コンケンが差し出した手を握り、立ち上がると、ユウマは親友とハイタッチを──左手にはモンスターカードを持ったままなので右手だけだが──交わした。
「サンキュー、ナイスサポート」
ユウマが礼を言うと、コンケンは顔全体でニカッと笑う。
「そーだろそーだろ。HP削ったMobが逃げる方向を調整すんの、けっこうワザが要るんだぜ」
その自画自賛を、後方から飛んできた女子二人の声が撃ち落とした。
「なーにエラそーなこと言ってんの!」
「成功率、半分くらいだったよね~」
振り向くと、サワとナギが悠然と近づいてくるところだった。
双子の妹サワが選んだ職業は、攻撃呪文を得意とする魔術師。幼馴染のナギが選んだのは、回復呪文の使い手である僧侶。どちらも定番の職業だが、コンケンと同じく生身の面影を残すアバターが、いかにも魔法職といった感じのローブを着ているところはなかなか新鮮と言うか、正直かわいいと思わなくもない。
──いやいや、サワは生まれた時から一緒にいる生意気な妹だし、ナギもそういうアレじゃないから!
と自分に言い聞かせながら、ユウマは二人にも右手で合図した。
「お待たせ、やっとゲットしたよ」
左手に持った紫色のカードを掲げると、女子二人が興味津々といった様子で覗き込む。
「へぇー、これがモンスターカードかぁ。ちゃんとウサ公の絵が描いてあんだね」
「ウサ公って、お前なぁ……」
妹の言葉遣いに苦言を呈しようとしたが、急に横からナギが顔を近づけてきたので反射的に口を閉じる。
サワは、よく言えばきりっとした、悪く言えばきつめな容貌だが、ナギはおっとりと穏和な顔立ちをしている。物心がつくかどうかの頃から、恐らくは自分の顔よりも見てきた顔なのに、ユウマはこの頃、心の準備なくナギに接近されると思考回路に微妙な誤作動が発生してしまうことがある。
そんなユウマの反応を気にする様子もなく、ナギはいつものふんわりした笑顔で言った。
「ねえユウくん、試しに召喚してみてよ~」
「え、いきなりか?」
「だって、テストプレイ、あと五十分で終わりだよ~」
「うえっ、マジか!」
と叫んだのはコンケンだ。視界右下の時刻表示を見ると、確かに午後二時十分を示している。
「ヤベーよ、須鴨たちとどっちが早くボス倒せるか賭けてんだよなー」
「あんたはまたそういうことを……。何賭けたの」
サワに問われ、コンケンはアバターの額に冷や汗を滲ませながら答えた。
「……明日の給食のチョコプリンを……」
「あーあ、知ーらない。あたし、分けてあげないからねー」
にやにやするサワに向けて、コンケンがぼそっと付け加える。
「……四人分」
「…………はぁ!? はあああ────!?」
絶叫したサワが、コンケンの襟首を摑むや、金属鎧を着込んだ戦士をほっそりした右腕一本で吊し上げた。
「ちょっと近堂健児、なに勝手にあたしたちのプリンまで賭けてんのよ!!」
「わ、悪かった、謝るからゲームの中でリアルネームはやめて!!」
じたばたするコンケンの近くでナギが「あ~らら~」とのんきな声を出し、ユウマは深々とため息をついた。
「……やらかしたな、コンケン。サワが作ってる《給食デザートランキング・2031》で、チョコプリンは暫定一位だぞ」
「ちょお!」
吊し上げていたコンケンを放り投げると、サワはユウマに詰め寄ってきた。
「お兄ちゃん、余計なこと言わないでよね!!」
双子なので日頃は友人たちと同様に「ユウ」と呼ぶが、慌てると幼い頃の《お兄ちゃん》が出てしまうサワを、ユウマは両手で押し戻しながら言った。
「まあまあ、コンケンの罪はあとで追及するとして、いまは前向きな解決を模索するべきだろ。おいコンケン、その賭けに勝てば、こっちもプリン四つゲットできるんだよな?」
