装甲服の尾をはためかせて遠ざかる武神は、僚機と合流するなり、翼を動かして加速した。
風を生む。武神は有翼の二人が作ったのを倍加するような勢いで、宙を飛び、
『────』
白と赤の三機は長銃を構えたまま上に回った。見下ろす軌道だ。
ナルゼが、空を見上げて舌打ちをする。
「航空用の足首無し。戦闘好きな三征西班牙らしいわね。別に私達、武蔵から出ようなんて考えもないのに、トリガーに掛けた指を見せつけるなんてサイテー。搭乗者調べ上げてうちの漫研のホモ漫画に出してやろうかしら。三征西班牙総受け……!」
「それ攻め側はうちのクラスの誰? ……でもまあ、異族で魔術師のナイちゃん達は外に出る方が面倒だしね。向こうも仕事なんだと思うよ。
結構大変なんだってマサやん言ってた。武神も三征の〝清らか大市〟ブランドなんだけど、技術甘いから駆動系はK.P.A.Italia式だし、見栄だけはあるから武蔵の東国巡回路のほとんどを警備する羽目になってるとか。三征西班牙大赤字なんだって」
「〝清らか大市〟なんて、未だにレコンキスタ気取りで攻撃的な田舎パーツが多いからそうなるのよ。K.P.A.Italiaも新しい大罪武装を三河に作らせにわざわざ教皇総長が来るって言うし、聖連を半脱退してるP.A.ODAと繫がりがある三河周辺ではピリピリしてるんでしょうね」
大罪武装かあ、と、ナイトが小さく呟いた。彼女はうつむき気味に、
「神格武装の一種。都市破壊級の個人武装で七大罪の原盤をモチーフとした八つの武装。使用者は〝八大竜王〟って暗に呼ばれてるね。十年前に三河がP.A.ODAと正式同盟したとき、聖連側に反抗の意志無しと示すためにP.A.ODA以外の聖譜所有国に配ったっていうけど」
「……本当のところは、どうなのかしらね。大体、大罪武装の素材は噂通り、人間の──」
とナルゼが言ったときだ。足下側から声が響いた。
太縄の遙か下、品川の艦底近くの非常口から一人の作業服姿が身を乗り出して叫んでいる。白髪の老人、彼は丸めたマニュアルをメガホンにして、
「こらぁ──! あまり騒いで艦を傷つけるなあ──!」
「……ガっちゃん、機関部の泰造ちゃんが無理言ってるよ」
「いきなり諦めてるところがステキよナイト。上の連中の威嚇も気にしないのね」
だって、とナイトは息を吸って、黒のスピードメーター型魔術陣の針を動かした。その上で彼女は笑みでナルゼを見て、
「──だってこれ、授業だもん」
そっか、とナルゼも笑みになった。二人はそれぞれ笑顔で魔術陣の得物を構え、眼下を走るオリオトライに向けると、
「授業授業──!」
術式の効果を発射した。
●
やがて再開した品川艦上での音と光を、遠くから見る視線があった。
視線があるのは中央前艦の艦首付近、展望台となっているデッキの上だ。
そこにいるのは、黒の髪の自動人形だった。肩に〝武蔵〟と書かれた腕章をつけた彼女は、品川の方をじっと見つめている。
静かに不動の彼女だが、周囲には動くものがあった。デッキブラシやモップなど、甲板の掃除用具の群だ。どれも持つ者はいないが、自在に動いて甲板を掃除し、磨き上げていく。
すると、背後から男の声がした。
「〝武蔵〟さんは午前からお掃除かい。御苦労なことだ。艦橋にいなくていいのか?」
問いかけに、自動人形〝武蔵〟は振り向かない。ただ品川の方を見たまま、
「重奏領域の多さで難所のサガルマータ回廊も抜けましたし、既に三河入港の準備は終了しております。三河周辺は重奏領域が無い安定域ですし、そうなると武蔵総艦長としての私の為すべきは各所の執行確認だけとなりますが、武蔵は武装も無いため管理も楽ですので、ぶっちゃけ暇です。
そして補足するならば、掃除は自動人形という種族の基礎業務ですし、基礎能である重力制御でそれを行うことは苦労に値しません。Jud.? 酒井学長。──以上」
Jud.という声とともに、自動人形の横に中年過ぎの男、酒井が並んだ。
「三河かあ。……俺は関所に降りて寄港手続きとらないといけないんだけど、今回は三河中央にいる昔の仲間から〝十年ぶりに顔を出せ〟って言われてるんだよね。三河中央部、十年ぶりに行って大丈夫かね? 今、三河は鎖国に近い状態になってんだしなあ」
「Jud.、十年前、こちらに酒井様が左遷された時期にP.A.ODAとの暫定同盟を正式同盟とした三河は、聖連との協議の元、三河当主の武蔵への乗り込みを禁止し、外界との交流許可を郊外までに限定としました。今や中央部はブラックボックスですね。
極東の支配者として聖譜記述が為されている三河の松平家君主は、極東の支配権を持つものとしての地位を成立させるため、三河の特別自治と、極東と聖連を結ぶ対外窓口としての権利が聖連から認められていますが──」
「が?」
武蔵は、少しの間、考えた。しかし彼女は、ややあってから、
「松平家の元信公は、聖連から半脱退状態のP.A.ODAと正式同盟してから、いささか独自路線だと判断出来ます。松平家は側近以外の人材を全て自動人形に置き換えましたし、聖連が禁止する地脈炉を有した大工房〝新名古屋城〟を建てたおかげで町中に怪異が溢れているなど、不穏な状況になっております。大事無いよう、適度な範囲で御注意を。──以上」
「うわ禁忌の土地じゃないのそれ。行きたくないねえ。……大体、この十年、なるべく無視してたのに何だって左遷しておいた俺を呼ぶんだか」
「Jud.、つまり同窓会ではないでしょうか。十年前まで、松平を支えていた松平四天王の。
──ともあれお気をつけ下さい。三河当主の松平・〝傀儡男〟・元信様は、新名古屋城の地脈炉で織田への献上物を作っておられます。
武蔵は三河君主元信公の所有物ですが、基礎部分の建造と十年前の大改修は出雲にて行われたもので、私どもであっても元信公や仕える自動人形達の意志は測れません。今回も極東側の中立国として降りて物資補給などするわけですが、民側でも交流の予定はありませんし、私どもも武蔵から離れられる距離を考えると関所までしか行くことが出来ませんので。──以上」
酒井は白髪の混じった頭をかきつつ、面倒だねえ、と呟くようにそう言った。
すると遠く、品川の上で白い爆発が鋭く突き立つ。
ややあってから音が届いてきて、酒井が顎に手を回す。
「あれ、どう思う? 〝武蔵〟さんとしては」
「Jud.、昨年度より表現的に言えば派手だと判断出来ます。物質的に言えば破壊量が上がっており、住民的に言えば迷惑度と観戦度が上がっており──」
「個人的に言えば?」
「武蔵本体と同一である〝武蔵〟は複数体からなる統合物であり、また、人間ではありませんので個人という観点の判断が下せません。──以上」
じゃあ、と酒井は言った。甲板の縁、腰壁に肘をつき、
「武蔵全艦としては、どう?」