二章 巨大商伝 ⑭
食べ物の皿を持ってたから個室ブースに運んでるんだろうな。頑張れよ。
「タゲ集めるぞ、詠唱準備よろし?」
「久しぶりの狩りだ、タイミングは少し遅目に調整するぞ」
「おっけー、エクダメはCT長いから、アコはヒールメインで」
「日本語でおっけーです」
「お前にもわかる会話しかしてねーって!」
「……らんらん……後ろ失礼しまーす」
料理を届けた帰りらしい瀬川が、三度俺達の後ろを通って行った。
小さくらんらんって聞こえたけど……らんらんしたいんだろうか。
「軽くまとめてきたぞー、ほらメテオ来いメテオ」
「む、想像よりも詠唱が遅い。大丈夫か?」
「バフがかかってないんだろ。アコ、ちゃんと支援維持してくれ」
「待ってください、漫画が良いところなんです」
「漫画読んでんじゃねーよ! 画面を見ろ画面を! 追尾モードにしてくつろぐな!」
お前ヒーラーだから! 画面を見てないと駄目な職だから!
「回復はよ、回復はよはよ」
「待ってください、この巻だけは」
「この話が終わったら、ぐらいで我慢してくれないかな!」
「日常系四コマ漫画なので、一話完結で話が終わるとかはないんです」
「それならその四コマ読み終わったらでいいだろ!」
回復薬が減っていくー! ヒール、はやくヒール!
「……ゴミなどございませんでしょうか?」
「おおっ!?」
ひょこっと後ろから顔を出して、瀬川がそんなことを言った。
ああびっくりした、ゴミの回収か。別にいいよ、何もゴミとかないし。
「大丈夫だから、仕事頑張ってな」
「……はい、失礼しました」
掃除用具を持ってしょんぼり去っていく瀬川。お仕事大変だな。
「……ふふっ」
「こらアコ、漫画でややウケしてねーで回復しろ!」
「議題提示。とりあえずアコ君を殺してその場に置いていく」
「くっ、三人PTだから、俺がマスターの案に賛成すれば可決か」
「拒否権を行使します」
「せめて漫画から目を離して言ってくれよ!」
「ならばもう良い! 自分中心メーテーオー!」
「あの、マスター? その範囲に飛び込めってこと? マスターと俺の間に立ってるアコに敵のタゲが大量に流れると思うけど、そうしろってこと?」
「はっ、殺気です! 逃げないと!」
「デスペナを食らいそうになったら動き出すのかお前!」
「あああああああああああもうううううううううううううう!」
うっわ、何だっ!?
後ろから聞こえた瀬川の声、それも今度は酷い涙声に、びっくりして振り返る。
そこには両目いっぱいに涙を浮かべたシュヴァイン氏が。
しかも研修中の名札を引きちぎってる!
