二章 巨大商伝 ⑫

◆ルシアン:辛いことなんて何もなかったさ……仕事内容は簡単だったからな


 俺がやっていた仕事の内容は、あれだ。


◆ルシアン:ペットボトルの監視、だ


 しばし、チャットに間が開いた。

 そしておずおずと尋ねるマスター。


◆アプリコット:ペットボトルというのは、放っておくと逃げたりするのだろうか

◆アコ:逆襲のペットボトル、みたいな……


 どこのマイナークエストだよ。

 本当にただ流れてくるペットボトルを見守るだけだ。


◆ルシアン:ベルトコンベアーの上をペットボトルが流れていくんだけど、たまーに倒れるのがあるから、次の機械に入る前に直すんだよ。仕事はそれだけだ


 内容を説明された後は、休憩時間までずっと放置されるだけだった。

 俺にでもできる仕事なのでその点は良かった。

 機械にできないことをするんじゃなく、機械のミスをフォローするのが仕事になるってのも、働いてみると奥が深いもんだ。


◆アコ:簡単そうじゃないですか、見てるだけなんでしょう?

◆ルシアン:内容自体はな


 アコが想像してる三倍ぐらいの量と速度で流れてくるけどな。

 ま、見てるだけだから、他人からは楽に見えただろうさ。


◆アプリコット:むしろ機械仕掛なのに倒れるものなのか?

◆ルシアン:結構倒れるよ。大体350から680個に一つは倒れる

◆アコ:か、数えてたんですか?


 ぞっとしたような気配が文字から伝わってくる。


◆ルシアン:暇すぎてそれしかやることがないんだよ。序盤で若干ズレてるボトルを見て、これが倒れるかどうかを心の中で賭けるのが楽しみになるんだぞ

◆アプリコット:倒れそうなら先に直せば良いのではなかろうか

◆ルシアン:馬鹿だなマスター。先に直したら次で待ってる人の仕事がなくなるだろ?

◆アプリコット:……ルシアンも大変だったのだな


 そうだよ、大変だったんだよ。

 流れてくるペットボトルに目がチカチカして、何故か涙が止まらなくなったりしたし。


◆アプリコット:結論としては、二度と行かんぞ私は。日雇いで本当に良かった

◆アコ:ですよねー、バイトなんてもう二度と行きませんよねー

◆ルシアン:だな!


 キャラクターが笑顔を浮かべている裏で、死んだ目つきでキーボードを叩く二人が見えるようだった。残念ながら俺達はバイト脱落だ。


◆アコ:働かないでござる! 絶対に働かないでござる!

◆ルシアン:一緒に脱落した俺が言うのも何だけど……いつかは働こうな

◆アコ:嫌ですー! これ以上やると私の寿命がストレスでホッハなんですよー!

◆ルシアン:色々混ざってんぞ


 まあまあ、今日が駄目でも明日はがんばろう。

 今日勝てないモンスターも、レベルを上げれば明日は勝てるかもしれないから。

 絶対に挑みたくもない敵もいるけど。


◆ルシアン:そういやシュヴァインは?

◆アコ:しゅーちゃんもどこかでバイト始めるんですよね? でも、流石にもう帰ってきてるんじゃないですか?


 ご飯の前に、お風呂の前に、とりあえずログインはする! ってタイプの奴なんだけどな。表示はAFKでもその内に帰ってくるってわかるから計算に入れやすい。


◆アプリコット:お前達、私達は一体何のために働いたか覚えているか?

