二章 巨大商伝 ⑬
◆アプリコット:いまいちやる気が起きんな
ほんの数日で、俺達は揃ってやる気を失っていた。
だって俺達が狩ってる間、あいつはバイトしてるんだよ。
バイトが終わってもあいつはログインできないんだよ。
なのにこっちだけ頑張ってお金を貯めてたらすごくアンフェアだろ。
ライバルだからこそ、そういうのって嬉しくない。
◆アコ:でもしゅーちゃんが居ない今がチャンスですからね、頑張って稼がないとっ
◆ルシアン:お前は鬼畜か
こいつは俺とのマイホームのためなら全てを捨てる覚悟があるので除外。
◆アプリコット:二人はまだ同学年だから良かろう。私は学校でも会う機会がない。リアルかオンラインか、どちらかで会えればまだ良いのだがな
◆ルシアン:会いたくて
◆アコ:会いたくて
◆アプリコット:……震える
と、少し間を置いて、マスターが言う。
◆アプリコット:だから、これが問題なのだ。シュヴァインが居なければ、こういった話に全て私が乗らなければならなくなる。それは困る
◆ルシアン:俺達の相手するのが辛いとでもおっしゃるか
◆アコ:全然そんなことないですよね?
◆ルシアン:ないよな?
◆アプリコット:お前達が思うのならそうなのだろうな、お前達の中ではな
一応乗ってくれてるマスターだけど、やっぱり寂しそうだった。
今日シュヴァインは一度もログインしなかった。
多分明日もログインしない。
きっと明後日もしない。
すると──やっぱりこうなってしまうわけで。
「いらっしゃいま……ちっ……せー」
前ヶ崎駅前のネットカフェに足を踏み入れた瞬間、研修中の札をつけた店員に睨まれた。
なんだこの店ー、店員の教育がなってないぞー。
「あのツインテールの店員、いらっしゃいませの途中で舌打ちが入ったぞ」
「睨まれましたっ」
「まだしもリラックスしているということだ。良いではないか」
単純作業がトラウマになった二人より良いかもしれないけど。
「んじゃ三人、ゲーム用PCのオープン席を横並びで」
「……面倒臭い注文するんじゃないわよ」
小声でなんか言ってる! この店員、本当に態度が悪いぞ!
「せめて敬語を使えよ」
「……お客様、会員カードはお持ちですか? 持っていないならお帰り頂きますが」
なんで帰らせるんだよ。その場で作ればいいだろ。
ってか持ってるしな、ちゃんと。
「ほら」
揃って差し出すと、瀬川があからさまに嫌そうな顔で受け取った。
「なんで持ってるのよ」
「どうして最寄りのネカフェで会員になってないと思ったのか」
経験値バフのイベント中とか、ネカフェボーナスと組み合わせて一気にレベル上げたりしてるんだからな。考えが甘いぞ。
「はあ……お時間はいかがなさいますか?」
「三時間コースで」
「かしこまりました。ではお席は38番から40番までの三席でご用意いたしました」
割り切ったのか、普通の接客に戻った瀬川に案内される。
そつなくこなす瀬川らしく、意外とちゃんとしてる。
「こちらになります」
「うむ」
「はーい」
右の席にマスター、左の席にアコが座った。
あれ、どうして俺が真ん中なの? 別にいいけど、おかしくない?
