序章『境界線前の整列者達』 ⑥

 だが、今はそれらの装備を用いるときではない。

 ならば、異端ときようは違うからだ。異端とは、旧派と同じTsirhc教譜でありながら、

 ……Tsirhc教譜の教えをゆがめて伝える、もはやこうせい出来ない者のこと……!

 対する異教は、Tsirhc教譜ではない別の教譜であるが、それゆえに、

 ……真の教えを知れば、更生出来るかもしれない者達。

 オリオトライは、武蔵の住人で、名前はようふうだが目が青い以外は外見も生活ようしきも武蔵の人間だ。教譜としてはしんとうなので異教に当たる。だから、


「神道そうしやは審問官としてなぐるにあたわず! ゆえにせつそう、今回は私的にげきを差し上げる!」

「無理だわそれー」


 と、言葉が来た。その台詞せりふに、

 ……無理!?

 自分は疑問を思った。何しろ現在、オリオトライはちようけんを振り抜きつつある。だが右手一本、かたちのいちげきすでにこちらの下を通り過ぎて行こうとしているのだ。

 彼女の攻撃はこちらに当たらない。その直後にこちらが舞い降りて届くよう、背のつばさを用いて調整をほどこしたからだ。

 対するオリオトライには、剣を止める動きはとれない。一撃から後方へのちようやくを一連の流れとしているため、他の動きを行えばバランスを崩してしまうせいだ。

 だから、こちらにはもうオリオトライの攻撃は当たらない。

 だが、当たった。


「──!?」


 下を、オリオトライを見ていたこちらは、前に伸びたりゆうの顔面に一撃を受け、


「っ!」


 空中の姿勢せいぎよを失って吹っ飛んだ。



「────」


 、ウルキアガが吹っ飛んだか、てんぞうの目は原因を見ていた。

 さやだ。オリオトライが、右手一本でちようけんを振り抜きながら、鞘のめ金を外していたのだ。

 やいばをレールのように滑っていった鞘は、長剣のリーチを伸ばしたのと同じ効果を持ち、


「ぐ……!」


 という声と共に、ウルキアガが後ろに消えた。

 そして点蔵は見る。オリオトライが、その口に鞘のベルトをんでいるのを。

 ベルトが首の回しで引かれた。

 鞘が戻る。

 そうやって戻った鞘付きの長剣は、今度はこちらを穿うがどうを持っていた。

 こちらの武器は、腰の後ろにたずさえた一本のたんとう。買うときに刃のあつさを優先としたためにはんこうブランドの製品となったが、グリップはしらさごブランドの木製つかを使用している。その方が手になじみがよく、木のくろめしたグリップはマット加工でやみの中で反射がない。

 己にとっては大事な一品。それを引き抜く。構えは右のさか引き抜きから振り上げつつ、左手も添えてじゆんに。だがオリオトライに突っ込むことはせず、


「ノリキ殿!」


 声と共に、自分は短刀を頭上に渡すように構えて腰を落とした。

 前進力を消すために姿勢を低くすれば、頭上に対するぼうぎよの構えになる。

 オリオトライの剣を受け、耐えるつもりだ。耐えている間に、


「──早く!」


 はいが来た。後ろ、おのれの背後から飛び出してくる気配だ。



 オリオトライは見る。点蔵の背後から、いきなり一人の少年が飛び出してきたのを。

 点蔵の後ろにいれば、見えているはずのひとかげだった。それが見えていなかったのは、

 ……にんじゆつね!

 忍術とはしのび専門のたいじゆつで、音を消した移動やかくせいぎよなどおんみつ活動用にとつしている。その中にはようじんけい用として要人の気配を外から断つものもある。

 点蔵が使用したのはそれだ。そして点蔵の陰から飛び出したほうはつの少年、制服をラフに着込んだ彼の名を、自分は叫んだ。


「ノリキがほんめい!?」

わかっているなら言わなくていい」


 少年、ノリキはいつしゆんで距離を詰めてきた。

 同時に、こちらのちようけんさやてんぞうたんとうたたいた。

 手に伝わるかんしよくは剣がどろに沈むようなぬるいもの。点蔵がしゆんかん的に身を沈めてショックを吸収しているためだ。それゆえ、剣は跳ね返ることなく、すぐにはこちらの手元へ戻ろうとしない。

