序章『境界線前の整列者達』 ⑤

 と言う声も、ミトツダイラの言い返しも、ドップラー効果ですぐに遠くなってしまう。後に残るのは、皆に片手を九十度を上げているイトケンと、屋根上に飛び散ったネンジだけだ。

 そして皆に手を振っていたイトケンがネンジを見れば、飛び散った朱色の粘質は、ゆっくりとうようにしてそれぞれが集まりつつある。れ途切れの意志でんたつは、ネンジの声で、


『ふ、ふふ、今のは危ないところであった……』

「ネンジ君! 君、こんじようあって男らしいけど、ゲームで言ったらヒットポイント3くらいしか無いようなスライムなんだから、ちやしちゃだよ!?」

『ふうむ、しっかりガード体勢をとっておったのだがな……』

「ガード?」

『だからこう……』


 集まってきたネンジは、ガード姿勢を見せた。

 ややあってから、ネンジの肩っぽいところに、ひざをついたイトケンが手を置く。

 ああ、とネンジがつぶやいた。


『明日があるさ……』


 と、並ぶ屋根の向こう、かんしゆ側の方で声がひびいた。

 オリオトライを追い掛けていった皆が、何か仕掛けたのだ。



 仕掛けたのは、せんとう集団を構成するきんせつ攻撃けいの者達だった。

 場所は艦首側、きよじゆう区画の並びを抜けたところにあるぎよう区画の屋根上だ。それも、左右にメジャー企業の高い建物が並ぶ屋根上だった。

 ねらい目だ。左右の壁が高くなれば、左右方向へのかいを狭めることが出来るからだ。

 左右に建物の壁という、谷底のような構造の屋根上を突っ走りつつ、皆はこう思う。急がねばならない、と。

 ならば、げん二番かん多摩を、そろそろ走り抜けるからだ。

 今走っている区画、企業のある企業区画を抜ければ、艦首から外へと飛び出すことになる。

 艦の外、艦首の向こうには右舷一番艦・しながわかんがある。品川の上部は貨物で、木製の大型もつが並ぶだけだ。目的地は艦首デッキの狭い居住区にあるヤクザの事務所だが、そこに至る道である貨物庫の屋根は、しようがい物が一切い平面たいだ。

 品川に入られたら、追いつくことが難しい。

 だから、という言葉の先に皆が思うことは同じだ。そろそろ勝負を掛けるべきだ、と。

 そして一番手は、


「自分が行くでるよ……!」


 走りの中、叫んでまず仕掛けたのはてんぞうだった。

 対するオリオトライが、小さくくちぶえを吹いた。


「まず来るのは君だと思ったわ」


 彼女の声に、点蔵は短く応答した。


「──Judジヤツジ.!」



 走る点蔵は、こう思う。

 ……確かにここは自分の持ち場!

 今、足場の悪い屋根の上を、オリオトライは直線的に突っ走る。屋根の構造物やえんとつ、張り出しの上を飛び越え、屋根を飛び移るときも、速度が落ちることは一切無い。

 対し、こちらはそうもいかない。女子は何かを跳ぶ際に速度を落とすし、男子ぜいは速度を上げようとしても不安定な屋根の上で足を取られる。

 だが自分はしのびだ。あくとう訓練を授業で選択しているし、武蔵むさしが山岳いきに入港した場合はさんけいそう訓練や生存訓練も受けている。

 この状況でオリオトライに追いつけるのはまず自分だとわかっているし、ここでオリオトライの速度を落としておかねば、取り返しのつかないアドバンテージをとられることも解っている。

 だから行く。

 すでに、簡単なけんげきはじかれ、じゆうげきなども切り落とされている。行くならば、本気のいちげきだ。

 あくのスペシャリストであるしのびは、英国イギリス式で制定されたこうそくほう戦種スタイル区分だと、


戦種スタイル近接忍術師ニンジヤフオーサーてんぞう──」

「おいおいにんじやが叫んでどうするの」


 構わない。


まいる!」


 叫びと共に己は速度を上げた。走るオリオトライとの距離は約十五メートル。その間にある屋根を、まるで壁を上るようにして、低い姿勢で突っ走る。

 行く。近づく。

 オリオトライの武器はちようけんだ。後ろ向きに走っている姿勢からの攻撃に向く武器ではない。何しろながものは、特に低い位置への攻撃が難しい。剣のどうえん軌道であるため、低い位置には届かないからだ。もし低い位置に届かせようとして身を前に折ったり腰を落とせば、剣が屋根に当たることになるし、その姿勢では後ろに走ることなど出来なくなる。

 だから、長剣使いに対して行くなら、低い位置からだ。

 そして眼前、オリオトライが背の長剣を右手で抜いた。さやごとだ。流石さすがに生徒にやいばをぶつける気は無いらしい。いい教師だと思う。たまに暴力を起こしているが、まだこちらにほこさきは向いていない。安全な内はいい教師だ。そうじゃなくなったら知らん。

 ともあれなすべきは、速度を計算する事だ。現在のせつきん速度と、オリオトライが走りながら長剣をこちらにたたきつけてくる速度を考える。

 軌道、姿勢、距離などをいつしゆんで重ね合わせ、

 ……低い位置から──。

 と思ったこうけん信号を鳴らした。

 ……!?

