序章『境界線前の整列者達』 ④

「アンタ達、未だに珍しがってるけど、朝早いことで有名なうちに、あの子は朝番で一年来てるんだ。うちの前でたたずんでたときはビックリしたし、P-01sって名前がい何も知らない宿無しってんだから困ったもんだったけど、まあ、──やとって良かった。こんじよう有るよ。何しろ最近は朝のレパートリーで私のチェックも不要になってね」

「自動人形にゃ根性は関係ねえだろ。だって感情とかねえんだから──」


 と、そこで声が止まった。ひとかげいつこうが、店前に来たからだ。

 中年の女性、店のあるじが、通り過ぎていく皆の内、いくにんかに向かってくちみを見せ、


「うちとしては自慢の子だよ。この頃になって自分のレパートリーを考え始めてもいるんだ。将来それをメニューにしても、うるされんちゆうには出してやらんよ?」

Judジヤツジ.、おっかねえ」


 はは、と笑いながら、男達と女達が去っていく。対し店の影に入ってきた店主の女性は、


「全く、仕事する者は平等だってのにねえ。P-01s、大事ないね?」


 その問いに、自動人形は視線とうなずきを返した。

 対する店主は腰に手を当てて一息ついて、


「ま、雑音にしない。で、──店は閉めないけどおもてかんばんはどけて水まいておかないとね。騒ぎが終わって一息ついたら今日はもう帰っていいよ。そこの焼きそこね、好きに持って行っていいから。かまでもうちょっと焼いたりしてく?」


 言うと、自動人形は小さくうなずいた。そして彼女の視線がわずかに動いたのを、店主は見逃すことなく、


ちゆうぼう?」


 問われ、自動人形はややあってから視線を戻し、また頷いた。

 その頷きに対し、店主は確認するように、


「私のレパートリーおぼえてから、自分では何作るかと思ったらなもんばかりで失敗も多いけど……、まあ基本が大事だわね」

「──Judジヤツジ.」


 自動人形は小さく言った。感情のない声で、


「店主さまの作業のさいげん性を高めるには約一年を要しました。現在の状況を申しますと、お客様からは〝心がもってない?〟と問われる以外に問題はありません。現在、P-01sのオリジナル朝食を研究中ですが、目標が不明なため、どのレベルまで突き詰めようかをあん中です」

「だったら気が済むまでやりゃいいさ。だまきだってなかなか奥が深いしね」


 店主は小さく笑う。自動人形の頭に手を伸ばし、かみを混ぜるようにでる。


「仕事をにする子はいい子だよ。──番終わったら、一食分、いつものように練習で作っておいき。自動人形だって、アンタのタイプは食事が必要なんだしね」


 Jud.、と自動人形が頷く。するとかん側の方から、焦りの色を含んだ声が聞こえた。


「と、とうとう来たぞお──」



 げん二番かんは、石造りの町と自然公園をひようそうに持つ。

 町の各地に立つ〝観光町─多摩〟の立て札はこくひようへいしたもので、町並のまどぐんから外のそうおんうかがう人々にもおうしゆうけいの顔立ちが多い。そして表層に住まう彼らの視線は、皆、いちように上を見ていた。高さがぞろいな屋根の上。木板やわらき、石造りの屋根上を、だ。

 そこ、彼らの頭上とも言える位置を、騒音が突っ走っていく。

 音の走りはいきなりだ。

 まず、げん側にある商店街の上で、光の群がはじけ飛んだ。


「──?」


 家の中から窺う誰もが見たのは、いくつもの光の矢とだんがんと、光線を連ねた壁のような攻撃。

 ぶん屋の主人が、よろいを閉めながらつぶやく。


そくしや重視のしやげきか。じゆつしきも同様のを用いているな。屋根うえ一直線ならそれで充分だし、がない。……普通の相手に当てるならな」


 相手。飛び行く光のだんまくに追われるように、屋根上を走ってくる相手の影がある。

 女性だ。彼女は走りながらちようけんを胸前に構え、さやごと振りかぶると、


「──!」


 追ってくる光やだんがんを切り落とし、受け、はじいていく。

 後ろ向きに走るのは屋根の上。だが、構造ざいを飛ばさないように、彼女は支柱や垂木たるきの上を踏んでちようやく重視のしつそうを作る。

 それだけではない。

 動きにはかいもある。走りながら、らいする攻撃にたいしよしながらの回避だ。通りの中央商店街の屋根だけでも数十メートルはあるが、突っ走っていく彼女の速度は一向に落ちない。攻撃を受け止めるたびに速度が上がっているようにすら見える。

