序章『境界線前の整列者達』 ③

 最後の言葉に、皆が表情を変えた。五回という言葉に、皆はひそひそと、


「つまり朝の一限を五回サボれるのか……。だったら──」


 と皆がおのれの希望を小さく重ねていく中、はい、と手を挙げたのは〝第一とく てんぞう・クロスユナイト〟というわんしようの少年だ。彼はぼうぶかにかぶったまま、横にいる航空系はんりゆうの〝第二特務 キヨナリ・ウルキアガ〟とともに、


「先生、攻撃を〝通す〟ではなく〝当てる〟でいいのでるな?」

「おうおう戦闘系は細かいわねえ。──でもまあ別にそれでいいわよ? 手段も構わないわ」


 その言葉に、ウルキアガが腕を組む。彼はりゆうがんてんぞうを見下ろし、


「聞いたか? おんな教師が何したっていいと申したぞ点蔵。せつそうそうぞうりよく使用していいか?」

Judジヤツジ.。しかと聞いた。しかしあの女教師、オゲ殿どののさっきの話がいにも、せんじつ酒場でしりさわられ〝そうになった〟とかできよじゆう区画のゆかぼうどうを一人で起こしたでるよ」

「フ、点蔵、現実を前にしても想像力はてきだ。しのびこうがそんなことにも気づかぬとはな」

なるほど。──では、あの、オリオトライ先生、先生のパーツでどこか触ったりんだりしたらげんてんされるとこあり申すか? または逆にボーナスポイント出るようなとことか」

「あはは、授業始まる前に死にたいのはお前ら二人か」


 はんで言った上で舌を出し、


「──んじゃ」


 え? と皆が反応するより早く、自分は跳んだ。

 背後へのちようやくだ。橋を下っておくせんたんに行く下り階段へと、黒のジャージ姿を寝かすように跳ばす。

 行く先はまず階段の下、かんしゆ側へと第二校庭を抜ける道だ。かんない通気用の大きな吹き抜けによって左右に分かれた自然公園を、げん側へ抜けていく奥多摩右舷ちゆうおう通り。