ユウマが視線を向けると、草原に座り込んだ戦士はこくこく頷いた。
「そ、そりゃもちろん。須鴨のパーティー四人ぶんのチョコプリンがオレらのもんだぜ」
「…………ほう」
とサワが怒りのオーラを引っ込め、
「それ、いいね~」
とナギが微笑んだ。
どうにか妹の怒りを一時的に収めることに成功したユウマは、急いで右手を持ち上げると、空中で五本の指をすぼめてからさっと広げた。
でゅりーん、というような効果音が響き、空中にメニュー画面が浮かび上がる。現実世界で慣れ親しんでいるクレストのホロウインドウとよく似ているが、ファンタジー世界にフラットデザインのUIは多少の違和感がある。しかし、この《アクチュアル・マジック》はゲームなのだから、メニュー画面は必須の機能だ。
マップタブに移動し、近隣の地図を表示させると、三人が顔を突き出してきた。
「んーと、ここが最初の街で、ここがオレらがいる草原だろ? んで、ボスがいるダンジョンがここ、と……」
コンケンがマップ上で指を動かすと、サワが女の子らしからぬ舌打ちを炸裂させる。
「ちっ、ダンジョンまではまだけっこう距離があるわね。あと五十分でボスまで辿り着けるか、微妙だな……」
「しかも、ダンジョンを突破する時間も必要だしね~」
ナギがおっとりボイスで冷静に指摘する。
マップから彼方の山並みに視線を移し、ユウマは言った。
「確かにちょっと厳しいけど、僕らのレベルそのものはこの草原で充分に上がってる。しかも、ダンジョン内のモンスターは須鴨たちが掃除してくれてるはずだから、ラッシュで突っ走れば追いつける可能性はある!」
「……あのねえユウ」
幼い頃から一緒にあれこれゲームをやってきて、いまではユウマ以上のMMOプレイヤーと化しているサワが、冷静に指摘した。
「道も解らないダンジョンをラッシュできるわけないでしょ。Mobをトレインしまくって、行き止まりで全滅するのがオチよ」
「ちっちっ」
わざとらしく舌を鳴らしながら人差し指を左右に振ると、ユウマはずっと左手に持ったままだった紫色のモンスターカードを改めて三人に示した。
「僕が、街の周りに出る簡単なモンスターじゃなくて、敢えてこのドめんどくさい青ウサギをキャプチャーしようとしたのには理由が……うぐっ」
サワに脇腹を小突かれ、痛みはないものの内臓にリアルな衝撃を感じて思わず呻く。
「とっとと結論言いなさいよ! 時間ないのよ!」
「うひひ、サッペは相変わらずせっかちだなあ……うぐっ」
低学年の頃のあだなを口にしたコンケンも、レバーブローを喰らって悶絶。その隙にユウマは急いで説明する。
「ええーっと、青ウサギ……じゃなくてホーンド・グレートヘアーには《隧道探索》っていうアビリティがあって……」
「あのさ~、ユウくん、説明は目的地についてからでもいいかも~?」
ナギに指摘され、ユウマはいったん口を閉じてから、「確かに」と頷いた。
昔からこの四人で行動すると、ユウマが司令塔的な役割を務めることが多いのだが、その実ここぞというところで的確な判断力を発揮するのはナギのほうだ。
──マスコットキャラみたいな見た目なのになあ。
などと大変失礼なことを考えながら、まだ呻いているコンケンを引っ張り起こし、ラスボスのダンジョンがある方向を指差す。
「よし、そんじゃまずは移動するぞ。道中のモンスターは極力回避、引っかけてもダッシュで振り切る!」
「よっしゃあ!」
「ハイハイ」
「がんばろ~」
テンションがバラバラな声を出す三人に構わず、「出発!」と叫ぶと、ユウマは緑の草原を北へと走り始めた。