「単刀直入に用件を言うとだな、」


 人であふれる大通りからはずれて暗い路地裏の奥まで進み、人の気配がなくなったことを確認すると、ようやくジェイドが切り出した。


「どうしてもアリナさんに《白銀の剣》に入ってほしおあああああああ!」


 ジェイドの用件とやらが言い終わるのを待たず、アリナは無言でスキルを発動させると、スキルと同時に具現化した大鎚ウオーハンマーを握り締め、容赦なく隙だらけのジェイドに殴りかかった。

 めき、と大きな音が夕闇の路地裏に響いて、石畳が大きく陥没する。

 もうもうとじんを上げる中、しかしアリナの打ち下ろした大鎚ウオーハンマーは石畳をたたき潰しただけで、そこに標的の男の姿はなかった。


「はずしたか……」


 さすが《白銀の剣》に選ばれるだけはある。アリナは顔をしかめて舌打ちしながら大鎚ウオーハンマーを構え直し、とっさにかべぎわに回避したジェイドをにらみつけた。ジェイドはというと、もはや言葉を失い顔面を引きつらせて大鎚ウオーハンマーを凝視している。


「なななななにすんだよ!」

「くちふうじ」

「……!」


 端的に答えたアリナの表情の中に冗談の気配など一つもないことを察したか、ジェイドの顔から血の気が引いていく。


「受付嬢は副業禁止……バレたら一発クビ……こんなところで受付嬢人生を終わらせるわけにいかないの……」

「まままままて早まるなっ……!」

「先に手を出したのはそっちだからね」


 かまわず、アリナのすい色の瞳が、路地裏の薄闇の中でぎらりと物騒に光った。


「当然覚悟はできているんでしょう──私の平穏のために死ね」

「待った待った待った!!!」


 壁に追い詰められたジェイドは、血相を変えて、手を突き出した。


「ていうかその大鎚ウオーハンマーどっから出した!?」

「知らない。スキルを発動すると勝手に出る」

「! やっぱり、そのスキル……!」


 アリナの言葉に、ジェイドが何かに気づいたように言葉をとめた。


神域デイアスキルか!?」

「なにそれ」

「知らないで使ってるの!?」

「うるさいな。私の勝手でしょ」

神域デイアスキルは、かつて先人が使ったとされるスキル……現状で最上級のシグルススキルの、さらに上……! いまだ文献でしかその存在が知られていないものだが……」

「文献でしかわからないならこれが本当にその神域デイアスキルかなんてわからないでしょ」

「スキル発動と同時に専用の武器が発現するなんて、シグルススキルですら見られない現象だぞ! 少なくともシグルススキルとは全く別物、それ以上の力──」

「あ、そう。まあ、そんなことはどうでもいいのよ」


 アリナは標的をまっすぐにらみ据えながら、空をうならせ大鎚ウオーハンマーを一振りした。


「続き。やりましょうか」

「待て待て待て待て!」

「死にたくなければその背中の立派な盾くらい構えたらどう」

「俺はアリナさんと戦いに来たんじゃないんだ、盾は構えないぞ……!」

「了解」

「おおおお俺はこんなとこで死ぬわけにいかないんだ!」

「ああそう」

「《白銀の剣》がいま大変なんだよ!」

「ふーん」

「無表情でにじり寄るのやめてくれ……!」

「二度と現れるなって言ったよね」

「わ、悪かったよ! いきなり仕事中に押しかけて……! でもアリナさんの攻撃みたガンズがショックで引退しちまって、《白銀の剣》には今前衛役トツプアタツカーがいないんだ!」

「……え?」


 早口でまくしたてられたジェイドの言葉に、アリナは眉をひそめた。


「ガンズが引退したのは治癒不能な大怪我のせいって聞いたけど」

「……ガンズはプライドが高い。仮にも《白銀の剣》で前衛役トツプアタツカーやってた男が、謎の大鎚ウオーハンマー使いに圧倒的な差を見せつけられて立ち直れないなんて世間に公表したらトドメだろ」