「……っつうかあんたら、どうして来たのよ」
近くに誰も居ないからか、おもいっきり素を出す瀬川。
なんで来たってそりゃお前。
「それはもちろん、寂しがっているだろうシュヴァインを元気づけに来たのだがな」
「応援に来ましたよ!」
「邪魔よ邪魔!」
邪魔ですよねー。
そうだろうとは思ったんだよ。
バイト先に知り合いが来たら微妙だよね。
しかも俺達は一日でバイト挫折した組だから、続けてる瀬川から見たらウザいよね。
それはわかってたんだよ。でもさ。
「やっぱ瀬川が居ないと寂しいし」
「…………あのねえ」
瀬川はびみょーな顔で俺達を見回した後、ちょっと呆れたように微笑んだ。
「ま、余計な仕事を増やさないように大人しくしててよ」
そう言うとフリルのついた制服をひるがえして、さっさと戻ってしまった。
「なんか普通だったな」
「シュヴァインのことは特に心配する必要もなかったかもしれんな」
「しゅーちゃんはいつもちゃんとしてますからねっ」
この時点で目的は達成しているのでやることはなかったりする。
部活の時間を潰してネカフェに来てるので、本来は今頃ネトゲをしていたはずだ──と考えると。
「よし、ゲームをやって帰ろう」
「ですね!」
経験値ボーナスもあるし、たまには楽しく狩りをしようじゃないか。
「マスターも今日ぐらい相場操作はいいだろ。三人でどこか行こうぜ」
「火力、盾、ヒーラーでバランスは取れているな」
「あの、スリッパ先生対策で、鎧に土属性をつけるあれが欲しいんですけど」
「土属性付加のアースエンハンスメントか。どこだっけ?」
「モグラト砂漠だな。それなりに難易度もある。経験値ももらえることだし、良いだろう」
目的地決定。久しぶりの身内狩りだ、気合入れていくぞー!
「うし。アコ、装備ちゃんとして来いよ」
「はい、おしゃれしていきますね!」
「ちゃんとしろってのはそういう意味じゃねえよ! スリッパ先生で実用装備に目覚めたんじゃなかったのかよ!」
「ううう、やっぱりヒーラーロッドは見た目が……」
「装備を強くすればこんなに楽になるんだ、ってわかったんだろ?」
「でもルシアンの前では私のさいかわ装備で居たいじゃないですか」
「さいつよ装備で来てくれるアコの方が好きだし素敵だぞ」
「好きだとか素敵だとか言えば何でも解決すると思ってませんかルシアン!」
そう言いながらもニヤニヤとまともな装備を取り出すアコが好きだよ。
「マスターは普通にガチ装備?」
「ああ。相手は土属性だからな、私のメテオが唸るぞ」
みんな身内のPT狩りが久しぶりだからテンション上がってるなー。
そういう俺もやる気満々で普段は使わないポーションとか持ってきてるけどさ。
「……失礼します」
そんな俺達の後ろを、空いたグラスを持った瀬川が通過していった。
通る時に画面をガン見してた気がするけど、そこは見なかったことにしよう。
「んじゃ移動な。アコはどうせ迷うから俺と一緒に来い」
「今更モグラで迷ったりしませんってー」
「そう言って前回も迷ったろ」
モグラが穴を開けたという設定のモグラト砂漠は、入る穴を間違えると迷いに迷う。なのでアコを放っておくのはとても危ないのだ。
「うーむ。部室よりさらにモニターが狭いな。部活中でさえシングルモニターに苦労しているというのに」
「ネカフェのゲーム用モニターで狭いとか、これだからブルジョワジーは」
「真のブルジョワジーはネカフェに自分専用のブースを作らせてそこにこもっているらしいぞ」
「ブルジョワっていうかマジキチなんじゃないか? ネカフェ難民みたいだし」
「私は前から思ってたんですけど、ネカフェ難民って難民じゃなくてもはや貴族ですよね? 常時インターネットカフェに居られるって天国じゃないですか」
「あの人達はネカフェで寝てるだけで、昼間は働いてるから! お前とは違うから! っていうかアコ、はぐれてるはぐれてる!」
「あれ? でもマスターはこっちに居ますよ?」
「こちらはダンジョンに近いがアクティブの敵が多いルートだぞ。アコ君がついてきて大丈夫だろうか?」
「無理でずううううう」
「俺もそっちに行くから、狩りながら進もう」
しゃあないしゃあない。大した手間でもないしな。
「…………後ろ失礼しまーす」
そんな会話をする俺達の後ろを再び瀬川が通り過ぎて行く。



