序章『境界線前の整列者達』 ⑫

「ええ!? 何だよそれ! オッパイませてくれんじゃなかったのかよ!」


 トーリはまゆゆがめて口を開いた。下からオリオトライをうわづかいに見て、


「汚ねえ、大人おとなって汚ねえよ……! このおんな教師、オッパイ揉ませる振りして俺を殺そうとしていやがったな……!」

「……おいこら、君、何か変なもの見えてない? だいじよう? その目に何が映ってる?」

「うん、今はこれだな!」


 と、トーリは、オリオトライの両むねを左右下側から両ので包んで押し上げた。

 皆が、あ、という形に口を開けたままになる中、ハイディが首を傾げる。


「あれ? ……これって攻撃当たったことに……」


 しかしルールを知らぬトーリは、オリオトライの胸をこねながらまゆをひそめて、


「あっれ、もっと硬い見立てだったんだけどなあ……。おかしい、マジおかしいなあ……、骨とか筋肉とかあってぎようてんする予定が……」


 まあいいか、とトーリは手を離した。

 そして彼は、くちを歪めて指の骨を鳴らし始めたオリオトライを無視して皆の方を見ると、


「あのさ、皆、ちょっと聞いてくれ。前々からちょっと話してたと思うんだけど」


 一息の後、彼はこう切り出した。


「──明日、俺、コクろうと思うわ」



 いきなりのトーリのこくはく予告に、皆は同じ反応をした。誰もが一様に首を前に落とし、


「……え?」


 だがその反応はすぐに、ああ、となつとくの色を持ったものに変わる。

 そして皆の中、ウェーブの掛かったかみまゆをひそめて立ち上がった。彼女、は乱れていた髪をき上げると、首をかしげてトーリをえ、


「フフフてい、いきなり出てきてちちんで説明無しにコクり予告とは、エロゲの包み持ってる人間の台詞せりふじゃないわね。コクる相手が画面の向こうにいるんだったらコンセントにチンコ突っ込んでしてしびれ死ぬといいわ! てき! 一体どういうことかかしこい姉に説明なさい!」

「おいおいねえちゃん何一人でいい空気吸ってんだよ。あのな? 明日コクるから、はエロゲ卒業のために買ってきたんだぜ? わっかんねえかなこの俺のなメリハリ具合!」

「フフフいい感じで人間だわ愚弟、エクセレント! でも明日フラれたらどうすんの?」

「んー、その場合はまず泣きながら全キャラ実名でコンプリートすんじゃねえかな」


 そうじゃねえだろ、と皆が言うが、喜美は一息ついた。彼女は肩から力を抜き、


「じゃあ愚弟、けんねえを相手にコクりの練習よ。──相手は誰かゲロしなさい、さあ!」

鹿、知ってるだろ? 皆だって前に、〝そうじゃないか〟って言ったじゃねえかよ」


 トーリは、姉から皆へと視線を移した。

 彼はそのまま、全員の顔を見て、一人一人と視線を合わせた後に、こう言った。


「──ホライゾンだよ」


 人の名、しかしそれは、


「馬鹿ね」


 肩を落として喜美が言った。彼女はトーリから視線をらし、


「十年前に、あの子は亡くなったのに。あの、アンタの嫌いな〝こうかいどおり〟で。……だって、とうさん達が作ったじゃない」

わかってるよ。ただ、そのことから、もう逃げねえ」


 トーリは、みのまま、あのな? と口を開いた。

 そして彼はもう一度みなを見渡し、いいか、とさらなる前置きして、


「コクった後、きっと皆にめいわく掛ける。俺、何も出来ねえしな。それに、何しろ、その後にやろうとしていることは、俺のしりぬぐいってか──」


 一息。


「世界にけん売るような話だもんな、どう考えても」


 告げた言葉に、しかし誰も疑問やろんを挟まなかった。ただ皆は、トーリを見て、表情を硬くしているだけだ。

 そんな皆に、トーリは言った。


「明日で十年目なんだ、ホライゾンがいなくなってから。皆、おぼえてねえかもしんねえけど」


 だから、


「明日、コクって来る。彼女は違うのかもしれねえけど、この一年、いろいろ考えてさ、それとは別で好きだとわかったから、──もう逃げねえ」

「じゃあてい、今日はいろいろ準備の日よね。そして、……今日が最後の普通の日?」


 そうだな、とトーリが笑顔で言った。


「安心しなよねえちゃん。俺は何も出来ねえけど、──たかのぞみは忘れねえから」


 と、そのときだった。彼の肩を、後ろからたたく手があった。

 ん? とトーリが振り向いた背後。そこに立つオリオトライが、わった目つきで右足を軽くステップさせている。

 しかし彼女のきよどうに構わず、トーリは右のおやゆびを立てて見せると、


「先生! 今の聞いてたかよ!? 俺の恥ずかしい話!」

「ん? 人間って、怒りが頂点に達すると周囲の音が聞こえなくなるんだけどさ。それについてどう思う?」

「おいおい先生、生徒の話はしんに聞こうぜ。可哀かわいそうだからもう一度言ってやる」


 いいか? とトーリは前置きして、な顔でオリオトライにこう言った。


「……今日が終わって明日になったら、俺、コクりに行くんだ。おぼえていてくれよ?」

「よっしゃ死亡フラグゲット──!」


 次のしゆんかん。オリオトライが回しりで事務所の壁に穴を開けた。

 それは蹴りによって回転っ飛びしたトーリがげきとつしたもので、だい型をしていた。



 の中央、商店街の中に、かんしゆ向こうのたかからのそうおんが聞こえてきた。先ほどまでのじゆつしきしやげきの音ではなく、けんげきげきの音がやたらと多い、集団きんせつせんの音だ。

 そんな音を聞く商店街の住人は、屋根上せんとうで飛び散った屋根わらへんき集めている。店の奥にはきようどういん側への請求書もあり、皆の話題はじよう請求をするか否かの段階だ。

 騒ぎをかんせんしていた観光きやくは喜び、それぞれが道へと姿を現し始めていた。

 町が動き出す。

 そして人々が行き交い始め、音が生まれ出す町中。白のかみの自動人形P-01sがいた。

 彼女はけいしよくのエプロン姿で、ほうき二本を重力せいぎよで動かし、店前のそうをする。店の奥から店主の女性が声を掛けるのにしやくをするが、目は遠く、しながわの方を見ていた。

 P-01sの視線が向く方からは、わあ、というになったようなときの声の群が聞こえる。

 頭上、空の区分けが少なくなった一方で、武蔵むさしの周囲が白く染まりつつあった。武蔵が農村地の上を通過するために、ステルスこうこうに移行し、情報しやだんし始めたのだ。

 じきに、武蔵はかわへと到着する。

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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
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