2 ②

コンケンが差し出した手をにぎり、立ち上がると、ユウマは親友とハイタッチを──左手にはモンスターカードを持ったままなので右手だけだが──わした。


「サンキュー、ナイスサポート」


ユウマが礼を言うと、コンケンは顔全体でニカッと笑う。


「そーだろそーだろ。HPけずったMobモブが逃げる方向を調整すんの、けっこうワザがるんだぜ」


その自画自賛を、後方から飛んできた女子二人の声がとした。


「なーにエラそーなこと言ってんの!」

「成功率、半分くらいだったよね~」


振り向くと、サワとナギがゆうぜんと近づいてくるところだった。

ふたの妹サワが選んだ職業クラスは、こうげきじゆもんを得意とするじゆつおさなじみのナギが選んだのは、回復じゆもんの使い手であるそうりよ。どちらも定番の職業だが、コンケンと同じく生身のおもかげを残すアバターが、いかにもほうしよくといった感じのローブを着ているところはなかなかしんせんと言うか、正直かわいいと思わなくもない。

──いやいや、サワは生まれた時からいつしよにいる生意気な妹だし、ナギもそういうアレじゃないから!

と自分に言い聞かせながら、ユウマは二人にも右手で合図した。


「お待たせ、やっとゲットしたよ」


左手に持ったむらさきいろのカードをかかげると、女子二人がきようしんしんといった様子でのぞき込む。


「へぇー、これがモンスターカードかぁ。ちゃんとウサこうの絵がえがいてあんだね」

「ウサこうって、お前なぁ……」


妹のことづかいに苦言をていしようとしたが、急に横からナギが顔を近づけてきたので反射的に口を閉じる。

サワは、よく言えばきりっとした、悪く言えばきつめなようぼうだが、ナギはおっとりとおんな顔立ちをしている。物心がつくかどうかのころから、おそらくは自分の顔よりも見てきた顔なのに、ユウマはこのごろ、心の準備なくナギに接近されると思考回路にみような誤作動が発生してしまうことがある。

そんなユウマの反応を気にする様子もなく、ナギはいつものふんわりしたがおで言った。


「ねえユウくん、ためしにしようかんしてみてよ~」

「え、いきなりか?」

「だって、テストプレイ、あと五十分で終わりだよ~」

「うえっ、マジか!」


さけんだのはコンケンだ。視界右下の時刻表示を見ると、確かに午後二時十分を示している。


「ヤベーよ、ガモたちとどっちが早くボスたおせるかけてんだよなー」

「あんたはまたそういうことを……。何けたの」


サワに問われ、コンケンはアバターの額にあせにじませながら答えた。


「……明日の給食のチョコプリンを……」

「あーあ、知ーらない。あたし、分けてあげないからねー」


にやにやするサワに向けて、コンケンがぼそっと付け加える。


「……四人分」

「…………はぁ!? はあああ────!?」


ぜつきようしたサワが、コンケンのえりくびつかむや、きんぞくよろい込んだ戦士をほっそりしたみぎうで一本でつるし上げた。


「ちょっとコンドウケン、なに勝手にあたしたちのプリンまでけてんのよ!!」

「わ、悪かった、あやまるからゲームの中でリアルネームはやめて!!」


じたばたするコンケンの近くでナギが「あ~らら~」とのんきな声を出し、ユウマは深々とため息をついた。


「……やらかしたな、コンケン。サワが作ってる《給食デザートランキング・2031》で、チョコプリンはざんてい一位だぞ」

「ちょお!」


つるし上げていたコンケンを放り投げると、サワはユウマにってきた。


「お兄ちゃん、余計なこと言わないでよね!!」


ふたなのでごろは友人たちと同様に「ユウ」と呼ぶが、あわてると幼いころの《お兄ちゃん》が出てしまうサワを、ユウマは両手で押しもどしながら言った。


「まあまあ、コンケンの罪はあとでついきゆうするとして、いまは前向きな解決をさくするべきだろ。おいコンケン、そのけに勝てば、こっちもプリン四つゲットできるんだよな?」


