっと好感度は高いんだよ。
◆アコ:でもでも、ルシアンに頑張ってもらって高収入とか、そういうことは言わないですよ? 生きるか死ぬかがギリギリの生活でも夫婦一緒なら頑張れます
◆ルシアン:そこまで全てを委ねられても、俺に受け止める度量はないんだよ!
必死に戦い抜いた文化祭が終わって、苦しいだけの体育祭を切り抜けても、まだ俺の戦いは終わってない。なんとか俺の嫁を普通の人間に戻さなきゃならないのだ。
そんな中でこうして再びLAの世界に戻ろうとしているアコである。
◆ルシアン:まずは明日だ。明日は必ず学校に来てくれ。体育祭が終わって、週明けの月曜日だぞ。もし休んじゃうと、そのままズルズル休み続けるだろ?
◆アコ:だから嫌なんですうううう! 大体ルシアン、今は学校なんて行ってる場合じゃないでしょう! もっと大事なことがあるじゃないですか!
◆ルシアン:それはわかる。わかるが、明日は作戦会議があるんだぞ。それでも休むか?
◆アコ:さくせんかいぎですか!
さっきまでと全く同じの学校に行こうという誘いだけど、アコはぐっと言葉につまった。
◆アコ:うう……そう言われたら仕方がありません。わかりました、頑張ります
◆ルシアン:よろしい、待ってるぞ
しぶしぶと頷くアコに、俺はやっと安心して頷いた。
部活のために学校には来ていたアコが再びサボろうとするのには理由があった。
週末に行われた、俺達にとって地獄である体育祭。
さらに休み明けに登校する面倒臭さ。
だが、それ以上に。
今の季節は秋なんだ。秋といえば何の季節か。
文化祭の秋? 体育祭の秋? そんなわけがない。
それはネトゲでは定番の、夏休みが明けて居なくなってしまうプレイヤーを引き止めるための、大型アップデートの秋、だ。



