2 ③

 二時間のステータスが上がったのか、あるいはさっきのせんとうで開眼したアバター操縦法のおかげか、ユウマは三人におくれることなく──それどころか時々引きはなしそうになりながら、ダンジョンまでの約五キロメートルを走り切った。

 草原を突っり、森に入ったところで運良くNPCの行商人とそうぐうしたので、りでかせいだお金をほぼ全て使って装備をこうしんした。サワとナギはデザインをじっくりぎんしようとしたが、男二人が散々かしたのでタイムロスは最低限に収めることができた。

 午後二時二十五分──社会科見学という名目のテストプレイがしゆうりようする午後三時の、三十五分前。

 ユウマたちのパーティーは、最終目的地である森の中の古城にとうちやくした。

 こけむした古城はあちこちくずちていて半ばはいきよの様相だが、テストプレイヤー全員に配布されたガイドブックによれば城の一階にダンジョンの入り口があり、地下には三層構造のめいきゆうが広がっているらしい。

 古城の前でいったん立ち止まったユウマたちを、同じテストプレイヤーであろうろうにやくなんによのアバターが次々に追いしていく。おそらく、マップのあちこちに散らばっていた七百人以上のプレイヤーが、続々と集合しつつあるのだろう。


「……あのさー、あたし思ったんだけど」


 魔法の杖ワンドを指先で器用に回転させながら、サワが言った。


ガモたちとの勝負以前に、他のだれかがとっくにボスたおしちゃってるんじゃないの……?」

「あれ~、サワちゃんらしくないね~」


 いつものふんわり口調で、ナギがサワのかんちがいをてきする。


「ガイドブックに、このテストプレイに限って、ボス部屋はインスタンスだって書いてあったよ~」

「い、インスタントぉ? お湯をかけたら三分でできるのか?」


 ゲーム好きではあるがMMORPGにはうといコンケンのとんちんかんなコメントに、サワがわざとらしくため息をついた。


「ハァー、あんた小学生からやり直したほうがいいよ」

「しょ、小学生だし……」

「インスタンスっていうのは、自分一人か自分のパーティーだけでこうりやくするマップのこと。今回の場合だと、ダンジョンをとつして、ボス部屋の入り口を通ると専用のマップにテレポートするのよ」


 自分のかんちがいをたなに上げたサワの解説に、コンケンがなおうなずく。


「へー、じゃあつまり、ボスモンスターもパーティーの数だけ用意されてるってことか」

「そうだよ~」


 と、今度はナギが答える。


「ボスをたおすと、ボス戦のクリアタイムが記録されて、上位のプレイヤーは本サービスで何か特典がもらえるんだって~」

「ま、マジで! こんなとこで突っってる場合じゃねーじゃん!」


 わめいたコンケンが、片手を伸ばしてユウマの短いマントをぐいぐい引っ張った。


「ユウ、オレたちも早く行こうぜ! 何ぼーっとしてんだよ!」

「別にぼーっとしてるわけじゃないよ」


 コンケンの手からマントのすそを引き抜くと、ユウマは左手に持っていた小型のガイドブックをぱたんと閉じた。


「絶対に失敗したくないから、じゆもんかくにんしてたんだ」

じゆもん……ああ、ペットしようかんのか?」


 コンケンの言葉を聞き付けたサワとナギが、しゆんきよめてくる。


「えっ、ウサこうしようかんするの?」

「お~、ユウくん、早く~」

「はいはい」


 ガイドブックをこしのポーチにしまい、三人から数歩きよを取る。左手で、右胸に装備された専用のホルダーからむらさきいろのカードを抜き出し、高くかかげる。

 《アクチュアル・マジック》では、どんなに簡単なほうでも、原則的に最低三つのじゆもん──属性詞、形態詞、そして発動詞を唱えなくてはならない。しかしいくつか例外もあり、もの使つかいがかくしたモンスターをしようかんする時とカードにもどす時は、たった一つのじゆもんでこと足りる。

