序章『境界線前の整列者達』 ⑧

 出来れば、と自分は思う。出来れば、卒業するまで、末世のうわさが真実にならなければいいと。卒業したら神社のネットワークを辿たどって怪異の調査をしようと、そう思ってもいるのだ。

 そして今、自分はおのれの未来につながる力を放った。

 行く先を見つめ、心の中でこぶしを握って気合いを入れた瞬間、自分はそれを見た。

 こちらの放った矢の光が、オリオトライの長剣の陰でさくれつしたのを。

 音がひびき、光がぜた。応じるように周囲の皆が、


「……やった!」


 と声を挙げる中、だが己は、ただ一人を見開き、こう叫んでいた。


「違います!! ごたえが軽すぎます! ──当たってません!!」


 えるように自分は言った。矢を放った手指を振り、空を切るそのかんしよくを確かめながら、


「──アイスが!!」



 ? という疑問が浅間の中にある。

 当たるを掛けたじゆつしきだ。ようぶつの内でも、苦労する相手を倒すためのものだというのに。

 ……何故!? しんとうパワーはちようばんぞくパワーに負けますか!?

 と、そんな浅間の内心の叫びに応じるように、オリオトライが動いた。

 彼女は、掲げたちようけんを肩にかつぎ直したのだ。

 そうやって見える顔は、きずの一語だ。わずかなみを浮かべた口元も、ほおも、傷一つ無い。

 次のしゆんかんには、彼女は通り向こうの屋根、事務かくを構成する企業ながの屋根上に身を送る。

 そしてオリオトライが、身を後ろに反らせるようにしてワンステップして加速した。走る動きにはよどみなく、こちらのいちげきが何かの効果を及ぼしたふうにも見えない。

 ……どうして?

 こっちの問いかけと同時。オリオトライに置いて行かれるようになった皆は、まどいつつも企業区画の屋根の上へとちようやくした。

 そのときだ。背後から追いついてくるネシンバラが、宙から何かをつまみ、声を上げた。


かみだ!」


 走りながらの彼らのちゆうを受け、ネシンバラがまゆを立てた。そして、


「さっき先生は首元に長剣を持っていったけど、そこで髪をわずかに切ったんだ。その動きで長剣を前に突きだして矢のどうかい軌道に限定させ、軌道上におのれ身体からだの一部である髪を切り散らす。結果、──髪のチャフにかれた矢は先生に当たったと判断してじゆつの力を失った」


 説明に、自分は皆と一緒に声を飲んだ。

 そしてネシンバラが、前を見た。加速していくオリオトライに視線を向ける。


「でも二年の時は髪切らせることも出来なかったよ。──浅間君、ないねんそうはい量は?」

「あ、年度開けで三十六になりました。だからさっきのと同じのをあと九発いけますけど」


 うーん、と内心で己はうなった。

 などにりゆうたいを仕込めるばいたい術式と違い、神音かのんりなどのこうとう術式は、基本的にほうのうか、拝気という単位の流体ねんりようを消費してどうする。

 拝気は内燃拝気とがいねん拝気に分かれ、内燃はめいそうなどで自分の内側にめ込むものだが、外燃は神社や教会でけんしん活動を行い、そのきようきようゆう流体そうちよちくし、必要とあらば引き落として使用するものだ。

 拝気を一単位溜めるのには、数時間を要する。また、それを外燃拝気として教譜の共有流体そうに納めれば、そのはいを他者も使用出来るため、拝気のきんせん取引も可能だ。

 ゆえにないねん拝気を使用してじゆつしきを行うことは、拝気の蓄積に数時間けた苦労と、がいねん拝気による金銭取引機会を失うことを意味する。

 そして自分は先ほど、しんとうだいえんほうのうを行った。神道の在り方をたいげんし、神の喜ぶことをそなえものとして奉納することで、拝気の代わりにするのである。

 ただし、己はすでに奉納を四つもていした。追加で奉納を増やせば、日常がいきぐるしくなる。だから今、次の術式からはおのれめたないねん拝気の消費をしようかと考えているのだが、

