「Jud.、ここ十年、改修以後の記録で言えば一番かと。聖連の指示によって戦科が持てず、警護隊以外の戦闘関与組織も持てない極東の学生としては、他国戦士団と比較して──」
彼女は少し考え、
「個性が生きれば、相応だと判断出来ます。──以上」
と、〝武蔵〟が視線を品川から下に移した。
眼下、並ぶ山の中から、垂直に赤い線が天へと上っている。
赤光の線だ。これから武蔵が通過する軌道を貫くように、光が昇る。
「三河に最も近いマーカーです。この武蔵野の艦首下部から応答をした後、情報遮断型ステルス航行に入って生活地域上空を抜け、三河陸港となります。──以上」
Jud.と頷いた酒井の視線は、武蔵と並行して飛行する三機の赤と白の武神の群を見た。
「各国の監視によって、武蔵は各国の境界線上しか移動出来ない、か。……提出した航行予定表通りにマーカー上を通らねば、武蔵は他国へ侵攻する意志有りと見られて聖連から撃沈許可がなされる……」
視線の先、白の武神の一機かが別の機体の背に手を掛け、背にある発条式の小型動力転換槽を付け替えている。
そして遠く、品川からまた爆発の音が響いた。煙が上がり、空に消えていく。
「面倒だよなあ。〝重奏世界崩壊〟で極東に重奏世界側の各国が重なり合ってしまったため、この狭い神州の上では神州の戦国時代と世界の戦乱が教導院の抗争として同時に行われてる。
それも世界の攻略本とも言える前地球時代の歴史を記す聖譜の導きによってね」
一見。
「戦国時代を動かす織田家は、八年前に信長の襲名者を得た後、オスマン中心のP.A.ODAの強化のためにムラサイの反勢力を制圧。聖連から半脱退した。……信長は聖連による暗殺の歴史再現を警戒して姿を表に出さなくなったが、各国への侵攻はやめず、歴史再現の暗殺で止められない魔王として世界から恐れられる存在になった。
……百六十年前、各国勢は居留地と武蔵を作らせて極東の民を押し込めれば、極東を間接支配出来ると思っていたろうにな。今や武蔵を管轄する松平家は聖譜の歴史記述通りに織田家と正式同盟し、武蔵は各国の支配を逃れつつある」
「ですが」
武蔵が言った。
「聖譜によれば、そろそろ世界の全てが終わりです。──以上」
●
〝武蔵〟が、言葉を続ける。
聖譜の何が、世界の終わりを告げるのか。それは、
「──運命と同期することで百年分の未来を自動更新して読ませていた聖譜は、百年前から更新を停止し、来年以降の歴史を記しておりません。
最後の記述はヴェストファーレン会議、つまり今年、一六四八年の、会議が終了した十月二十四日の記述ですが、そこから先の歴史は記されておりません。……ゆえに、今年の十月二十四日に行われる会議で〝末世による滅びを人々が認め〟て、そこから年末の間に世界が終わりに向かうのではないかと言われております。──以上」
ああ、と酒井はまた言った。品川上を流れていく煙を見つつ、
「ゆえに各国は現在、何故に運命が今年で停止するのかをそれぞれ真剣に探っているが結論や対策を出せず、……P.A.ODAだけが唯一、末世解決を行う国策を〝創世計画〟として提示し、人を募ってる、か。
まあ、〝創世計画〟も、中身をこれから作っていこうっていう張り子の虎のようだが」
それでも間にいるようなうちは各国から睨まれるんだよなあ、と、酒井は独りごちた。
Jud.、と応じたのは〝武蔵〟だ。彼女も品川上の流れ行く煙を見て、
「世界は現在、滞りなく動いているように見えますが、運命と同期した聖譜が更新停止しているのは確かで、各地で怪異が多発しております。あのハシャいでる三年梅組の浅間様、──今年に神社との上位契約を結びましたが、上位射撃系加護が必要な航空系や高速起動型の妖物など、十年前ですら滅多に出るものではなかった筈です。
同じように最近流行の百鬼夜行の横行や神隠しの頻発なども地脈の乱れによるものですが、地脈とは万物流転を司る流体の経路で運命ともつながるもの。一説によれば、運命がこの先無くなっていることから、地脈がバランスを崩しているのだと言われております。──以上」
「つまり、運命が終わる兆候はいろいろなところで出ている、と?」
Jud.、と〝武蔵〟は言って、不意に背を向けた。
酒井が〝武蔵〟に振り向くが、既に彼女は艦橋の方に歩き出している。
「各地から怪異の情報が届いております」
彼女は言う。
「各国の要人クラスがある日突然神隠しにあったり、村一つの住人が突然消えていたり、六護式仏蘭西では予言者達が運命の先を覗こうとして集団で心を失ったそうですね。
新大陸では先住民族が遺した予言壁画が過去の分まで消えていっているとか。──以上」
「……賑やかだねえ」
「Jud.、現在、それらは種類を増やし、更に拡大化傾向にあります。まるで、先のとぎれた運命に向かって、怪異達が押し出されているような頻度上昇具合です。──以上」
「成程。しかし詳しいな武蔵さん。──趣味? マニア? それともオタク?」
「答えを言えば、暇潰しです。──以上」
〝武蔵〟は首をこちらに向け、軽く会釈した。
遠く、爆発の音がまた響いた。
●
品川先端、艦首側甲板は、貨物艦ゆえ暫定居住区という市場街が存在する。
暫定居住区は管理が厳密ではない場所で、
「だからヤクザの事務所とかもあるのよねー」
と、オリオトライの言葉が、隙間を空けて並ぶ建物の内、一つのものの前で響いた。
黒塗りの貨物庫を改造して作られた事務所の建物を背後に、オリオトライは甲板を見る。
そこには、木床に倒れたまま動かない学生が十数人。ほとんどが身体を前のめりや仰向けにしており、人によっては何故か涙をこぼして甲板を濡らしている。
そんな皆に対して、オリオトライは息一つ乱さず、
「はいはいコラコラ、後からやってきて勝手に寝ない。ええと、鈴?」
「は、……はい、何です、……か?」
と窺うように言うのは、倒れて動かないペルソナ君の傍らに座っている少女だ。目を伏せたままの彼女は、正座でオリオトライに振り向く。対するオリオトライは笑顔で、
「生きてるのは鈴だけ?」
「はい? ……あ、いえ、わ、私、運んで、貰って、いた、いただけですので、え、はい」
「それがチームワークとしての選択だから別にいいのよ。──生存一名、途中リタイアもちゃんと救護していたみたいだしね。二年の時より遙かにいいわ」
はあ、と鈴が頷いた。
と、そのときだった。オリオトライの背後の事務所の、その正面玄関が開いた。
鋭い音に、ひ、と鈴が目を伏せたまま身を引き、オリオトライが首を背後に傾げる。
距離二十メートル。事務所の扉を開けて出てきたのは、身長三メートルはくだらない有角の巨体だ。赤色の鱗に覆われた四本腕を見たオリオトライは、
「あらあら、魔神族も地に落ちたわね。──って、今は空にいるのか」
「誰だてめえは!?」