……どう考えても教師と言うよりもリアルアマゾネス……! 何て恐ろしい……。
一息。気を取り直すつもりで、
「──行きます。うちの神社経由で神奏術の術式を使用しますよ!」
術式。それはこの世界における矛盾許容型の空間構成因子〝流体〟を操作する技だ。
幾つもの流派を持つが、己が用いるのは極東メジヤーの神道、神奏術。
そして先程の声と共に、自分の制服の襟元、軽装甲の右襟が開いて中から一つの影が飛び出した。それはわずかな赤光を帯びた二頭身の少女だ。姿は微かに透けている。
彼女は眠そうな顔で、しかしこちらの肩に乗って軽く踊るように身を回して右手を振った。
同時。己の顔横に赤い光の鳥居型表示枠が出た。表示部分である空白部に、
『接続:浅間神社・走狗:サクヤ型01:──確認』
『浅間神社に接続しました。修祓・奏上・神楽、走狗にて完遂』
『浅間・智 様、御利用有り難う御座います。加護の選択をどうぞ』
「浅間の神音借りを代演奉納で用います! ハナミ、──射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓いに照準添付の合計四術式を通神祈願で! 社の基本術式だからそのままいけます!」
こちらの声に、走狗ハナミは二頭身の少女の姿で小さく頷く。顔の横に光る吹き出しと文字が出て、
『神音術式 四つ だから 代演 四つ いける?』
うん、と自分は頷いた。息を吸い、腰から抜いた矢を弓につがえると、
「代演として──」
神道の神奏術は、契約時に得られる常時加護の他に、符と言霊による神音借りの術を持つ。今、己が用いる神音借りの場合、起動方法の一つとして、契約した神の喜ぶことを奉納して術式効果を得ることが出来る。
四つの術式に対し、ここで選ぶ奉納は、
「二代演として昼食と夕食に五穀を奉納! 一代演として二時間の神楽舞い! 一代演として二時間ハナミとお散歩+お話! これで合計四代演! ハナミ、OKだったら加護頂戴」
うんうん、と頷いていたハナミが、一瞬上を見た。そしてハナミは笑顔で手を打ち、
『うん 許可出たよ 拍手 あとで 現世のこと 神様に お話しして』
ハナミの拍手と一緒のタイミングでそれが来た。こちらの構えた矢に光が宿ったのだ。光は初め弱かったが、
『拍手ー』
ハナミの拍手とともに光量はすぐに二倍、三倍、四倍となり、それが最高度となった時点で、
「──!」
自分の視線の先、オリオトライと己を結ぶ中点に、赤光の縦長鳥居が二重に現れた。
神奏術の弓術系術式照準だ。鳥居の上部開口部を照星として、その向こうにいる相手に矢をロックオンさせることで、矢の行く先などを設定する。
そして緑の義眼が照準と同期した。瞳の見る方へと自動的に追尾指定の照準が動き、
「義眼〝木葉〟、──会いました!」
一瞬。緑の瞳からまっすぐ放たれた細い緑光が、二重照準を貫いた。その直後に、
「──浅間殿!」
点蔵の叫びが響いた。
視界の中、しゃがみ込んだ点蔵をノリキが飛び越えるのが見えた。そして彼らの向こうでは、背後へと大跳躍を行ったオリオトライが、回転して吹っ飛んでいく長剣を宙で摑んでいた。
点蔵達は失敗した。だから、自分は射撃した。
「行って!」
射る。
水が飛沫くような音と共に、一条の光線が投げ打つように放たれた。
今まで皆が撃ってきたような弾丸や矢や直線系術式ではなく、外逸祓いによる追尾系術式が入ったもの。神社でも航空系や高速機動型の妖物浄化にしか使わないものだ。
術式による短期加護を受けた矢が行く先は、先行するオリオトライ。それも丁度屋根から屋根へと渡るタイミングだ。
……今日こそは当てますよ!
自分は武蔵内神社の主社である浅間神社の娘だ。父は白砂ブランドと契約して教導院購買部に浅間系列の品を卸す一方で、こちらの評判を聞いている。別に悪い噂は無い。成績は良い方だし、茶道部の部長もやっている。家族に心配は掛けていない。だが父にしてみれば、「卒業するまでにあの先生に一回は当たらんかなあ……」という状態だ。
当初は、人に向かって撃つんじゃないと言われたものだが、それが五回目の挑戦だったことが発覚すると、「え……? 何で? おかしくない? だってフツー術式入れれば当たるだろ?」と疑問された。それはオリオトライが蛮族を超えた運動能力と戦闘能力を持っているからだが、そんな人間がいることを父に理解させるのには骨が折れた。
ゆえに父と修行して、上位契約を結んだのが今年の始め。矢に穢れ払いによる追尾性だけではなく、回避性を与えた際の発射位置補正などを捉え直し、実用に至ったのは先日だ。
義眼同期もつけた状態で授業中に使用するのは今回が初めてだが、
……どうですか?
光の矢は、快音と閃光の帯をたなびかせ、殴るような軌道で獲物へと突っ込んだ。
対するオリオトライは跳躍で宙にある状態だった。先ほどの大跳躍は、通りを飛び越えるためのもの。跳躍時間は長く、その間、回避は出来ない。
対し、こちらの矢には、高速化と追尾性能が加護されている。
そして己は見た。オリオトライが長剣を首元に構え、鞘から刃をわずかに覗かせたのを。
……抜き打ちで矢を切り捨てようと!?
その判断に、わずかに眉が立つ。
「無理ですよ! 追尾だけじゃなく障害祓いの回避性能も添付してますから回り込みます!」
浅間の言葉通り、矢はオリオトライの長剣を右から回り込む動きを見せる。
対するオリオトライが、鞘に刃をしまいながら、剣を縦にして突き出した。まるで矢に対する障壁とするように。
だが遅い。
光をまとった矢は既に長剣を迂回し、横滑りにも似た動きでオリオトライへと行った。このままだと顔面狙いになるのは、背の高い自分がペルソナ君の肩から撃った不可抗力だが、流石に女同士の気まずさはある。
しかし狙い場所を選んでいる余裕を赦す相手でもない。治療はうちで担当しよう。有料で。
ともあれ、と自分は心の中で声を上げる。やったわ父さん、今日は教師撃沈の祝いでちらし寿司よ。代演加護で日中の食制限してるから食後にアイスつけても大丈夫!
そして己は矢を視線で追いながら思う。先ほどオリオトライが言った台詞を。
……末世。
確かに地脈の乱れの報告は各地の神社から上がっており、頻度は右肩上がりだ。航空艦である武蔵では発生頻度が低いが、地上側では地震によって村が消えたり、海底隆起で島が生まれたりもしているし、神隠しや、思い隠しという知識喪失もやはり多発している。
一番気がかりなのは、最近の父が「他言無用」の言葉を用い始めたことだった。それは当然、社の上からの指示なのだが、裏を返せば、この極東全域に亘る神社の組織力でさえも、
……現在起きている怪異に対し、明確な対処と理解が出来ずに戸惑っている……。
術式の契約を強化したのは、少しでも対処の力を得るためだ。