ユウマが視線を向けると、草原にすわり込んだ戦士はこくこくうなずいた。


「そ、そりゃもちろん。ガモのパーティー四人ぶんのチョコプリンがオレらのもんだぜ」

「…………ほう」


とサワがいかりのオーラを引っ込め、


「それ、いいね~」


とナギがほほんだ。

どうにか妹のいかりを一時的に収めることに成功したユウマは、急いで右手を持ち上げると、空中で五本の指をすぼめてからさっと広げた。

でゅりーん、というような効果音がひびき、空中にメニュー画面がかび上がる。現実世界で慣れ親しんでいるクレストのホロウインドウとよく似ているが、ファンタジー世界にフラットデザインのUIは多少のかんがある。しかし、この《アクチュアル・マジック》はゲームなのだから、メニュー画面はひつの機能だ。

マップタブに移動し、きんりんの地図を表示させると、三人が顔を突き出してきた。


「んーと、ここが最初の街で、ここがオレらがいる草原だろ? んで、ボスがいるダンジョンがここ、と……」


コンケンがマップ上で指を動かすと、サワが女の子らしからぬ舌打ちをさくれつさせる。


「ちっ、ダンジョンまではまだけっこうきよがあるわね。あと五十分でボスまで辿たどけるか、みようだな……」

「しかも、ダンジョンをとつする時間も必要だしね~」


ナギがおっとりボイスで冷静にてきする。

マップから彼方かなたの山並みに視線を移し、ユウマは言った。


「確かにちょっと厳しいけど、僕らのレベルそのものはこの草原でじゆうぶんに上がってる。しかも、ダンジョン内のモンスターはガモたちがそうしてくれてるはずだから、ラッシュで突っぱしれば追いつける可能性はある!」

「……あのねえユウ」


幼いころからいつしよにあれこれゲームをやってきて、いまではユウマ以上のMMOプレイヤーと化しているサワが、冷静にてきした。


「道もわからないダンジョンをラッシュできるわけないでしょ。Mobモブをトレインしまくって、行き止まりでぜんめつするのがオチよ」

「ちっちっ」


わざとらしく舌を鳴らしながら人差し指を左右に振ると、ユウマはずっと左手に持ったままだったむらさきいろのモンスターカードを改めて三人に示した。


「僕が、街の周りに出る簡単なモンスターじゃなくて、えてこのドめんどくさい青ウサギをキャプチャーしようとしたのには理由が……うぐっ」


サワにわきばらかれ、痛みはないものの内臓にリアルなしようげきを感じて思わずうめく。


「とっとと結論言いなさいよ! 時間ないのよ!」

「うひひ、サッペは相変わらずせっかちだなあ……うぐっ」


低学年のころのあだなを口にしたコンケンも、レバーブローをらってもんぜつ。そのすきにユウマは急いで説明する。


「ええーっと、青ウサギ……じゃなくてホーンド・グレートヘアーには《隧道探索トンネル・サーチ》っていうアビリティがあって……」

「あのさ~、ユウくん、説明は目的地についてからでもいいかも~?」


ナギにてきされ、ユウマはいったん口を閉じてから、「確かに」とうなずいた。

昔からこの四人で行動すると、ユウマがれいとうてきな役割を務めることが多いのだが、その実ここぞというところで的確な判断力を発揮するのはナギのほうだ。

──マスコットキャラみたいな見た目なのになあ。

などと大変失礼なことを考えながら、まだうめいているコンケンを引っ張り起こし、ラスボスのダンジョンがある方向を指差す。


「よし、そんじゃまずは移動するぞ。道中のモンスターはきよくりよくかい、引っかけてもダッシュで振りる!」

「よっしゃあ!」

「ハイハイ」

「がんばろ~」


テンションがバラバラな声を出す三人に構わず、「出発!」とさけぶと、ユウマは緑の草原を北へと走り始めた。

刊行シリーズ

デモンズ・クレスト3 魔人∽覚醒の書影
デモンズ・クレスト2 異界∽顕現の書影
デモンズ・クレスト1 現実∽侵食の書影