二章 巨大商伝 ⑯

「ルシアンとアコには以前話したな。素材を買い占めて、相場を吊り上げて、値が上がった時に処理する。クロウバードの羽根では相当儲かったので、別のアイテムで同じことをしたのだ」

「……それで?」

「私が買ったのはセコイアの原木。クラフトスキルを上げるのにも使われる優秀な原材料──そう思って相場操作に挑んだ。取引履歴も確認したが、相場はしばらく安定しているように見えた」


 予想通りに進めばこちらでも大儲けができて、1G近い資産が作れるはずだったんだろう。

 そこに挑戦してしまった理由は、マスター自信の野望もあるだろうけど、バイトだなんだと貯金を疎かにしてしまった経緯もあると思う。


「私はオークションハウスで、セコイアの原木を買った。買って、買って、買い漁った。誰も売っていないぐらいに買った。だが……なくなるとすぐに次が出てくるのだ」


 沢山の素材を持っていても、一気に売りだすとすぐに値段が下がってしまう。

 だから頭の良い売り手は少しずつ少しずつ売りに出していく。売り切れたら次を出す、というのはおかしいことじゃない。

 そして、それが罠だった。


「買っても買っても同じ値段で出てくる。いずれなくなるだろう、そうすればこちらの勝ちだ。そう思って買った。買い続けた。だが──先に尽きたのは私の金だった」

「600M分の原木を買ったんですか……?」

「ああ、そうだ。私の資金が尽きるまで買い続けた。もしも私の資金が尽きたとしても、同じ価値を持つアイテムが手元に残るのだ。最悪同じ値段で売り直せば良い。そう思ったのだ」


 だが、と言って、マスターは肩を落とした。


「売れなかった。売ることはできなかった。私が買った時、セコイアの原木は一つ10kの値段で取引がされていた。取引がされているように見えた。ログが残っていたのだ、何度も売り買いをされているログが。だがそれ自体が偽りだった。謀られたのだよ、私は」


 ふっと自嘲気味に笑い、マスターはぐっと椅子にもたれ、背中を逸らした。


「一体どういうこと?」

「相場操作を目的に買い占めを行う人間を狙って、ゴミアイテムを買い占めて高値で販売している人間が居たのだ。自演で取引ログを埋め、あたかもそのアイテムに価値があると装っていた。私はまんまとそれに引っかかったのだ」


 要するに、ゴミクズのようなアイテムを大量にオークションハウスに並べて、取引ログでも高値で取引されてることにして、何も知らない人間が買いに来るのを待ってたと。


「セコイアの原木がクラフト上げに使われていたのは昔のことだった。今では全く使われていないらしい。私の情報が古かったのだ」


 誰も使おうと思わないアイテムになってたのか。

 それじゃあどれだけ買い集めても売る方法がない。


「私が買った額の1/100にしても全く売れないのだ。まさに詰んだという状況だな、はははははははは」


 寒々しく笑うマスター。

 画面の中ではアプリコットがぽいぽいとセコイアの原木を投げ放っていた。もはやヤケになってるらしい。


「慣れないことをすると、こうなっちゃうのか……」

「相場のプロの人って怖いんですね……」


 新人が荒っぽい相場操作をしてるのを見て罠にかけたのか。

 ネトゲは怖いな、どんなジャンルにでもとんでもないプロが居るんだから。


「転売とかもしてたんだろ? そっちの儲けは?」

「それも大失敗だ。ハウジングの実装予告が出てから、ほとんど全てのプレイヤーが土地を買うために現金を求めている。つまり現金の価値が上がり、装備品、アイテムの価値は下がっている。安いと思って買った装備が全く売れないのだ」


 運営の狙ったとおり、インフレ状況の改善が進んでるらしい。

 それもまたユーザー間取引で儲けるプレイヤーにはマイナスだ。


「というわけで……残念だが、現状で私の収入はないと思ってもらいたい。はっはっはっ」


 全てを捨てたマスターの笑顔はどこまでも綺麗で、どこまでも悲しかった。


「どうして程々の儲けでやめておかなかったんだよ……」

「城が、城が欲しかったのだ。あの日座った領主の椅子の快感が忘れられなかったのだ……」

「攻城戦が原因かよ!」


 あの日の勝利は嬉しかったけど、だからって玉座だけ手に入れてもしょうがないだろうに。


「そうだルシアン。お前達の資金を援助してもらえないだろうか。もう少しの元手があれば、今度こそは勝ってみせる。私は市場の女王に返り咲けるはずなのだ!」

「FXにハマった駄目な大人のようなことを言うな。貸さねえよ」


 これ以上傷が深まる前に大人しく撤退しなさい。

 ともかくマスターも脱落。

 意外ではあるけど、賭け事で儲けようとした奴はこうなる運命だよな。


「そうすると──あれ?」


 と、驚きの事実に気づいた。


「もしかしてこれは俺とアコの家になるのか?」

「ですよね! やりました、私達の勝利です!」

「ちなみにあんた達はどれぐらい貯めてるの?」

「アコ、大体どれぐらいの額になってる?」

「二人で総合500Mは貯まってます」

「マジで!? 凄いじゃない!」


 一時間10Mを毎日四時間。更に個人で暇な時間は頑張って、やっとこれぐらいは貯まってくれた。二人の血と涙の結晶だ。


「あーあ、こんなに普通に負けるなんてね」

「地道な努力に勝てるものはないか」


 苦笑する二人。

 そうだろ。俺達に負けるだなんて思ってなかっただろ。ざまあみろってんだ。


「その上で、一つだけ問題点があるんだけどさ」

「なんですか? 家の名前ですか?」

「それはアコが決めてくれ。まともなのでな」


 俺とアコの間にある問題じゃなくて。


「最初はギルドハウスを建てるって計画だったのに、俺とアコ以外は全く金を出してないから、これってギルドの家じゃなくて俺達の家だぞ」

「…………あっ、そっか」

「確かに、私に出せる金は一銭もないな……」


 今更気づいた、という顔で言われた。

 そういうことになるからワンチャン狙いの狩りは駄目なんだよ。

 結果として全く儲からないってことにもなるんだから。


「やっぱり将来は真面目に考えないと駄目ですよねー」

「お前の考える真面目な将来に不安はあるけど……ま、今回はいいか」


 ともあれ無事に予定額は貯まってる。後は実装を待つばかりだ。


「アコとルシアンの家に居候させてもらおうかしらね」

「寝かせてもらえるなら床で構わん」

「ちゃんとお前らの部屋も作るから心配すんな」

「二階は夫婦のスペースですからね、入っちゃ駄目ですよ」


 二世帯住宅みたいなこと言わないでくれ。


「……む。タイミングが良いな、公式ページが更新されたぞ」


 え、公式更新されてんの?

 やばい、見てなかった。すぐにページを開いて確認する。


「アップデート直前情報。ハウジングシステム、土地権利購入金額の発表ですって!」

「土地の値段が出たのか……予想より安いと良いなー」

「んーっと、あたし達が狙ってたのは町の内部で、四等地、Mサイズの土地だから……値段はおよそ──」


 そこまで言って、瀬川は言葉を止めた。

 どうしたんだろ、と値段一覧を確認して、俺も思わず息を吞む。

 こ、これは……マジか……。


「ロードストーンの四等地、Mサイズは……」

「値段、1G……」


 その金額。

 予想の倍、だった。


「……買えねえ」


 やはりネトゲの運営は、俺達の予想の斜め上を行くらしい。


「どうしましょう……?」

「これは……困ったなあ」


 ここに来て俺達の家造り計画は大きく暗礁に乗り上げたのだった。

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