 ……〝こうかいどおり〟って言われる右舷中央通りよね。

 十年前、武蔵むさしだいかいしゆうがあって以後、そうぞくしようされる通りだという。

 そう言われるようになった理由を、自分は知っている。

 右舷中央通りの入り口、右のかたには一つのせきがあるのだ。

 高さ五十センチほどの、花の飾られた石碑。その表面には一文がある。


 ──一六三八年 少女 ホライゾン・Aのめいふくを祈って 武蔵住人いちどう



「ホライゾン、か。きっとあの子達にとって、全ての始まりになる名だわね……」


 つぶやく間にかいの上側になっていく橋上では、皆がいつしゆんの反応の遅れを持っている。

 甘い話だ。たいかんほうげきがあったらその一瞬で死んでいるだろうに。

 そのことに気づいたのか、橋の方から漏れ聞こえる、


「──く」


 という声を己は聞いた。

 それは、くそ、という言葉の始まりだろう。くやしいのか。だが、それでいい。

 ……出し抜かれたら悔しがらないと。

 思う。今の武蔵のそうちよう連合と、生徒会のメンバーを。


武蔵むさしアリアダストきようどういん:学生代表うちわけ

そうちよう連合』

・総長  :あおい・トーリ

・副長  :不在

・第一とくちようほう):てんぞう・クロスユナイト

・第二特務(裁判):キヨナリ・ウルキアガ

・第三特務(実働):マルゴット・ナイト

・第四特務(実働):マルガ・ナルゼ

・第五特務(実働):ネイト・ミトツダイラ

・第六特務(実働):なおまさ



『生徒会』

・会長  :葵・トーリ

・副会長 :ほんまさずみ

・会計  :シロジロ・ベルトーニ

・会計:ハイディ・オーゲザヴァラー

しよ  :ネシンバラ・トゥーサン


 ……不在や欠席多いけど、よくまあこれだけ変なのがそろったものだわ。

 彼らだけではない。他の皆だって、相当なのばかりだ。

 面白いわね、と思い、みを得ると同時に、橋の上から生徒達が飛び出してきた。


「……追え!!」



 音を聞いたのは、かくかんひようそうにいる誰も彼もであった。

 じゆうげきけんげき、そして金属音やさいの音が、中央こうかんおくから届いてくる。

 その音は移動を続け、危険たいしよのためにかんする各艦のものからは、


「〝こうかいどおり〟をかんしゆ側に行くぞお──!」


 音は、奥多摩のげんから右舷二番艦・多摩へと向かっていた。

 ゆえにげん側の表層部じゆうにんいちように胸をなで下ろして午前の業務の準備を行い、右舷三番艦・たかの表層部住人達は二番艦・多摩のれんちゆうに見える前部かんぱんふちばんざいさんしようをした。

 対する右舷二番艦・多摩表層部の住人は、万歳している三番艦の連中にのろいのじゆつしきや攻撃術式をマジ掛けしてから、


「──いかん」


 単純な感想とともに狭い店の入り口を閉じたり、シャッターを下げてぼうしたり、店によってはじゆつしきぼうへきを張りもした。だが一部の開いている店は、


「まあ、いつものことかね。通り道にならんことを祈るさ。──なったら泣くが」

「俺達も、昔に似たことやって遊んでたもんだしな。──だいだい続けば名物ってもんよ」


 という感想と共に、請求書だいちようを奥のカウンターに置くことでたいしよとし、危険が近寄る前にてんしゆ同士で集まって〝今回はどっちが勝つか〟でかけを始めた。


「──だけど、あのねえちゃん先生、体育会けいめつぽう強い。IZUMOのテスターしとるだろ?」

Judジヤツジ.、さらに今のそうちよう連合は副長ざい、攻撃のかなめがおらんからなあ」

「それでも最近の多たい一はどうだろか。一発ヒットでミスだぞ。前回しかったっけ?」


 うーむ、とうなった店主達は、それでもおくの方からおんな音が近づいてくるに合わせ、それぞれの張り先をメモしてどうもとやくに渡しておく。

 そのように町中ではいろいろな動きが生まれている。

 だがそんな中、一けんだけ、開店していていながらも何の反応もしない店があった。

 げん二番かん、多摩ひようそうの中央に近い町並、そこの通りにあるけいしよくだ。

青雷亭ブルーサンダー〟というかんばんのついたパン屋とけんぎようの軽食屋は、開放型の店前に〝店主はいたつちゆう〟〝営業中〟という二つの札が掛けられている。

 店の中に客はいないが、道に対して横向きに立ったカウンターには、一つの影があった。

 人の大きさの、白いちようはつの女性がた人形だ。はだの大部分に人と同じ素材のせいたいパーツを使用しつつ、かんせつの大部分を黒いなんしつパーツによって包んだタイプ。

 ときおり、呼吸として、彼女の両肩と胸が浅く上下する。

 りつして動く人形、自動人形だ。



〝青雷亭〟カウンターの向こう、顔をややうつむかせた女性型自動人形はエプロン姿で立っている。背後の棚に焼き損ねのパンを置き、道路の方を見もしない。

 だが、その顔が不意に店の奥に向いた。そこにあるのはパンを焼くためのかまと、その上部ねつを利用したコンロを持つ調理だいだ。

 自動人形は、調理台と、その横にある調理などに視線を向ける。

 そして彼女は目を向けたまま、興味あるように、じっと動かなくなる。しかし、


「────」


 通りの方から、早足の足音がいくつかと、声の群が聞こえた。声は大人おとなの女や男の声で、


「──急いで戻らないと、どうもこっち来るみたいだねアレ。まちだいは笑い止まらんだろ」

ろうペースでやられてちゃあ金もらっても使うひまねえよ。しかしアンタんとこ、あのバイトの自動人形、──P-01sだっけ? あれが気を利かせて店閉じてくれないのかい」

「別にうちは閉じないよ。私ゃもとさむらいだし、きやく商売が営業時間に店閉じるなんざはじだからね。あの子もそれはよくわかってる。こんなときでも、あさめし食いに来る人を待ってるさ」


 近づいてくる声が言う。

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
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