 も必死だ。しやげきかくれ、またはかぶさるようにして、長剣の女性へと攻撃を行う者がいる。背後の射撃たいとのれんけいをとって、ある者は屋根の上を一直線に行き、ある者は一階ののきうえを回り込んで行き、ある者は上から飛び込むと見せかけて射撃のおとりとなる。

 だがそれらの攻撃も鞘に弾かれ、回したつかに突き崩され、


「──と!」


 りで吹き飛ばされる者もいる。

 そうやって複合する速度と攻撃、そして音と回避とぼうぎよによって、風が鳴る。

 金属のじゆうおんが家々の窓を振るわせ、時たま生まれる大きないちげきかみなりのようにひびく。

 震える音は家々の柱を揺らし、地面すらしんどうさせる。

 飾りは全て光の色。弾ける光は飛沫しぶきとなってほうに散り、へんが空気を白くけずり飛ばす。

 そして全ては通り過ぎていく。

 だが音と速度と光は、遠ざかりのドップラー効果を得つつも、その力を失うものではない。

 と、不意に長剣の女性が声を響かせた。


「ほら! アデーレとハッサンがリタイアしたわよ!」


 彼女の声の飛んだ先を見れば、商店街のわらき屋根の上にひとかげが二つ倒れている。

 荒い息で前のめりの大の字になっているのは、さきつぶした白いながやりを持つ眼鏡めがねの少女と、頭にターバンを巻いた少年だった。

 走っていく集団の中、眼鏡の少年が、


「イトケン君! ネンジ君とできゆうして!」


 言葉と共に、集団の中から一つの影が飛び出した。ぜんきんこつたくましい男に見えるが、背の黒いこうもりよくせいれいぞくしようだ。インキュバス。禿とくとうの彼は一度かたをあげると、


「──おはようございます! あやしい者ではありません! いんな精霊インキュバスのとうけんと申します! 商店街の皆様、少々のれいを失礼いたします!」


 先行く皆がはんいつしゆん向けたがイトケンは気にしない。

 そして走る皆の間から、一メートル大のはんきゆう状をしたものが別れ出る。しゆいろの、はんとうめいねんしつたいで、表面うわがわに黒い感覚もくと口としてついている。

 それは腰に手を当てつまさきステップで先行していくイトケンに追いつき、向こうの屋根に倒れた二人へと接近していく。するとイトケンが、並んできた生き物に手を挙げ、


「やあ! ネンジ君、今日もねばつきと透明かんれいで元気そうだ! ねばねばしいね!」


 その言葉に、粘質体のネンジが応えた。彼は感覚器のふとまゆを立て、


『うむ。今回は人助けだな。ならばここは我こそが──』


 ネンジが、遅れて後から走ってきたあおいという名札の少女に踏まれた。

 粘質な音と共に、ネンジがに飛び散る。


「あ」


 先にオリオトライを追い掛けるのは近接けいと直接しやげき集団で、それに続くじゆつしき系は体育会けいではない者が多く、遅れていた。喜美の他にも数名そういったひとかげが見えるが、喜美も含め、彼らは通り過ぎていきながら、


「フフフめんねネンジ! 悪いと思ってるわ、ええ、本気よ! 私いつだって本気よ!!」


 声をあげる喜美に、一人だけ通りを走ってくる少女が叫んだ。彼女はボリュームある銀のかみを揺らしながら、


「喜美、貴女あなた、謝るときはもうちょっと誠意を持ちなさいな。しゆくじよたるもの──」

「クククこのようかいせつきよう女め。しかしミトツダイラ、アンタ何を地べた走ってんの? いつものくさりでドカンやればいいじゃない」

「この周辺は私のりようなんですのよ!? それを貴女達は……、全く!」

「あらあら先生に勝てない女おおかみみたいにえてるわ。アンタじゆうせんしや系だものねえ」

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでI【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA喧嘩と花火の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA縁と花【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA祭と夢【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA狼と魂【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈下〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈中〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈上〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX 序章編の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンXI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンXI<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンXI<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン ガールズトーク 縁と花の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIX<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIX<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン ガールズトーク 祭と夢の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVIII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVIII<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVIII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン ガールズトーク 狼と魂の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンVI<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<中>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIV<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIII<中>の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンII<下>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンII<上>の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<下>の書影
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