 長剣は大事な武器だ。これがなければ、しながわせんたんまでいくつかめんどうなことになるだろう。その程度には実力のある生徒達だ。

 手放せない。

 だが、それだからこそ、ノリキの接近を許すことになる。突っ込んでくるノリキは、いつものようにややえた目で無表情。何を考えているのかわからないところもある子だが、チームワークを理解しているなら充分だろう。

 そしてノリキの武器はこぶしだ。

 右わきが引かれていて、握られた拳のてのひら側が上を向いている。やや左肩が前に出ているのはそれを戻す反動で右拳をまっすぐ突くつもりだからだ。ノリキの攻撃タイミングは、こちらがこれから右足を踏む瞬間だろう。剣を打ち下ろし、それをそくに引くためにストッパーとしての右足を打ち下ろす。その瞬間をノリキはねらっている。

 走るどうから行って、攻撃は伏せるようにしゃがみ込んだ点蔵の背を越えるもの。こちらが振り下ろした長剣の上を来る攻撃だ。



 だからオリオトライは動いた。げいげきのために。



 てんぞうは、ぼうぎよに構えた腕に掛かるが、いきなり消えたことに気づいた。

 ……何?

 見れば、腕のたん、上からのちようけんの重量が消えた原因は、簡単なものだった。

 オリオトライが長剣のつかから手を離していたのだ。おのれゆいいつの武器だというのに。

 え、と思わず心の中で声を上げたしゆんかん。長剣の柄がこちらの眼前へとせんかいして落ちてきた。

 柄じりが下に落ちれば、さきは上を向く。

 こちらの防御した位置をてんとして、刃先が点蔵の背後を斜めに指した。

 後ろから来るノリキを、だ。

 彼にとっては、おそらく胸を下から突き刺す角度になっているはずだ。

 ……しまった……!


「──く」


 背後、ノリキが息をのむ音が聞こえた。

 ノリキのこぶしの発射される音が聞こえる。だがそれは予定よりも早いもので、オリオトライを穿うがつためのものではない。

 金属音がひびいた。ノリキが防御としてなぐったオリオトライの長剣が、こちらの眼前から向こうへと回転しながら吹っ飛んでいく。

 そしてこちらの眼前に、オリオトライの足が落ちた。

 ……やられたで御座る……!

 今、オリオトライは重い長剣を持っていない。後ろにだいちようやくするならば、がるに行うことが出来る。

 さらには、オリオトライの長剣は、ノリキに殴られたことによって吹っ飛んでいる。それも、オリオトライがこれから跳躍する、彼女の背後方向へと。

 今、腰を落とした自分は、もはやオリオトライに追いつけるものではない。

 ここでリタイアだ。

 ねんふた文字を感じ、己は叫んだ。


あさ殿──!!」



 点蔵の声より早く、こうぞく集団はすでに動いていた。

 それは、ノリキがオリオトライに突っ込んでいったときだ。ノリキの陰になるようにして、一人の少女が動いていた。長身のくろかみ、左目に緑のがんを入れた〝浅間・とも〟というふだの少女が、身を低く走らせながら、背から引き抜いた弓を掲げたのだ。

 しらさごブランドのもんしようが入った弓〝かたうめ〟は三つ折り状態からいつしゆんで展開。げんを自動でチューニング。だがそこで終わりにならず、彼女達の集団の中からネシンバラの声が飛んだ。


「ペルソナ君! あしになって!」


 指示に答えたのは、集団の一番あとにいたおおおとこだった。上半身はだか、首から上をフルフェイスの西洋ヘルメットに包んだ男は、すでに左肩に目を伏せた少女を一人乗せていた。

 だが彼は右腕を振って速度を上げ、


「──!」


 弓を構えたあさに並び、その右腕を彼女へと伸ばした。

 同じタイミングで、浅間はペルソナ君にうなずき一つ。彼の腕にあしをかけるなり、身をひるがえして肩に飛び移る。向かいがわ左肩に座る目を伏せた少女にみを送り、


「ええと、すずさん、こっち座ります」


 言って腰を落として足場は確保。少女、浅間は口を開く、緑のひとみを細くして、


みやく接続──!」



 浅間のかいの中、先行するノリキがオリオトライへとこぶしを振りかぶった。

 ……いける?

 わからない。何しろオリオトライが生徒の攻撃を食らったことなど、浅間のおくの中では一度もない。自分達にとっては一年時からの担任だが、少なくとも体育会けいの授業でオリオトライが生徒に後れを取ったなど、せんぱいからだって一度も聞いたことがない。

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
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