序章『境界線前の整列者達』 ⑪

 ぶとい声がひびき、鈴が身を震わせた。そして倒れていた皆が、身を起こす。

 皆は、オリオトライとそのしゆう状況を見て、


「先生……、マジでやんの?」


 そうねえ、とオリオトライは背後から歩いてくる魔神に身体からだを振り向かせもしない。肩にかついだちようけんを抜くこともなく、


「んじゃ皆、これから実技。わかる? 魔神族、体内かんりゆうたいに近いものを持っているおかげでないねんはいかくとく速度がハンパじゃないの。はだじゆうそうこう並だし、きんりよくけいりようきゆうしんとサシでいけるくらいよね」


 わかってるじゃねえか、と、歩み寄る赤い魔神が言った。


「一体なんだてめえら! うちの前で遠足か!?」

「ん。ああ、実はちょっと、けいだんにも頼まれてんのよね。──シメてくれって。あ、個人的には先日のたかでの地上げ、おぼえてる?」

「ああ? そんなんいつものことでおぼえてねえなあ!」


 そう、とオリオトライが言った。彼女はゆっくりと身体からだじんの方へと振り向かせ、


「理由わからずにぶっ飛ばされるのも大変よねえ」

「てめえ……!」


 魔神が来る。あつきんりよくとそれを支えるこつかくは、重量三百キロを超える巨体をワンステップで時速百五十キロまで持って行く。ハンマーのような形状の四本うでを前に掲げてのチャージは地上げにも用いられるもので、対人に使うべきものではない。

 赤の魔神がチャージをオリオトライに用いたのは、


けいだんとかの話からのけいかい? いい判断だけど──」


 突っ込んでくる巨体を前に、オリオトライはこう言った。


「──これから先生が手本を見せます」



 オリオトライが、言葉と共に前に右足を踏んだ。

 ちようけんは左下に下げられている。


「巨体ときんりよくそうこうがあろうとも、魔神ぞくにはめいてきな弱点があるわ」


 それは、


「生物にはがいがあり、脳があるわ。頭部を揺らせば、頭蓋の内側に脳がぶつかり、神経けいする。それがのうしんとう。そして頭蓋を揺らす効果的な方法とは、頭部にみつちやくしているものをげきすること。頭部から遠くに有る位置をたたけば、しんどうは大きくひびく」


 その位置とは、


「人間ならあごせんたん、魔神なら──」


 そしてオリオトライが動いた。踏んだ右足をじくに、身体からだを左から右前へと回す。

 彼女はそのまま身を一回転させて、魔神のチャージのどうから逃げながらもちようけんを振り、


「ここね」


 長剣が回転の勢いをつけて振られた。さやの先端を上に走らせ、


「頭部のホーン先端部。曲がったつのに引っかけるようにして打つ」


 言葉と共に、軽い動きで上がった長剣の鞘が、チャージ状態で通過する魔神の左角を打つ。

 音が響く。

 それは、わずかに魔神の首がかしげられただけのいちげきにしか過ぎないものだった。

 だが、


「──!?」


 数歩をそのまま進んだ魔神が、不意にひざから力を失っててんとうした。

 チャージをせいぎよ出来ずに転んだのではない、膝が震え、バランスを失したのだ。

 巨体はゆかかんばんを砕き、構造ざいをえぐってげきとつすることで短距離のせいどうを得た。

 そして赤のじんは、


「あ……!?」


 くそ、と立とうとするが、腰を上げることは出来てもひざに力が入らない。身体からだを持ち上げては転ぶということを繰り返す。

 そんな魔神の前に、オリオトライは立った。


「魔神ぞくや大型せいぶつは、こういう状態になると脳の代わりに身体からだの各部にある神経かいが働き出すから回復が早いの。だからそうなるまでに、──落ち着いてたいかくせん上の位置を強く打つ」


 言葉通りに、彼女は左ホーンせんたんの対角線上、右あごを右に打った。

 強いいちげきだ。そして力が入らない魔神の身はぼうぎよも出来ず、


「────」


 首をぐるりと回して、白目をいた。


「実は、硬く見えるところを打つのがポイント。その方がしんどうが直接ひびくからね。こういうれんちゆうの頭部はがいこつかくじゃなくて内部骨格が張り出しているだけだから、ちゃんといい方向からたたけば脳に直接響くわ。やっちゃいけないのは首を埋めるような方向、うえや、チャージ正面から打つこと。魔神族はけいこつぼねが一直線になってねこだから、真上ほうこうからのしようげきは背中からしりへと抜けちゃうのよ。──だから春先やしゆんに角のぶつけ合いが出来るんだけどね」


