序章『境界線前の整列者達』 ⑨

 装甲服の尾をはためかせて遠ざかる武神は、りようと合流するなり、翼を動かして加速した。

 風を生む。武神は有翼の二人が作ったのをばいするような勢いで、宙を飛び、


『────』


 白と赤の三機は長銃を構えたまま上に回った。見下ろす軌道だ。

 ナルゼが、空を見上げてしたちをする。


「航空用の足首無し。せんとう好きな三征西班牙らしいわね。別に私達、武蔵むさしから出ようなんて考えもないのに、トリガーに掛けた指を見せつけるなんてサイテー。とうじようしや調べ上げてうちのまんけんのホモ漫画に出してやろうかしら。三征西班牙トレス・エスパニア総受け……!」

「それ攻め側はうちのクラスの誰? ……でもまあ、ぞく魔術師テクノヘクセンのナイちゃん達は外に出る方がめんどうだしね。向こうも仕事なんだと思うよ。

 けつこう大変なんだってマサやん言ってた。しん三征トレスの〝清らか大市サン・メルカド〟ブランドなんだけど、技術あまいからどうけいはK.P.A.Italia式だし、だけはあるから武蔵むさしとうごくじゆんかいのほとんどをけいするになってるとか。三征西班牙おおあかなんだって」

「〝清らか大市〟なんて、未だにレコンキスタ気取りで攻撃的な田舎いなかパーツが多いからそうなるのよ。K.P.A.Italiaも新しい大罪武装ロイズモイ・オプロかわに作らせにわざわざきようこうそうちようが来るって言うし、せいれんを半脱退してるP.A.ODAとつながりがある三河周辺ではピリピリしてるんでしょうね」


 大罪武装かあ、と、ナイトが小さくつぶやいた。彼女はうつむき気味に、


「神格武装の一種。都市かいきゆうの個人武装で七大罪のげんばんをモチーフとした八つの武装。使用者は〝はちだいりゆうおう〟って暗に呼ばれてるね。十年前に三河がP.A.ODAと正式どうめいしたとき、聖連側に反抗の意志無しと示すためにP.A.ODA以外の聖譜テスタメント所有国に配ったっていうけど」

「……本当のところは、どうなのかしらね。大体、大罪武装の素材はうわさどおり、人間の──」


 とナルゼが言ったときだ。あしもと側から声がひびいた。

 ふとなわの遙か下、しながわかんてい近くの非常口から一人の作業服姿が身を乗り出して叫んでいる。はくはつの老人、彼は丸めたマニュアルをメガホンにして、


「こらぁ──! あまり騒いで艦を傷つけるなあ──!」

「……ガっちゃん、かん部のたいぞうちゃんが言ってるよ」

「いきなりあきらめてるところがステキよナイト。上のれんちゆうかくも気にしないのね」


 だって、とナイトは息を吸って、黒のスピードメーター型魔術陣マギノフイグーアの針を動かした。その上で彼女はみでナルゼを見て、


「──だってこれ、授業だもん」


 そっか、とナルゼも笑みになった。二人はそれぞれ笑顔で魔術陣のものを構え、眼下を走るオリオトライに向けると、


「授業授業──!」


 じゆつしきの効果を発射した。



 やがて再開した品川かん上での音と光を、遠くから見る視線があった。

 視線があるのは中央ぜんかんかんしゆ付近、てんぼうだいとなっているデッキの上だ。

 そこにいるのは、黒のかみの自動人形だった。肩に〝武蔵むさし〟と書かれたわんしようをつけた彼女は、品川の方をじっと見つめている。

 静かに不動の彼女だが、周囲には動くものがあった。デッキブラシやモップなど、かんぱんそう用具の群だ。どれも持つ者はいないが、ざいに動いて甲板を掃除し、みがき上げていく。