「無理、あたしもう無理ー!」
「何が!? 無理じゃないだろ、お前上手くやれてたって!」
「そういうんじゃなくて! 最近ずっとお金稼いでばっかりで飽き飽きしてたのに、みんなだけ楽しそうに遊んでるし! ズルい、あたしもやるー!」
「しゅーちゃん、お仕事は……」
「バイトは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないけど、やだ! もうやだー! 本当ならあたしも部室でLAしてる時間なのにバイトのせいでできないとか! しかも家に帰ってもパソコンできないのに!」
俺達が来てしまったせいでネトゲやりたい欲求が限界を超えたらしい。
なんてことだ。シュヴァインが居なくて寂しいからと様子を見に来たのが、こんな結果になるなんて。
「こ、こいつどうすんだよ」
「どうしましょう」
「どうって、決まってるでしょ」
瀬川は据わった目つきで言い切った。
「ネトゲすんのよ!」
††† ††† †††
前ケ崎高校は大体が六時間授業で、午後三時過ぎにホームルームをして解散になる。
部活はそれから三時間ぐらい行われるのが普通で、校則としては七時で完全下校だ。
大会前なんかは先生に怒られるまで無理やり残ってる部もあるけど、大体の部活が六時半のチャイムで活動終了だ。そこから片付けてさっさと帰るって流れになる。
我らが現代通信電子遊戯部もその例に漏れず、六時半のチャイムで片付けを始めることになってるんだけど。
「ほら瀬川、クラ落として電源切れよ」
「帰りましょうよー」
「いやああああああ、まだ帰らないいいいいいい」
部員の一人が泣くほど嫌がってるせいで、今日はなかなか片付けられないのです。
「……どうしたの、これ」
久々に参加していた秋山さんが呆れ顔で見つめる程の有り様だった。
「前に話した通り、瀬川のパソコンが壊れてるからなんだけど」
「でもバイトして買い換えるんでしょ? 日給ならそろそろ貯まるんじゃない?」
「あー……秋山さん、あいつの今の生活を知ってるか?」
「ほえ? 茜、変な生活してるの?」
部活終わったら普通にバイトでしょ? と平然と言う彼女に、瀬川はぼそぼそと答える。
「部活が終わったら……そのままネカフェ」
「ネカフェでバイト?」
「ネカフェでネトゲ」
ついに限界が来て辞めてしまったあの店だけど、何故か店長さんと仲良くなったらしく、元気にあそこに通ってるらしい。
「それで夕食ぐらいまで粘ってから家に帰って、ご飯を食べたらすぐ寝て、始発に乗って前ヶ崎に来てネカフェ」
「…………」
セッテさん黙っちゃったよ。
「それで授業に間に合うように退店して、部活して……そのままネカフェ」
「ね、ねえ茜、それでお金は足りるの?」
「辞めるまでのバイト代があったから……」
「それって無限ループって呼ぶんじゃないの!?」
お、良い単語を学習しましたね、その通りですよ?
「無限にはループできないの! いずれお金に限界が来るのよ! 遠からず夜にゲームができなくなるんだから! しかもボス狩りは全然上手く行かないし!」
「マークされ始めたからなあ」
「そうなのよ!」
ばん、と机を叩く瀬川。
「ボス狩りギルドの奴を追いかけてたんだけど、あいつらあたしが居るのに気づいたら、わざとボスの居ない方に行くようになって……もうボスが死んだタイミングもわかんないし、湧いてすぐ駆けつけることもできないし、全然狩れてなくて!」
「ボス狩りギルドの人に覚えられちゃったんですね」
「毎日のように邪魔しに来ていればそうもなるだろう」
「ううううう、全然お金が貯まってないのよー!」
瀬川はあらゆる意味で限界を迎えているようだった。
「気持ちはよくわかるのだが、下手に居残って先生方に睨まれても困る。明日の部活もできないとなれば、シュヴァインは更に困るだろう?」
「それはそうだけど……電気消してこっそり残ればなんとかならない?」
「逆に帰れなくなってしまうぞ」
「良いわよ、ここに住むから」
「あ、あかねー、顔が怖いよー?」
部室難民みたいなことを言い出した。
「残念だが、それは私の権限で認めないぞ。これ以上抵抗するようなら強制終了も辞さない」
「うぉーましーんの寿命まで削るわけにはいかないわね……仕方ないわ」
瀬川はようやくキーボードから手を離した。
「残念だけど、あたしは今回の戦いから脱落かしらね……」
と肩を落とし、瀬川はパソコンを落とした。
「こうして一緒に歩いてると、友達が居るみたいに見えますよね!」
帰り道、にこにこと笑顔で怖いことを言うアコ。
「友達が居ないって前提で話すのはやめよう」
「いいんですよ、私の世界にはルシアンさえ居ればいいんです」
「ヤンデレみたいなこと言うのやめて」
お前が言うと冗談になってないから。
むしろ本気のような気がしてくるから。
「でも人が少ない方が狩りもクエストも楽じゃないですか。クエスト対象モンスターの前で列を作って待たなくていいんですよ?」