 言っている間に、赤の魔神が木床に倒れ伏し、背後の事務所があわてて正面とびらを閉めた。

 オリオトライは事務所をちらりと見ると、


「あ、けいかいされたかな」


 当たり前だ、と皆が疲れた身体を起こし始める。対するオリオトライは、


「んー、じゃ、どうやって入ろうかな。入り口は待ちかまえられてるだろうしなあ。皆をいんそつするのに屋上からの突入はちょっと難しいしねえ……」

「……あの、引率って何ですか先生」

「ん? 社会見学で実技。今、ほん見せたっしょ?」

「あんなきよくげい出来るかあ──!」

だいじよう大丈夫。──これから出来るようになるから」


 平然とした調ちように、皆が青い顔をした。

 と、そのときだった。いきなり、横から若い声がした。


「──あれ? おいおいおいおい、皆、何やってんの?」


 少年の声に、皆が振り向く。

 すると、皆のよこがわに、一人の少年が立っていた。茶色のかみに、笑ったような目。崩して着込んだくさりきの長ラン型制服に、左のわきにはかみぶくろを二つ抱えている。

 紙袋の一つ、けいしよくのものからパンを取り出して口にくわえ、そうしよくくさりを鳴らして歩いてくる少年の名を、誰かが言った。


「トーリ〝不可能男インポツシブルあおい……!」



 名を呼ばれた少年、トーリは、パンを口に押し込むようにして一個食すと、


「──んと、うん、おれ俺。って何だよ皆、俺、葵・トーリはここにいるぜ?」


 彼はみの顔を崩すことなく、倒れたじんも気にせず皆の前に来る。そして、


「しっかし皆、こんなとこでぐうだな。やっぱ皆も並んだのかよ!?」


 言って彼が掲げて見せたもう一つのかみぶくろに、オリオトライが首をかしげた。

 彼女はいつしゆんでトーリの背後に回ると、肩にちようけんかつぎ、


「……さて君、話ハショると授業サボって何に並んだって? 先生に言ってみなさい」

「ええ? 先生マジで俺のしゆうかくぶつきようあんのかよ! 俺まいったなあ!」


 そしてトーリは、紙袋の中から絵の描かれた箱を出した。パッケージアートをかたしにオリオトライに見せる。それは、


「ほらこれ見えるか先生! 今日発売されたRげんぷくのエロゲ〝ぬるはちっ!〟。これちようかせるらしくて初回げんていが朝から行列でさあ。俺、今日は帰宅したらこれ伝纂器PC奏塡インストールして涙ボロボロこぼしながらエロいことするんだ! ほらてんぞうも欲しいだろコレ!? ──ってあれ?



 てんぞうは? あいつの親父おやじてんべつとくてん求めて他の店にもにんじやばしりで行ってたけど、あいつもそっち行ってんのかな? どう思う先生?」


 答える代わりに、はんのオリオトライが、無言でトーリの肩に手を置いた。

 対するトーリは首をかしげると、笑顔でオリオトライに振り返り、


「あれ? 先生、どうしたの? マジ顔して。何かやなことでもあったの? ──あ、そっか、春休みの打ち上げで焼き肉屋行ったとき、先生、人と話さずに牛と結婚する勢いで肉ばっかガツガツ食ってたのを学長か王様まろに教育的どうされたんだろ。先生、あれいけねえよ。焼いてるのをはしはじいて直接くちたたき込むのはさ、カルタ取りのたつじんやってんじゃねえんだから。塩くらい振れよ。あと、デザートにケーキ山積みで食ってないで少しはくさ食えよ」


 皆がわずかに腰を引いて退たい姿勢を取る前で、オリオトライは口を開いた。


「……あのさ君、先生が、今、何言いたいかわかる?」

「ああ? 何言ってんだよ先生! 俺と先生は、しんでんしんのツーカーだろ!? 先生の言いたいことは俺にしっかり通じてるぜ!?」

「ああ、それよ駄目。だって先生と通じてるならきみ今すぐ自殺しないといけないから」

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
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