「……ふーん」


 まさかガンズの引退の理由が自分にあるなどと思いもしなかったアリナは、少しだけ気まずくなって、大鎚ウオーハンマーをおろした。


「で、なに。私のせいだからどうにかしろって言いたいの?」

「それは違うぞ……!」


 ジェイドはぐっと拳を握り、意を決したようにこう言った。


「俺は、アリナさんがほしいんだ!!」

「セクハラと職権乱用で訴えますよ」

「待って待って」

「こんな疲れた受付嬢に迫らなくても、女性には困ってないでしょう」

「違う、他の女なんて関係ない。一目見た時から、その力も、アリナさんの顔も、一度も頭から離れなかったんだ。俺は毎日アリナさんのことを考えてた」

「本気で気持ち悪いんですけど……」

「それくらい俺は本気だ! 《白銀の剣》に入ってほしい」

「あのね」


 アリナはため息をつき、改めてジェイドにゆっくりと言い聞かせた。


「私は、受付嬢として、平穏に暮らしたいだけなの。その私の平穏に、あんたが介入できる余地はない。邪魔しないでくれる?」

「……。じゃあどうしてヘルフレイムドラゴンを倒したりしたんだ」


 ぴくり、とアリナの眉尻が跳ねた。


「受付嬢でいたいなら、わざわざダンジョン攻略なんてしなければよかったんだ。そうすれば俺もアリナさんを見つけることはなかったし、こんなに必死になることもなかったし、」

「残業がいやだったから」

「ギルドがここまで騒ぐこともなか──え?」

「アレを倒せば残業が終わるから倒した」

「え、いや、あの……残業?」


 予想外の答えとばかり、ジェイドはきょとんと目をしばたいた。


「残業がいやだったからヘルフレイムドラゴン倒したのか……?」

「なによその顔。他に、理由が必要なの……?」


 ゆらり、とアリナはジェイドに詰め寄るや、目をかっ開き、殺気をにじませる剣幕でジェイドの胸ぐらをつかんだ。


「あんたにわかる? 終わらない書類の山を見た時の絶望が。明らかに仕事が追いついてないのに、別の仕事を押しつけられた時の殺意が! 帰りたいのに帰れない怒りが!」

「い、いや、その…………わからないですごめんなさい」

「あんたらがちんたら攻略してるから、私の残業が終わらなかったの! だから! 私が! 終わらせたの! 平穏な定時帰りを自分の手で取り戻したのよ! それの何が悪いの!? よってたかって私の正体嗅ぎ回って!」

「すすすすすみません」


 思わず謝るジェイドだったが、ふと何か思いついたようにぱっと人差し指を立てた。


「あ、白銀に入れば残業なんてなくなるぞ!」

「それは定時という概念がないだけで残業がないのとイコールじゃないでしょ」

「うっ」

「私は安全で安定した仕事に就きたいの。冒険者なんて、いつ足がもげて職を失うかもわからないような不安定な仕事、ごめんなの」

「いや見た感じアリナさんを殺せそうな奴なんていなそうだけど」

「なに」

「なんでもないです」

「とにかく私は《白銀の剣》なんかに入るつもりはないからね」


 それ以上の反論は受け付けないとばかり、たたきつけるようにそう言って、今度こそアリナはジェイドに背を向けた。


前衛役トツプアタツカー探しなら他をあたって──あと」


 言葉を切ってアリナはふいに立ち止まると、肩越しにジェイドをにらみつけ、低い声で言った。


「このことバラしたら……許さないからね……」

「………………」


 そのすごみのあまりの迫力に、ジェイドはごくりと生唾を飲み込んで押し黙った。おかげでようやく諦めたのか、裏路地から出て行くアリナの背中を、ジェイドはじっと見つめるだけで、もうしつこく止めようとはしなかった。

刊行シリーズ