 だからと言って、適当に唱えていいわけではない。ガイドブックには、しようかんじゆもん詠唱失敗フアンブルすると、ごく低確率だがカードそのものがかいされてしまうこともある……とおそろしいことが書いてあった。あれだけ苦労してつかまえた青ウサギを、そんなケアレスミスで失ってしまっては泣くに泣けない。

 仮想世界のアバターなのに、きんちようで口の中がかわいてくるのを感じながら、ユウマは大きく息を吸い、さけんだ。


アペルタ開け!」


 発動詞がシステムににんしきされ、左手のカードからむらさきいろの光があふれる。複雑なほうじんが立体的に展開し、カードがけるようにしようめつする。

 ほうじんの中央がひときわまばゆかがやき、そこからななめ下に向けて光線が放たれた。光線は地面に当たり、まるようにふくれ上がって──ぽん! とコミカルな音とともに、モンスターが実体化した。

 銀色の角と、あわい青色の毛皮を持つ、全長二十センチほどのウサギ。


「………………」

「………………」


 ユウマと同時にしばし無言でウサギをながめていたコンケンが、顔を上げて言った。


「…………なんか、ちっさくね?」

「…………うん、小さい」


 これはあれだろうか? 敵が仲間になったたんに弱くなる現象……?

 というご主人様の思考を気にする様子もなく、かくまえの三分の一のサイズに縮んでしまった青ウサギは、つぶらな両目でユウマを見上げ、首をかたむけてひと声鳴いた。


「むきゅ?」


 たん、女子二人が息を合わせて──。


「かっ……かっわうぃぃぃぃ────!!」


 きらきら系エフェクトが飛び散りそうなかんせいを上げると、青ウサギに飛びついた。いつしゆん早くサワが地面からすくい上げ、胸にぎゅっとめる。出おくれたナギはうらやましそうな顔で手を伸ばし、ウサギの頭を高速なでなでする。


 

 かつてはさきごとするどさだった角も、せんたんがころんと丸まっていて、ユウマはいつしゆんこのモンスターを選んだ自分の判断を疑いそうになった。しかし、じゆんすいせんとうりよくに期待して、ホーンド・グレートヘアーをつかまえたわけではない。最初の街でNPCから聞いた話によれば、このウサギにはゆいいつとくしゆのうりよくがあるはずなのだ。

 相変わらずきゃあきゃあ言っている女子二人のあいだに手を突っ込むと、ユウマは青ウサギの長い耳をつかんでサワの胸から引っこ抜いた。


「ちょっとお兄ちゃん、そんな持ち方したら可哀かわいそうでしょ!」

「あのなあ、こいつはあいがんようのペットじゃないんだぞ」


 言い返し、ウサギの顔をのぞき込む。


「まだレベル1だけど、やれるよな、お前」

「むきゅっ」

「よし、よく言った」


 うなずくと、ユウマはウサギを地面に下ろした。

 もの使つかいは、かくした使い魔フアミリア音声命令ボイスコマンドによって使えきできる。ユウマはまだレベル7なので使えるコマンドは五種類しかないが、レベルアップしていけばかなり複雑な指示も出せるようになる──らしい。

 どうあれ、いまはややこしいことをさせる必要はない。青ウサギに最初の命令を出すべく息を吸い込んだユウマだが、しかしそこでしばし呼吸を止めざるを得なかった。

 なぜなら、使い魔フアミリアに命令するためには、最初に名前を呼ばなければならないのだ。しかも、ホーンド・グレートヘアーなどの種族名ではなく、その個体専用の名前。名付けるのはもちろん、マスターであるもの使つかい自身だ。

 フリーズしたユウマを見て、サワがにんまりとみをかべた。


「あー、ユウ、まだその子の名前決めてないんでしょ」

「うぐ……」


 サワのとなりで、ナギもにっこりほほむ。

刊行シリーズ

デモンズ・クレスト3 魔人∽覚醒の書影
デモンズ・クレスト2 異界∽顕現の書影
デモンズ・クレスト1 現実∽侵食の書影