 すると、背後から男の声がした。


「〝武蔵むさし〟さんは午前からお掃除かい。苦労なことだ。かんきようにいなくていいのか?」


 問いかけに、自動人形〝武蔵〟は振り向かない。ただしながわの方を見たまま、


じゆうそうりよういきの多さでなんしよのサガルマータかいろうも抜けましたし、すでかわにゆうこうの準備は終了しております。三河しゆうへんは重奏領域が無い安定いきですし、そうなると武蔵そうかんちようとしての私のすべきは各所のしつこう確認だけとなりますが、武蔵は武装も無いため管理も楽ですので、ぶっちゃけひまです。

 そして補足するならば、掃除は自動人形という種族の基礎ぎようですし、基礎のうである重力せいぎよでそれを行うことは苦労にあたいしません。Judジヤツジ.? さか学長。──以上」


 Jud.という声とともに、自動人形の横に中年過ぎの男、酒井が並んだ。


「三河かあ。……俺はせきしよに降りてこう手続きとらないといけないんだけど、今回は三河中央にいる昔の仲間から〝十年ぶりに顔を出せ〟って言われてるんだよね。三河中央部、十年ぶりに行ってだいじようかね? 今、三河はこくに近い状態になってんだしなあ」

「Jud.、十年前、こちらに酒井様がせんされた時期にP.A.ODAとのざんていどうめいを正式同盟とした三河は、せいれんとの協議の元、三河とうしゆの武蔵への乗り込みを禁止し、外界との交流きよを郊外までに限定としました。今や中央部はブラックボックスですね。



 きよくとうの支配者としてせいじゆつされているかわまつだいらくんしゆは、極東の支配権を持つものとしての地位を成立させるため、三河の特別と、極東とせいれんを結ぶ対外まどぐちとしての権利が聖連から認められていますが──」

「が?」


 武蔵むさしは、少しの間、考えた。しかし彼女は、ややあってから、


「松平家のもとのぶこうは、聖連からはんだつ退たい状態のP.A.ODAと正式どうめいしてから、いささか独自せんだとはんだん出来ます。松平家はそつきん以外の人材を全て自動人形に置き換えましたし、聖連が禁止するみやくを有しただいこうぼうしん城〟を建てたおかげで町中にかいあふれているなど、おんな状況になっております。大事いよう、適度なはん注意を。──以上」

「うわきんの土地じゃないのそれ。行きたくないねえ。……大体、この十年、なるべく無視してたのに何だってせんしておいた俺を呼ぶんだか」

Judジヤツジ.、つまり同窓会ではないでしょうか。十年前まで、松平を支えていた松平てんのうの。

 ──ともあれお気をつけ下さい。三河とうしゆの松平・〝傀儡男イエスマン〟・元信さまは、新名古屋城の地脈炉でへのけんじようぶつを作っておられます。

 武蔵は三河君主元信公の所有物ですが、部分の建造と十年前のだいかいしゆう出雲いずもにて行われたもので、私どもであっても元信公や仕える自動人形達の意志は測れません。今回も極東側の中立国として降りて物資きゆうなどするわけですが、たみ側でも交流の予定はありませんし、私どもも武蔵から離れられる距離を考えるとせきしよまでしか行くことが出来ませんので。──以上」


 さかはくはつの混じった頭をかきつつ、めんどうだねえ、とつぶやくようにそう言った。

 すると遠く、しながわの上で白い爆発が鋭く突き立つ。

 ややあってから音が届いてきて、酒井があごに手を回す。


「あれ、どう思う? 〝武蔵〟さんとしては」

「Jud.、昨年度より表現的に言えばだと判断出来ます。物質的に言えばかいりようが上がっており、住民的に言えばめいわくかんせんが上がっており──」

「個人的に言えば?」

「武蔵ほんたいと同一である〝武蔵〟は複数たいからなるとうごうぶつであり、また、人間ではありませんので個人という観点の判断が下せません。──以上」


 じゃあ、と酒井は言った。かんぱんへりようへきひじをつき、


「武蔵ぜんかんとしては、どう?」

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