 ……神社の仕事があるかもしれませんし──。

 だけど、とも思う。そんな甘い考えではいけないのだろう、と。

 自分は一度あたまを振って、決断した。


「行きましょう!」


 その言葉に、皆もうなずいた。オリオトライを追って企業かくを抜け、前部かんぱんに飛び降り、甲板の向こう、しながわへと宙を渡るふとなわへと身をおどらせながら、


「追うぞ!」



 皆は、先行するオリオトライを追って品川へと至る太縄の空中かいろうを突っ走った。

 太縄はなんしつの水道かんそう管などをれんどうしたもので、太さは一メートルほど。上部側に幅三メートルの重力ゆかが設定されているため、太縄の上には見えない道が存在している。

 縄のした側を下部せつていとした重力回廊の上を走るのには慣れがいる。道が見えないし、太縄の傾きと外界の水平が一定するとは限らないからだ。

 だが、皆は行く。回廊の幅を示すためにずいされたしろひもを揺らしつつ走るか、


「マルゴット! 行くわよ!」

「はいはいガっちゃん急ぐと危ないよー」


 声と共に先行するのは、ゆうよくの少女二人だ。黒の六枚翼を持ったナルゼと、金の六枚翼を持ったナイトはお互いの手をつなぎ、


「────」


 二人は同時に、太縄から落下するどうで身を投げた。

 落下する。

 だが、数十メートルの降下のちゆうで、黒と金の花が咲いた。二人のつばさが展開したのだ。落下による動きで翼を広げ、中に空気を溜め、二人は一度、両手のハイタッチを行い、


「行くわよ、……遠隔魔術師マギノガンナーの白と黒、てんついてんのアンサンブル!」


 そのまま抱き合うなり、しようした。

 背の翼は、あつしゆくした大気を、打ち下ろす動きで背後へとぶちまける。

 結果として生まれるのは鳥の羽ばたきよりも強烈な、空中ちようやくとも言える飛び方だ。一発で三十メートルを上昇し、さらには二人分の六枚よくでそれを連続することにより、


「加速……!」


 二人は、いつしゆんふとなわの高度を抜け、オリオトライの直上へと回った。身をスイングするようにつばさを振り、風を鳴らして空中のせいどうを掛ける。

 そして二人のゆうよく者は、身を回しながら、両手にものひようした。

 きんよくのナイトは五十センチほどの大きさの、スピードメーター型の黒い魔術陣マギノフイグーアを。

 こくよくのナルゼは、A4サイズのトンボわくがたの白い魔術陣を。

 二人の展開したじゆつしき陣に対し、眼下を走るオリオトライが、へえ、と声を上げた。


「術式しゆたいれんちゆうが追いついたわけ? それで皆の術式てんかいの時間かせぎに、ナルゼとナイトが出てきたわけだ」

「そういうこと。授業中だから黒嬢シユバルツフローレン白嬢ヴアイスフローレンも使わないでおいたげる」


 白のトンボわくの中、ナルゼは指で光のやじるしを描く。そしてその上にさいから出したぎんを載せていく間に、眼下ではシロジロ達が皆に合流し、それぞれの術式きようを行い始めた。


「商人の神との上位けいやくを持つシロジロがようやく追いついてきたわね」


 ナルゼがつぶやき、ナイトが魔術陣のスピードメーターに財布から出したどうを載せていく。


「シロなら他の人達が持ってるや術を、しようにんがみの術式かいにゆうで〝ぶんかつ商売〟出来るもんね。効果やはつどう時間も分割されるから、最後のスパートでしか使えないけど、今からなら──」


 と、ナイトがそこまで言ったしゆんかんだ。二人の背後を、不意に大きな影が通り過ぎた。


「……!?」


 二人だけではなく、眼下の皆までが空を、こちらを振り仰ぐ。

 すると青の広がりに、いくつかの巨大な影があった。

 ちようじゆうを手にした有翼の巨人。十字型四枚よくと、白のてつはだに赤のそうこう服をまとってしようするのは、


「──せいれん三征西班牙トレス・エスパニアの航空用じゆうしんね。騒いでるからけいこくに来たってこと!?」


 武神。ゆうよくの巨人の全高は十メートルほど。その巨体がげん側の空に三機飛んでいる。

 武神の一機は、こちらに接近してから遠ざかっていくどうをとっている。先ほど、飛翔したこちらの背後に飛び込み、去ったのはその機体だ。

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA祭と夢【電子版】の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<中>の書影
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