 速度十分、距離の取り方も、歩数もベストだ。全力で、立ち上がりながらの一撃を入れられる。だが、それ以上に、

 ……いかん。既にこちらに対する合わせを……!

 先ほど、長剣のつかに手を掛けたときに合わせが行われた。右腕を上に伸ばす際、右のひざを上げられた。走っている動きの中、見逃してしまいそうないち動作だが、ちゃんと右しりを前に滑らせるようにして、次の動作に移るための腰が入っている。

 予測出来る。

 オリオトライの次の動作は、前に出した右足をハンマーを打ち付けるように振り下ろす動きだ。同時に、ちようけんを振り下ろしてこちらへと振り抜き、しかし屋根を穿うがった右足で、ごういんに背後へとちようやくする。長剣が屋根に当たるより早く、オリオトライは後方へのだい跳躍を行うだろう。

 結果。突っ込み掛けているこちらにかいは出来ず、上からぶちかまされて地面に大の字だ。したら少しばかり屋根わらに埋まる。

 しゆんかん。オリオトライの長剣が、そのどう上に発射された。

 来る。だから己は叫んだ。


「行くでるよウッキー殿!」

おう……!」


 と応えたのは頭上。すでに長剣を振っているオリオトライの上へと、影が舞い降りた。

 影の形は二角を持つおおがらなもの。

 はんりゆうのウルキアガが、りんせつする高い建物の屋根から跳躍したのだ。



「……へえ!」


 とオリオトライは感心の声を上げた。

 なるほど、と彼女は思う。初めに点蔵が突っかけてくるとき、自己しようかいを叫んだのはとなりへきじようを行くウルキアガから注意をらすためだったのだろうな、と。

 ……ざいだわ。

 だが、その積み重ねが大事だ。実力で勝てない相手には策を考えることがかんようだと、教師は生徒に教える必要がある。

 ちょっとの小細工ではかなわない相手がいるということも。だから、


「──!」


 オリオトライは動いた。



 オリオトライの頭上へと飛び込んでいたウルキアガは、いつしゆんの動きの中にいた。

 こちらは航空けいの半竜、はいよくがあるためにたん時間の加速としようが可能だ。だから点蔵が飛び込んだ後、皆の背後から身を低くして隣接する家屋の屋根に飛び移り、そこから一気に高い壁上の屋根へと跳躍した。

 オリオトライにとっては、かいがいからのパワーダイブとなるだろう。

 己が使用する武器は両手そのものだ。半竜の腕はうろこがいかくおおわれ、それだけでげき武器となるからだ。腰、いくつもの装備を身につけているが、使わない。

 長剣を振り下ろしていくオリオトライが、高速しよ可能な共通げん


「腰のは使わないの!?」

たんしんもん入門キット、Tsirhcツアーク きようの異端ではない者に振るうものではなし!!」


 自分の実家は三征西班牙トレス・エスパニア異端審問のけいだった。地元では老舗しにせだったが、らんかくがたたって立ちゆかなくなってしまった。そしてせんせんだいのときに宗教かくめいの歴史さいげんも始まったので、店をたたんで武蔵むさしにきている。今、両親は青梅おうめの地下三階で寝具の生産はんばいをやっているが、とくちゆうベッドは実家の技術が盛り込まれていて一部の方々に好評だ。こうそくがキツくていい、と。

 だから己も、両親のように、祖先の技術を今に伝える仕事にきたいと思い、旧派系カトリツクけい異端審問の授業を午後に選択で受けている。

 ゆえに自分は常にそのための装備を身につけている。それはじんもんのための道具であり、そして審問官をてきする者達と戦い、業務をすいこうするための武器だ。

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでI【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA喧嘩と花火の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA縁と花【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA祭と夢【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA狼と魂【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈下〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈中〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈上〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX 序章編の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンXI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンXI<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンXI<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン ガールズトーク 縁と花の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIX<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIX<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン ガールズトーク 祭と夢の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVIII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVIII<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVIII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン ガールズトーク 狼と魂の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIII<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<上>の書影