◆ルシアン:……ああ、壊れたんだっけ


 そうだったそうだった。

 あいつのパソコン壊れたから、夜とか休日とか、待ってても来ないんだ。


◆アコ:しゅーちゃんが居るのが日常だったので、すっかり忘れてました

◆ルシアン:居るのが当たり前だったもんなあ

◆アプリコット:いち早く狩場にたどり着いて、遅えぞお前ら! と言う男だったからな

◆ルシアン:口ではそんなこと言ってるけど、先にルートの敵を掃除して安全の確保をしてるんだよな

◆アコ:疲れたなーって思った頃に、ちょっとは休ませろーって代わりに言ってくれるのが、しゅーちゃんでした


 しばし思い出にふける。

 思ったことをそのまま、ぽつりと書き込む。


◆ルシアン:……やっぱ、寂しいな

◆アコ:帰ってきて欲しいですね

◆アプリコット:ああ、そうだな

◆アコ:……でもバイトは嫌ですね

◆アプリコット:それもそうだな

◆ルシアン:どーすっかなあ


 なんとも困った話だった。

 あいつ、今日は何の仕事してたのかな。

 そんな話を気軽に聞けないってだけで、なんだかとても残念だった。



「ネカフェのバイトよ」


 月曜の放課後。お前は何の仕事してるの? と聞いた俺に、瀬川はパソコン──部室のうぉーましーん──から全く目を離さずにそう言った。


「土曜に面接して、もう日曜から働いてたわよ。あたしの得意分野ってのは確かね。働きやすいのは間違いないわ」


 ははあ、インターネットカフェか。

 バイトしてるぐらいでオタバレするってこともないだろうし、結構良いかも。


「なるほど、シュヴァインの専門だな」

「でも辛いのよ。目の前にパソコンがあるのにLAができない。LAをやってる人がいるのに、あたしはできない。それで家に帰ってもパソコンは壊れてるし……もう気が狂いそうだったわ」


 会話をしながらも全くモニターから視線を外さない瀬川を見てると、現在進行形でかなり狂ってきてるんじゃないかと不安なんだけど、大丈夫じゃろうか。


「今日は休みだから狩るだけ狩っておかないとね。こうしてボスを狙うのも久しぶりだし、予定がメチャクチャよ……っと! よし、セシルMVP!」

「お、ドロップどうだ?」

「ええと……出たわ、片手剣があるわよ! これがムーンライトなら一発でノルマ達成よ! ちょっと鑑定してみる!」

「バトルナイフになれビームです!」

「オーガクローになれビームだ!」

「やめなさいよ! これは絶対にムーンライトよ! これであたしがトップに──なれないー! やっぱりバトルナイフー! いやあああああああ、なんでえええええっ!」

「ざまあ! ……じゃなくて、そっか。お前も真面目にバイトをするわけか」


 パソコンを買うためにしかたがないんだろうけど、やっぱり残念だ。

 夜にログインしてもシュヴァインは居ない。昨日も思ったけど、それは寂しい。


「あたしも働きたいわけじゃないんだけど、背に腹は代えられないわ。ギルドハウスの方はかなり厳しい戦いになるけど……それより大事なこともあるし」


 ちょっと割り切ったように言ったその表情に、瀬川も同じような寂しさを感じてるのかなって、そう思った。


「しかし……なんか凄いな。日雇いでもないのに、面接受けた次の日から仕事か」

「普通じゃないの?」


 瀬川は当たり前みたいに言ったけど、こっちから見るとかなり衝撃的だぞ。


「俺が聞く限り、男ならまずありえないぞ、そんなの。お前みたいに見た目が良い奴だと即日採用があるんだな」

「ただしイケメンに限る、ってやつよ。悔しかったらあんたも格好良く生まれ直しなさい」

「クソうぜえ」


 俺だってできることならイケメンに生まれたかったっつーの。

 でも言い返す瀬川の横顔がちょっと赤かったから、照れてるなコイツってことで許しておく。

 さて、俺も負けずに金を貯めないとな、と席に戻ると。


「この泥棒猫、この泥棒猫……」

「こらアコ、何の素振りをしてるんだ」


 アコがぶんぶんと腕を振って、怪しげな素振りをしてた。


   †††   †††   †††


 翌日からバイトと言っていた通り、次の日瀬川は部活に来なかった。

 部室に来てもシュヴァインとはネトゲができない。

 家に帰ってもシュヴァインとはネトゲができない。

 シュヴァインが居ないからか、セッテさんも来ない。


◆アコ:びっくりするほど寂しい!

◆ルシアン:びっくりするほど寂しい!

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