二章 巨大商伝 ⑮
「その代わりPT募集で一時間待ちになったりするんだから、そこは良し悪しだよ」
「ならせめてこちらでもチャンネル移動ができれば」
「人の少ない過疎った世界に行こうとしないでくれ」
「過疎ったサーバーでキャラクターを作ってルシアンと二人の世界をですね」
「それで巨大鯖と鯖統合されるんだろ」
「いやですー! 私達の村鯖を返してー!」
何のトラウマか、アコが俺にしがみついて訴えた。
ってかリアルとゲームは違うから、一緒にするのはやめなさい。
「うう……せめて環境設定だけでも変えられればいいんですけど……私だけ他の人よりマウスの感度が悪いような気がするんですよ」
「人生の環境設定とか初めて聞いたな。エフェクトオフにすれば軽くなるのかよ」
「可能であれば難易度を下げたいです」
「画質を上げるぐらいで我慢しよう」
アコの人生が若干ハードモードであることは否定できないけども。
「大体さ、仮に難易度を下げたとしても、自分から何もしなかったら変わらないだろ? じっとしてるだけじゃ何のイベントも起きないんだから」
「違いますよ、私は待ってるんです。待ちタイプの戦法なんです。ずっと待ちアコなんです」
「待ちガイルみたいなことを」
「敵が飛んできたら上段蹴りで迎撃します」
「サマーソルトミスってるじゃねえか」
コマンドちゃんと入れろよ、機会が来ても失敗するんじゃ結局待つ意味ないだろ。
「……ね、ねえ」
と、恐る恐る、といった感じで瀬川が言った。
なんだ、やっと喋ってくれたか。どうしたのかと思ったよ。
「あんた達って、いつもこんな話をしてんの?」
「まあ、大体はそうだな」
「ほとんどこんな感じですよね」
「楽しそうだねー」
そうでしょう秋山さん。
もうこれが楽しいからアコと夫婦やってると言っても過言じゃないです。
「あたしはてっきり、もっと色気のある話を……いや色気がないってこともないんだけど……傍から聞いてる分にはバカップルなんだけど、何かが間違ってるような……」
「何かおかしいですかね?」
「何もおかしくはないよな」
普通普通。まさに平常運転ですよ。
「時間も遅いからみんなで帰ろうーって一緒に来たけど……なんか既に後悔が」
「なんでだよ、おかしいだろ、楽しくトークしようぜ」
「チャットの弾むギルドは良いギルドですからね」
「挨拶強制ギルドいけます」
「あー、アコさんは返事を返してくれなかったけどログインはしてるんですねー、みたいなことを言われるわけね」
「それは嫌ですー!」
会話を強制されるギルド怖い、超怖い。
が、秋山さんは不思議そうに首を傾げた。
「前ヶ崎高校既読スルーを許さない会の会長を務める私としては、挨拶はきっちりするべきだと思うよ?」
「秋山さんそんな会に入ってたの!?」
「ってか西村君ラインやってる? 教えてよ」
「あなたには絶対教えません!」
既読スルーしたら何を言われるのか。
むしろ直接言われるならいい、ひっそりと噂が広まる方が怖い。
「西村相手にアカウントを教えてやる必要なんてないわよ。ストーカーみたいな勢いでメッセージが来るわよ」
「もうちょっと俺に優しくして、お願いだから」
「お願い? お願いするなら土下座をするのが常識でしょ?」
「その時点で全く優しくないな、お前!」
「土下座をすれば知り合いが増えるんでしょうか!?」
「アコー! そこに魅力を感じるんじゃないー!」
もう無茶苦茶だよ。
秋も深まって、随分と太陽の昇っている時間が短くなった。
薄闇に包まれた通学路だけど、騒ぎながら帰ると随分明るく見えるもんだ。
瀬川がバイトに勤しむようになると、こうして騒ぐ時間も随分と減るんだよな。
それはやっぱ寂しい。仕方ないことだけど。
「そういえば瀬川、勝負は脱落って言ってたけど……」
「さっきも言ったけど……ごめん、多分無理」
「無理ですかー」
「あれがムーンライトだったら勝ちゲーだったんだけど……」
悔しげな瀬川。おおう、まだ言ってるのか。
レアなんてそうそう出るもんじゃないって。鑑定したらゴミなのがいつものことだ。
「今はボスが湧く時間もちゃんと把握できてないし、部活の時間だけじゃまともに貯めるのも無理だと思う。正直赤字かもしれないぐらい」
「ボス狩りなんて賭けだからなあ」
つまり後の敵はマスターだけだ。
マスターより多くの金を稼いでいれば、ギルドハウスは俺とアコのマイホームになるわけだ。
「しかし、マスターに勝てるビジョンが見えねえ……」
「そういえばマスターは儲かってるって言ってたわね」
「相場操作は上手く行ってるらしいからな」
元手の時点で400Mぐらいはあって、さらに増えてるって言ってたからなー。
「なら順調にいけば前ヶ崎城ね」
「また身バレの危機かよ」
むしろ猫姫さんの身がもたないぞ。
「ねーねー、でもさ」
と、秋山さんがぴっと人差し指を立てた。
「そういう時って、一番頼れる人が大ポカするのが定番だよね?」
「マスターに限ってそれは期待できないんじゃないかなあ」
「そうですよ、マスターはいつも上手くやりますから」
「マスターは結構できる人なのよ」
「そうかなあ……」
はっはっは、と朗らかに笑い合う俺達に、秋山さんはひらひらと指先を揺らした。
「馬鹿キャラだって言ってたじゃん……」
そのことは、忘れさせてください。お願いします。
そんな会話がフラグだったのか。
それとも秋山さんが言ったからこそなのか。
翌日の部室で、マスターのこぼした小さな一言を、全員が聞いてしまった。
「…………やって、しまった」
小さな声だったけど、冗談だとは思えないぐらいに感情がこもっているように思えた。
何かあったっぽい。それも大変よろしくない何かが。
「…………」
「…………」
ちら、と横のアコと目を合わせる。
『ちょっとアコ、何があったか聞いてみろよ』
『私には無理ですよ! そういうのってルシアンの仕事じゃないですか!』
多分そんなことを言ってるはず。そうだと思う。
勝手に俺をまとめ役にされても困る。俺にだってできないことぐらいあるんだぞ。
モニターの向こう側の瀬川も、ちょっと見てみる。
『さっさと聞け』
睨まれた。
あいつ俺に厳しくない? 俺より稼いでないんだからそのぐらいの仕事はしてくれても良いじゃん。
しかし誰も聞かないってわけにもいかない。仕方あるまいか、と恐る恐る口を開く。
「ええと、マスター? 何かあったのか?」
「なんと言えばいいのだろうな。一言で表現すると──終わった、か」
「資金稼ぎが?」
「うむ」
言葉だけ捉えると良い意味だと思う。
無事に予定金額を集めて、資金稼ぎが終わったと、そういう意味に聞こえる。
でもそれは違う気がする。違うとしか思えない。
なぜならマスターが、FXで有り金全部溶かしたような顔をしてるからだ。
「もしかしてだけど……損しちゃったか?」
「そうだな、損だ。大損だ。数字にするとおよそ600M程度の損失になる」
「はあっ!?」
黙って聞いていた瀬川が声を上げた。
「どうしてそんな大損する羽目になってんの!? 詐欺にでもあった!?」
「いいや違う。正常な相場取引の元で、負けた」
言葉は悔しそうだけど、表情がぽえーっとなってるから緊迫感がない。
ただ普段は余裕のあるマスターがそんな顔をしてるせいで、状況がヤバイってことはよくわかる。マジで600Mも溶かしたのかよ。



